2019年6月25日火曜日

「GAFA断ち」にご都合主義が目立つ日経1面「データの世紀」

25日の日本経済新聞朝刊1面に載った「データの世紀~世界が実験室(2)GAFA断ちで仕事 代償は生産性3分の1」という記事は、ご都合主義的な無理のある内容だった。中身を見ながら問題点を指摘したい。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

5月半ばから3週間。「GAFA断ち実験」は、スマホの電源を切って始まった。位置情報やネット検索履歴データなどを4社に渡さないよう、それらのサービスや製品を使わずに暮らしてみようと考えた。

今の取材テーマはデータ規制の動向。予習が必要だ。だがグーグルで検索する「ググる」はご法度。図書館にこもる時間が増えた



◎ヤフーはなぜ使わない?

GAFA断ち」をしたからと言ってネットでの「検索」を諦める必要はない。「スマホ」を使わないのならば、アップル製ではないパソコンでヤフーなど他の「検索」サービスを利用すればいい。なのに「図書館にこもる時間が増えた」と言われても説得力に欠ける。

さらに記事は以下のように続く。

【日経の記事】

ネットでは簡単に閲覧できる海外の最新の研究資料は書架になく、数カ月遅れの情報が載った専門雑誌を探すだけでも一苦労。あっという間に半日が過ぎる。先輩記者に聞くと、米ミシガン大の研究ではネット検索は図書館で調べるより3倍速く、1テーマで15分節約できるという。

ネット検索にスマホ、SNSにネット通販。GAFAのある暮らしが浸透したのは10年ほど前。それらを断つと、生産性が3分の1に落ちたということか


◎何で生産性を測ってる?

まず「米ミシガン大の研究」結果を使って「生産性が3分の1に落ちたということか」と結論付けるならば「GAFA断ち」の意味はない。せっかく実験するのだから自分で「生産性」の変化を測るべきだ。

調べる」速度で「生産性」を測るのはあまり意味がない。記者ならば、記事の「生産性」で見るべきだ。「調べる」速度が「3分の1」に落ちたとしても、取材や執筆を含めた「生産性」が「3分の1」に低下する訳ではない。

ゆえに「GAFA断ちで仕事 代償は生産性3分の1」という見出しは問題がある。これを見出しに持ってきたいのならば、もう少し真剣に「生産性」を計測すべきだ。

総合2面の「そして友まで去った 選ぶ力が共存のカギ」という関連記事にも注文を付けておきたい。この記事では以下の説明が引っかかった。

【日経の記事】

こんなときに頼れるのは友達だ。大学時代のラクロス部の同期を「久々に飲もう」と誘った。まさかとは思ったが、彼らにさえ次々無視された。15人に声を掛け、都内の居酒屋に集まったのはたった2人だった。

ガラケーからの連絡が致命的だったらしい。「今どきショートメールなんて怪しさ満点。本人か疑った」と笑われた。ガラケー全盛期に培った友情のはずなのに、今やSNSの輪を外れると信頼が揺らいでしまう。


◎「そして友まで去った」?

まず「ガラケーからの連絡が致命的だったらしい」と言えるかどうか怪しい。例えば「普段なら自分が声をかければ必ず10人以上は集まる」といった前提があれば「ガラケー」に原因を求めるのも分かる。しかし、そうは書いていない。スマホで連絡しても「集まったのはたった2人だった」可能性は十分にある。

今どきショートメールなんて怪しさ満点。本人か疑った」という友人のコメントも解せない。「ショートメール」での連絡ならば「本人」の可能性は非常に高い。友人の多くが「ショートメール」を無視したとすると「SNS」で声をかけても結果は同じだった気がする。

今後も関係を続ける意思があるのならば、疑ったとしても「なぜショートメール?」といった反応はあるはずだが…。

そもそも「GAFA断ち」するのならば、「SNS」でつながっている人たちには事前にその旨を伝えるのが当たり前の礼儀だ。そうしておけば「ショートメール」だから怪しがられるといった事態も防げる。

過酷で孤独なGAFA断ち」に見せたい気持ちは分かるが、全体として強引すぎる印象を受けた。


※今回取り上げた記事

データの世紀~世界が実験室(2)GAFA断ちで仕事 代償は生産性3分の1
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190625&ng=DGKKZO46525380V20C19A6MM8000

そして友まで去った 選ぶ力が共存のカギ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190625&ng=DGKKZO46526160V20C19A6EA2000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。

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