16日の日本経済新聞朝刊総合4面に載った「Views 先読み~英社ワクチン、月内にも承認判断 『ゼロリスク社会』試す」という記事で、筆者の矢野寿彦編集委員は「予防接種に対して日本は絶対安全を求める『ゼロリスク社会』」と言い切っている。この認識は誤りだと思える。その理由を述べてみたい。まずは記事の当該部分を見ておこう。
空を舞う鳥の群れ |
【日経の記事】
承認申請から3カ月半、英製薬大手アストラゼネカが手がける新型コロナウイルスのワクチンに、可否の判断が今月中に下される見通しだ。日本にとって接種が進む米ファイザー製に次ぐ期待の大きいワクチンだが、海外で血管に血栓(血の塊)ができて詰まる症例が相次ぎ発覚、使用をやめる国も出てきた。
可否は厚生労働省の専門部会が早ければ20日にも米モデルナ製と同時に判断する。予防接種に対して日本は絶対安全を求める「ゼロリスク社会」。コロナ禍の非常事態とはいえ「10万分の1(0.001%)」レベルの致命的リスクを受け入れることができるか。
◎ファイザー製は「ゼロリスク」?
上記の記述から判断すると日本は「承認」の段階でワクチンに「絶対安全」を求めてきたはずだ。となれば「接種が進む米ファイザー製」を「厚生労働省」は「絶対安全」「ゼロリスク」と見ているはずだ。少なくとも建前としては「絶対安全」を打ち出していないと矢野編集委員の見立ては成立しない。
しかし厚労省のホームページでは「ワクチンの接種後には副反応を生じることがあり、副反応をなくすことは困難です。接種によって得られる利益と、副反応などのリスクを比較して接種の是非を判断する必要があります」と説明している。「絶対安全」や「ゼロリスク」を期待するなと厚労省自身が言っている。なのに「予防接種に対して日本は絶対安全を求める『ゼロリスク社会』」と言えるのか。
「絶対安全を求める」のは国民の側だと矢野編集委員は考えているのだろうか。新型コロナウイルスのワクチンに関しては「副反応」に関する報道もたくさんある。それでも接種を求める人の問い合わせが殺到したりして様々な自治体で混乱が起きている。
圧倒的多数の国民が「絶対安全を求める」国ならば、こうしたことは起きないはずだ。「予防接種に対して日本は絶対安全を求める『ゼロリスク社会』」という前提は間違っていると見なすべきだろう。
なぜ矢野編集委員はこうした無理のある主張をしたのか。記事の終盤にヒントがある。
【日経の記事】
仮に承認されたとしても悩ましいのが「ワクチン忌避」の問題だ。夏以降、一般向けに使われたとしても、日本では今のところ、どのワクチンにするかを国民が選ぶことはできない。
アストラゼネカ製は南アフリカ型の変異ウイルスでは効果が薄れるとの研究もある。リスクとのバランスを考えると、敬遠する人が出てもおかしくない。
医療行政の問題に加え、予防接種における「ゼロリスク」の考え方が日本を「ワクチン後進国」に導いた。公衆衛生を守るために犠牲を受け入れる考え方は社会に浸透していない。
アストラゼネカ製の行方によって、公衆衛生の要となるワクチンへの認識と胆力が日本社会に試される。
◎気持ちは分かるが…
多少リスクがあっても、なるべく多くの国民にワクチンを打ってもらいたいと矢野編集委員は願っているのだろう。気持ちは分からなくもない。だから「ゼロリスクを求めるのはおかしい」という多くの人が賛成しそうな話を持ち出してワクチン接種へ誘導しようとしたのだろう。
だが、既に述べたように「予防接種に対して日本は絶対安全を求める『ゼロリスク社会』」とは言えない。「アストラゼネカ製」に関しては「リスクとのバランスを考えると、敬遠する人が出てもおかしくない」と矢野編集委員も認めている。
健康状態の良好な若者にとって新型コロナウイルスのリスクは極めて小さいと思える。一方でワクチンには「『10万分の1(0.001%)』レベルの致命的リスク」があるのならば、若い人がワクチンを接種するのは合理的なのか。
若者にとっては「リスクとのバランスを考えると、敬遠」すべきだが、それでも「公衆衛生を守るために犠牲を受け入れる」べきだと矢野編集委員は考えるのか。
個人的には反対だ。中高年が犠牲になって若者の命を救うのなら、まだ分かる。しかし今回は話が逆だ。「公衆衛生を守るために(若者の)犠牲を受け入れる考え方」が「社会に浸透」しないことを祈る。
※今回取り上げた記事「Views 先読み~英社ワクチン、月内にも承認判断 『ゼロリスク社会』試す」
※記事の評価はD(問題あり)。矢野寿彦編集委員への評価もC(平均的)からDへ引き下げる。矢野編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
「スウェーデンは日常を変えない集団免疫戦略」? 日経 矢野寿彦編集委員に問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_18.html
もう少し踏み込めば…日経 矢野寿彦編集委員「Deep Insight~『命か経済か』には解がない」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_10.html
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