2016年9月2日金曜日

「日米同盟」巡り日経「点検・安倍外交(中)」が重ねる無理

日本経済新聞は「日米同盟」の話になると無理のある展開になりやすい。8月31日の「点検・安倍外交(中)米の内向き志向に不安 力の空白 うごめく中国」という記事はその典型だ。今回も「日米同盟の変調は、広大な太平洋に力の空白を生みかねない」といった、何を言いたいのかよく分からない珍妙な解説が出てくる。
熊本学園大学付属高校(熊本市) ※写真と本文は無関係です

記事の流れを順に追っていこう。

【日経の記事】

オバマが核の先制不使用を表明したいそうだ」。核兵器の先制不使用宣言をオバマ米大統領が検討していることが7月に表面化すると、日本政府内にかねての懸念が頭をもたげてきた

米国が「世界の警察官」の座を放棄し、他地域への関与を減らすのでは――。外務省は外交ルートで何度も真意を確認し、けん制した。

安倍晋三首相は、民主党政権で失った日米同盟の信頼を回復することに努めた。国内に強い反発のあった安全保障法制の制定や環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉妥結を実現。注いだ政治的エネルギーは大きい。

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まず記事の書き方に注文を付けておこう。冒頭の「オバマが核の先制不使用を表明したいそうだ」は誰のコメントか分からない。コメントかどうかも微妙だ。こういう曖昧な使い方は感心しない。しかも、その後の「核兵器の先制不使用宣言をオバマ米大統領が検討している」というくだりと内容がほぼ重なっているので、繰り返し感が強くなる。この辺りは工夫が足りない。

米国が『世界の警察官』の座を放棄し、他地域への関与を減らすのでは」との記述もこれまでの日経の説明と食い違う。例えば3月29日付の「アジアの安定、日本に責任 安保法施行」という記事で秋田浩之編集委員はこう書いている。「オバマ政権は『米国は世界の警察官ではない』と公言し、その通りに行動している」。

米国が「世界の警察官」かどうかはどちらでもいい。ただ、同じ新聞の中では統一してほしい。「日経は違うと思っているが、外務省は『世界の警察官』だと思い込んでいる」という事情があるならば、それが読者にも分かるような書き方を選ぶべきだ。

記事の問題点はこれにとどまらない。

【日経の記事】

核先制不使用の報道に首相は表向き「今後も米国政府と緊密に意思疎通をはかっていきたい」と述べるにとどめる。だが、抑止力の低下につながりかねない報道に「構想が表に出るだけでも日本としては不愉快」(外務省幹部)なのが本音だ。

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ここもまず書き方への注文から。「抑止力の低下につながりかねない報道」とすると、「報道」そのものに「抑止力の低下」を招く力があるように取れる。「実現すれば、抑止力の低下につながりかねないだけに」などとした方がよいだろう。

米国による「核先制不使用」の宣言が「抑止力の低下につながりかねない」との懸念も理解できない。「こちらが核兵器を使うと向こうも使ってくるだろう。だから、こちらから先には使えない」と相手に思わせる状況を作れば、「抑止力」としては十分だ。米国による「先制不使用」の宣言は、この状況に影響を与えるものではない。

「通常兵器での攻撃に対する抑止力が低下する」と取材班は考えたのかもしれない。しかし、「通常兵器での他国の軍事行動に対して米国が核兵器で反撃する可能性はほぼない」のは常識だと思える。改めて宣言しなくても、宣言しているのと大差ない。

次はこの記事の最大の問題である「太平洋の力の空白」を取り上げたい。

【日経の記事】

内向きが懸念材料だったオバマ氏が来年1月に退任しても、次の大統領も心配の種だ。

「誰が陣営の指揮をとっているのか」「新大統領との首脳会談はいつ実現しそうか」。首相は7月の共和、民主両党の党大会に外務省の森健良北米局長らを派遣し、情勢を探った。

共和党の大統領候補、不動産王ドナルド・トランプ氏は「米国第一」を掲げ、在日米軍の撤退に触れる。日米同盟の抑止力に影響しかねない。

TPPには、トランプ氏だけでなく、民主党候補のヒラリー・クリントン前米国務長官も反対姿勢だ。7月の民主党大会で会場が「反TPP」のプラカードであふれかえった様子を見た外務省関係者は愕然(がくぜん)とした。「ヒラリーが完全にカジをきった証拠だ」。暗礁に乗り上げれば、安倍首相の経済政策「アベノミクス」の推進力も損なう。

日米同盟の変調は、広大な太平洋に力の空白を生みかねない

8月24日、北朝鮮は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射。これに先立ち、米韓合同演習には「容赦なく核先制攻撃を浴びせる」と脅しをかけた。日本外務省幹部は「北朝鮮が米国の動向をみて行動をエスカレートしているのは間違いない」と身構える

中国も時期を同じくして、東シナ海や南シナ海への攻勢をかける。9月上旬に訪中するオバマ大統領は習近平国家主席と会談するが、「オバマは海洋進出に自制を求めるのだろうが、習は聞く耳を持たないだろう」(外務省幹部)。

米国の揺らぎは、北朝鮮による日本人拉致問題の解決をますます遠のかせる可能性もある。米国の内向き志向は今後の安倍外交にとって大きなリスクになる

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上記の説明から「日米同盟の変調は、広大な太平洋に力の空白を生みかねない」と思えただろうか。「力の空白」という表現はやや抽象的だが、太平洋に誰の勢力圏でもない場所が新たに生まれる懸念があると取材班は言いたいのだろう。

しかし、それがどこなのか謎だ。極端な事例として「在日米軍の撤退」という「変調」を考えてみよう。それでも日本には自衛隊がいるのでその近海に「力の空白」は生まれない。米国は日米同盟がどうなろうとハワイにもアラスカにもカリフォルニアにも軍を置き続けるだろうから、この周辺の海域で新たな「空白」が生まれるとも考えにくい。

極端な例として「在日米軍の撤退」を考えたが、記事で言っているのは「日米同盟の変調」だ。ちょっと仲がギクシャクするぐらいで、一体どんな「空白」が生まれるのだろう。しかも「東アジア」とかではなく、なぜか「太平洋」だ。「日本海」は心配いらないのだろうか。そもそも「日米同盟の変調」が起きるとなぜ「広大な太平洋に力の空白を生みかねない」のか、記事には説明が見当たらない。

さらに言えば「米国の内向き志向は今後の安倍外交にとって大きなリスクになる」との結びも、理屈が合っていない。記事ではその前にこう書いている。

8月24日、北朝鮮は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射。これに先立ち、米韓合同演習には『容赦なく核先制攻撃を浴びせる』と脅しをかけた。日本外務省幹部は『北朝鮮が米国の動向をみて行動をエスカレートしているのは間違いない』と身構える」。

これは米国が“外向き志向”だから北朝鮮を刺激して、それが日本までも「身構える」事態を招いているという話だろう。だったら「米国の内向き志向」を「リスク」と捉える必要は乏しい。記事を読む限り、「米国が内向きでいてくれれば、北朝鮮も余計なミサイル発射なんかしないのでは?」と思える。

米国の揺らぎは、北朝鮮による日本人拉致問題の解決をますます遠のかせる可能性もある」との説明も謎だ。だったらオバマ政権の「内向き志向」を次の政権も引き継いで「揺らぎ」を見せないことが、拉致問題解決に向けた近道のはずだ。なのに「米国の内向き志向は今後の安倍外交にとっての大きなリスクになる」という逆の結論を導いている。

とにかく話の展開が雑すぎる。「日米同盟」に関して自分たちの主張に整合性を持たせるにはどうすべきかをもう一度よく検討すべきだ。

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

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