2018年1月23日火曜日

「市場原理が改革を迫る」ように見えない日経「賃金再考」

23日の日本経済新聞朝刊1面に載った「賃金再考(2)賃上げ率 中小企業>大企業 市場原理が改革を迫る」という記事はやや苦しい内容だった。「賃上げ率 中小企業>大企業 市場原理が改革を迫る」と見出しで打ち出しているので、賃上げ率で中小企業が大企業を上回ったことが企業に改革を迫っている姿を描いているはずだ。しかし、読んでみると、そうでもない。
山苞の駅(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

文具販売を手掛けるオカモトヤ(東京・港)の鈴木真一郎社長(69)は、今年も2年連続となる基本給の引き上げを考え始めている。昨年は107人の正社員を対象に、基本給を一律で1000円上げた。「内定辞退者も出た。若い人材の質が下がるのは避けたい」

中小企業で働く人の賃金が上がっている。連合がまとめた2017年の春季労使交渉でのベースアップ(ベア)率は大企業の0.47%に対し、中小は0.56%。2年続けて中小が大企業を上回った。

背景には若い世代の人手不足がある。総務省によると、25~34歳の人口は17年11月時点で1337万人と、5年前より151万人も減った。日銀の調査では、中小企業は大企業よりも人手不足感が強い。売り手と買い手の市場原理が、大企業との逆転を生む

人手不足で雇用は拡大し、働く人が受け取る賃金の総額(雇用者所得)は17年まで5年続けて前年を上回ったことがほぼ確実だ。

ただ、これまでの伸びは働く人が増えたことが大きい。賃上げに踏み切る企業は多いものの、新たな働き手の女性や高齢者は賃金が少なく、1人あたり賃金の伸びは抑えられている。


◎どんな「改革」を迫ってる?

ベースアップ(ベア)率は大企業の0.47%に対し、中小は0.56%」で「売り手と買い手の市場原理が、大企業との逆転を生む」と記事では述べている。差は小さいが、それでも「逆転」が「改革を迫る」ものだとしよう。しかし、どんな「改革」を迫っているのか謎だ。記事には「基本給を一律で1000円上げた」といった話は出てくるものの、「改革」を迫られている様子はうかがえない。

記事の後半も見ていこう。

【日経の記事】

デフレ脱却の足取りを確かにしたい政府は、経営者に賃上げを迫る。

「はっきり申し上げて3%お願いしたい」。5日、経済3団体が開いた新年のパーティーで安倍晋三首相は改めて経営者に賃上げを迫った。今年は経団連が前向きな姿勢を見せ、定期昇給にベアを合わせた「3%賃上げ」の雰囲気はある。

すでに市場原理は色々な形で賃金を動かしている。パートやアルバイトは人手不足が深刻で、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪市)は17年9月、約7700人のパート・アルバイトの時給を一律で110円増やした。人件費は10億円超増えるが、人手の確保を急ぐ。厚生労働省の統計では17年1~9月のパートタイマーの賃金は前年同期に比べ2.27%も上がった。

新卒の採用競争も企業の背中を押す。ライオンは18年春、大卒初任給を9年ぶりに引き上げることを決めた。厚労省がまとめる世代別の平均賃金も、若手にあたる20代や30代の正社員は増える傾向にある。

一方で16年の40代の賃金は、12年の40代を下回っている。働いてきたのがデフレ期にあたり、賃上げを強く求めないかわりに、雇用を守ることで企業と労働組合が折り合ってきた。だが我慢を強いるだけでは、層の厚い40代を成長の原動力にするのは難しい。成果を出せば賃金が上がる循環をつくることが不可欠だ

早稲田大学の黒田祥子教授は「日本全体で仕事を面白くして生産性を上げようという気持ちが乏しいことが、停滞感を強くしている」と見る。成長への歯車を回すのは従業員の意欲であり、賃上げはそれを引き出す企業戦略の柱だ。企業は選択の時を迎えている。


◎やはり見えない「改革」

すでに市場原理は色々な形で賃金を動かしている」などと賃上げの話は出てくるが、「賃上げ率 中小企業>大企業」ゆえに「市場原理が改革を迫る」という展開にはなっていない。中小企業と大企業の「逆転」以外も含めて「市場原理が改革を迫る」話を探してみても見つからない。
エリソン・オニヅカ橋(福岡県うきは市)
         ※写真と本文は無関係です

賃上げ=改革」と言いたいのかとも思ったが、労働需給の逼迫に対応して賃金を上げても、普通は「改革」とは言わない。

成果を出せば賃金が上がる循環をつくることが不可欠だ」とも書いているが、これは取材班の意見であって「市場原理が改革を迫る」事例ではない。

成長への歯車を回すのは従業員の意欲であり、賃上げはそれを引き出す企業戦略の柱だ。企業は選択の時を迎えている」との結びの部分もそうだ。取材班の考えは分かる。ただ、それはいつの時代も同じだ。

記事で紹介した市場原理とは「中小企業の方が人手不足感が強いので賃上げ率も高い」「人手不足が全体に広がっているので賃上げの動きは既に出ている」ということだ。この「市場原理」はどんな「改革」を企業に迫っているのか。結局、答えは見えなかった。「従業員の意欲」を引き出すための「賃上げ」がまさか答えではないと思うが…。


※今回取り上げた記事「賃金再考(2)賃上げ率 中小企業>大企業 市場原理が改革を迫る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180123&ng=DGKKZO25984070S8A120C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

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