2018年5月9日水曜日

日経「大機小機~残業代ゼロ法案の誤解」の苦しい主張

9日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に載った「大機小機~『残業代ゼロ法案』の誤解」という記事は苦しい内容だった。筆者である「吾妻橋」氏の主張にはかなり無理がある。そもそも見出しで使っている「残業代ゼロ法案」という言葉は本文には出てこない。この辺りからも無理が垣間見える。
島原城(長崎県島原市)※写真と本文は無関係です

記事の全文を見た上で、具体的に指摘したい。

【日経の記事】

残業時間の上限規制等を盛り込んだ「働き方改革」関連法案の国会審議がようやくはじまった。残業の上限規制はすでに存在しているが、労働組合の合意があり残業代さえ払えば、その基準を超えて青天井の残業が可能となる抜け道がまん延していた。

今回の改正案では、仮に労働組合の合意があっても守らなければならない労働時間の上限を罰則付きで担保した。残業代さえ払えばいくら長時間労働させてもよい、という「残業代至上主義」を修正したことは、大きな成果であった。

他方、年収1075万円以上の高度専門職について残業代をなくす「高度プロフェッショナル」については、「残業代がなくなれば過労死が増える」として大きな反発がある。欧米諸国の専門職に普遍的なこの働き方が、なぜ日本では受け入れられないのだろうか

この働き方は「労働時間の規制をなくすもの」との誤解があるが、実際には、年間104日休日の義務付けという厳しい規制が設けられている。対象となる高度専門職は「1時間働けば必ず1時間分の製品が作られる」という工場労働のような働き方ではない。机の前に1時間座っていても何も作れない場合もある。同じ仕事を残業してやれば、それに見合って報酬が増えるような仕組みは、効率的でも公平でもない。

また、工場労働等と違い、専門職の働き方では仕事と仕事以外の時間の境界が明確ではない。だから、労働時間の上限ではなく休業時間の下限を大幅に底上げして、健康管理を行う。これは一般社員の残業時間の上限規制と整合的な論理である。このどこが「過労死法案」なのだろうか

残業代の義務付けで労働時間を抑制する手法は、米国では有効である。好況期に社員を増やし、不況時にレイオフする米国企業は、高コストの残業を敬遠するからだ。一方、不況期の雇用調整が困難な日本では、慢性的な残業を前提に正社員数を抑制し、不況期には残業時間をカットすることで雇用を守ってきた

しかし、平時から残業に大きく依存する働き方は、共働き家族が仕事と子育てを両立するには矛盾する仕組みである。残業代至上主義の働き方を修正することは、多くの労働者にとっても必要とされる時代になっている。


◎「年間104日休日の義務付け」で安心?

吾妻橋」氏の主張は簡単に言えば、「年間104日休日の義務付けという厳しい規制が設けられている」のだから「過労死法案」といった批判はおかしいというものだ。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です

しかし、説得力はない。例えば知人から「今の職場では年間104日の休日は確保できるけど、それ以外の日は1日18時間以上残業代なしで働いています」と聞いたらどうか。「年に104日も休んでいるなら過労死の心配はないね」と自信を持って返せるだろうか。

年間104日休日の義務付け」を「厳しい規制」と評価するのも理解に苦しむ。週休2日ペースなので、それほど休日が多い感じはない。

労働時間の上限ではなく休業時間の下限を大幅に底上げして、健康管理を行う」という書き方にはズルさを感じる。この記述からは「高度プロフェッショナル」に関しては「休業時間の下限を大幅に底上げ」する措置が法案に盛り込まれているように感じる。しかし、そうではない。

8日の「『脱時間給』削除の対案 立民、国民  働き方改革関連法案」という記事で日経も「終業から始業まで一定の休息時間を確保する『勤務間インターバル制度』については、政府案は努力義務としている」と書いている。つまり導入する義務はない。

年間104日休日」という条件の下で「労働時間の上限」はなくなるが「休業時間の下限を大幅に底上げして」はもらえないはずだ。「過労死法案」にしたくないのならば「吾妻橋」氏も立憲民主党や国民民主党のように「勤務間インターバル制度」の義務化を求めるべきだ。

欧米諸国の専門職に普遍的なこの働き方が、なぜ日本では受け入れられないのだろうか」と「吾妻橋」氏は言うが、EUには「勤務間インターバル制度」がある。そこに触れずに「普遍的なこの働き方」と言い切ってしまうのは一種の騙しだ。

記事の終盤で「吾妻橋」氏は「不況期の雇用調整が困難な日本では、慢性的な残業を前提に正社員数を抑制し、不況期には残業時間をカットすることで雇用を守ってきた」と書いている。そうした労働環境の中で「高度プロフェッショナル」のような働き方を広げていくとどうなるか。

普通に考えれば、「残業代ありの長時間労働」のかなりの部分が「残業代なしの長時間労働」へと移行していくだろう。だから「残業代ゼロ法案」だし、「過労死法案」と言われても仕方のない一面を持っている。


※今回取り上げた記事「大機小機~『残業代ゼロ法案』の誤解
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180509&ng=DGKKZO30229080Y8A500C1EN2000


※記事の評価はC(平均的)。

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