2021年5月26日水曜日

「デジタル空間に移住」「身体機能を機械に移植」との説明が苦しい日経「データの世紀」

「新たな技術が世界を大きく変えている」と訴えるのは日本経済新聞朝刊1面連載にありがちなパターンだ。しかし総じて説得力がない。26日の「データの世紀~グレートリセット(下)『バーチャル生活』人生の半分 デジタル化、進化か退化か」という記事にも無理を感じた。問題の事例を見ていこう。

アオサギ

【日経の記事】

それでもバーチャルがリアルを上回る新世界はもう止まらない。人類のさらなる進化か、それとも退化の始まりか。恐れ惑っているだけでは前に進めない。

英ロボット学者のピーター・スコット・モーガン氏(63)がデジタル空間に移住して1年半たった。筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されて以降、ほぼすべての身体機能を機械に移植した。アバターは顔も声もそっくりな「もう一人の自分」を体現する。

人工呼吸器がつながり、胃には栄養チューブ、結腸には人工肛門が着けられている。だが不便どころか、むしろ自分を「ピーター2.0」に更新できたと喜びを感じる。「デジタル空間の私は年を取らないし、あらゆる言語を話せる。これまでのキャリアで最もハードに働いているよ」

物理的な制約に縛られず、距離や時間、そしてあらゆるハンディをも乗り越えられる。うまく使いこなせば、デジタル空間は豊かな想像力を育む創造の場だ。より良いデータの世紀へ、どう考え、何を選び抜くか。一人ひとりの「グレートリセット」が始まる。


◎「移住」「移植」と言える?

筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の患者が「顔も声もそっくり」な「アバター」を「デジタル空間」に作った場合「デジタル空間に移住」と言えるのか。「リアル」の空間の自分が消えてしまうなら分かる。冬眠状態でもいいだろう。しかし記事に出てくる「モーガン氏」は今も「人工呼吸器がつながり、胃には栄養チューブ、結腸には人工肛門が着けられている」ようだ。現実の生活がしっかり残っているのに「デジタル空間に移住」と見なすのは苦しい。

ほぼすべての身体機能を機械に移植した」との説明にも疑問を感じる。この「アバター」には呼吸、栄養消化、排便、排尿、発汗などの「身体機能」が本当にあるのか。「デジタル空間」でタンパク質などの栄養をどう取るのだろう。

顔も声もそっくり」にしただけでは「ほぼすべての身体機能を機械に移植した」とは言い難い。それに「移植」であれば「リアル」の「モーガン氏」はその「身体機能」を失っていると考えるのが自然だ。栄養を吸収する機能を「移植した」のに今も「リアル」の世界で生きているとすれば不思議だ。

デジタル空間に移住」とか「ほぼすべての身体機能を機械に移植」といった説明に無理があると考えるべきなのだろう。連載を担当した長尾里穂記者と綱嶋亨記者も、その自覚はあるかもしれない。しかし「バーチャルがリアルを上回る新世界はもう止まらない」などと大きく出ないと日経好みの1面連載に仕上がらない。なので、どうしても強引な描き方になってしまう。

長尾記者と綱嶋記者は「物理的な制約に縛られず、距離や時間、そしてあらゆるハンディをも乗り越えられる」と心の底から思えるのか。それとも記事の構成上そう書いてみただけなのか。改めて自問してほしい。


※今回取り上げた記事「データの世紀~グレートリセット(下)『バーチャル生活』人生の半分 デジタル化、進化か退化か

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210526&ng=DGKKZO72268540W1A520C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。長尾里穂記者と綱嶋亨記者への評価は暫定でDとする。

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