2016年9月25日日曜日

「黒い白鳥」はどこ? 日経1面「市場の力学」の苦しい中身

経済記事の中に「革命」「パラダイムシフト」といった言葉を見つけたら、疑って読んだ方がいい。多くの場合、大した変化は起きていない。最近で言えば「黒い白鳥(ブラックスワン)」も仲間に入れていいだろう。あり得ないと思われたことが起きた時に使う言葉だが、これもピッタリ当てはまる事例はまれだ。25日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学挑む機関投資家(1) 絡み合う異次元リスク 『黒い白鳥』解けぬ緊張」も例外ではない。
赤間神宮(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

まず記事の最初の方を見てみよう。

【日経の記事】

国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が振るわない。将来の生活に対する不安が現役世代を節約に走らせているからだ。ここで国民の年金や保険の運用を託された機関投資家が頑張れば不安は薄れ、景気を底上げできる。だが彼らは今、異次元のリスクに直面し、それを乗り越えようと懸命にもがく。

今年8月、統計学では千年に1度の確率でしか発生しない珍事が債券市場を襲った。7月に史上最低の年0.015%を付けた30年物国債金利が、わずか1カ月で0.5%に迫る勢いで急上昇(価格は下落)したのだ。

「市場が金融緩和や財政の限界を察知すれば、同じことは起こり得る」。東京海上ホールディングスの原田英治運用企画グループリーダーは身構え、南欧債務危機など過去の金利上昇局面のメカニズムを洗い直した。

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「国債利回りが1カ月で0.5%近く上がった」と聞いたら、「そんなことあり得るのか。短期間でそれほどの急上昇が怒るとは…」と驚くだろうか。債券市場を見慣れている人ならば「そのぐらいは普通に動くだろう」と思いそうな気がする。ところがこれが「統計学では千年に1度の確率でしか発生しない珍事」らしい。

記事に嘘はないのだろう。ここからは推測になるが「千年に1度」というのは上昇率で分布を見ているのではないか。0.015%から0.5%になると利回りは「1カ月で33倍以上」だ。確かに33倍以上になるのは「千年に1度の確率」かもしれない。だが、これを「異次元のリスク」と言われて納得できる人は少ないのではないか。

ウォールストリートジャーナルは2014年10月17日付の記事で欧州の国債利回りについてこう書いている。「中でも際だって売られているのがギリシャ国債だ。10年債利回りは、今年最低の水準から3.22%も驚異的に上昇し8.73%に達した。この利回り上昇の大半はここ1週間程度でのことだ」。これに比べたら「わずか1カ月で0.5%に迫る勢いで急上昇」した日本の「30年物国債」などかわいいものだ。

「機関投資家は異次元のリスクに直面している」という前提で強引に記事を作ったために、苦しい展開に陥っているように見える。それは2番目の事例にも言える。

【日経の記事】

異例の事態は株式市場でも頻発する。5%急落した日本水産株が1分後に値を戻す。そんなフラッシュ・クラッシュ(瞬時の急落)は「7月25日~8月5日に7銘柄であった」。りそな銀行の資産運用部門で売買執行を担う平塚崇グループリーダーはこう証言する。原因は特定されていないが、コンピューターによる超高速取引の誤動作とする見方は根強い。

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頻発」しているなら「異例の事態」でもないような気もするが、それは良しとしよう。ただ、「5%急落した日本水産株が1分後に値を戻す」との説明だけで「そんなフラッシュ・クラッシュ(瞬時の急落)」と言われても困る。どの程度の時間をかけて「5%急落」が起きたのかは書くべきだ。

しかも、記事の書き方だと「急落した後にすぐ値を戻す=フラッシュ・クラッシュ」とも取れる。だが、値を戻すことは「フラッシュ・クラッシュ」の一部ではないはずだ。説明が上手くない。

フラッシュ・クラッシュは「7月25日~8月5日に7銘柄であった」らしいが、日本水産のようにすぐに「値を戻す」のであれば、投資家にとって問題はほとんどない。これも「異次元のリスク」と言うほどの話とは思えない。

さて、いよいよ「ブラックスワン」が登場する。

【日経の記事】

信用収縮で投資家が多額の損失を被った2008年のリーマン・ショックでは、想定外の事態を表す「黒い白鳥(ブラックスワン)」出現と騒がれた。あれから8年。緩和マネーは世界にあふれ、あらゆる市場や国が複雑に絡み合うようになった。共振の度合いは格段に大きくなり、自動取引の急速な普及がそれに拍車をかける。

今年6月。市場予想に反し英国民投票で欧州連合(EU)離脱が決まった。結果を受けた24日、世界の株式時価総額はドイツのGDPに相当する330兆円分が1日で吹き飛んだ

21日の日銀の金融政策決定会合では「黒い白鳥は現れなかった」(第一生命保険で運用リスクを管理する綱孝裕課長)。日銀が想定外の混乱を与えないよう、市場との対話にカジを切った面もある。

だが緊張は解けない。焦点は11月の米大統領選。保護主義的な経済政策を訴えるトランプ氏が勝てば、周辺国の経済は打撃を受ける。「中南米国債への投資は減らすべきか」。第一生命はそんな議論も真剣に始めた。

運用管理システムを提供する米MSCIは各国が保護主義政策をとった場合の金利、株価の動きを予測するプログラムを開発し、10月にも配信する。英国民投票後、「大衆迎合主義(ポピュリズム)の広がりが経済に与える影響を計測してほしい」との要望が年金などから相次いだからだ。

黒い白鳥が潜む場は金融や経済から政治にも広がっている。「想像力を最大限働かせるしかない」(農林中央金庫・統合リスク管理部の福田浩昭副部長)。機関投資家の苦悩は続く。

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この書き方だと「英国のEU離脱」は「ブラックスワン」だと取材班は判断しているようだ。確かに「市場予想に反し英国民投票で欧州連合(EU)離脱が決まった」とは言える。しかし接戦になるのは分かっていた。だとすれば離脱の可能性は十分にあったわけで、これを「ブラックスワン」と見なすは無理がある。

黒い白鳥が潜む場は金融や経済から政治にも広がっている」と書いており、米大統領選でトランプ氏が勝つことも「ブラックスワン」に入れているのだろう。劣勢ではあるかもしれないが、トランプ氏勝利の可能性は世界中の多くの人が認識している。やはり「ブラックスワン」とは言い難い。

結局、記事を最後まで読んでも、機関投資家が「異次元のリスク」に直面しているようには見えない。「黒い白鳥が潜む場は金融や経済から政治にも広がっている」とも感じられない。なのに「機関投資家の苦悩は続く」と結論付けても説得力はないに等しい。


※記事の評価はD(問題あり)。

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