2016年9月26日月曜日

「人手に頼らない分析」を描けていない日経「市場の力学」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「市場の力学~挑む機関投資家」は苦しい展開が続いている。26日の第2回「原油量・天気…全てが材料 サバイバル 機械VS機械」では、「高速取引で瞬時に材料が消化される今の時代は、人手に頼らない情報集めと分析が勝負の分かれ目になる」と言い切っている。しかし、記事にはその解説に反する事例が目立つ。
下関市立下関商業高校(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

原油価格が戻り歩調を強めた8月。それをいち早く予見するデータを作った会社がある。米シリコンバレーのオービタル・インサイトだ。

同社は衛星写真を買い取り、米国や中東、中国など世界に2万ある原油タンクの貯蔵量を日々測定している。タンクの屋根は落とし蓋のように原油に浮いているので、屋根の高さで貯蔵量を見極められる。屋根が低ければ在庫が少ないことになり、需給逼迫を予測できるというわけだ

データを受け取る顧客はヘッジファンドなど約70。駐車場の車の数で小売店の繁閑も測っているが、「石油関連が最も需要がある」(ジェームズ・クラウフォード最高経営責任者=CEO)。

株価は経済の鏡とされ、経済にかかわる森羅万象は株価の材料になる。高速取引で瞬時に材料が消化される今の時代は、人手に頼らない情報集めと分析が勝負の分かれ目になる

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気になった点を挙げてみる。

◎原油の話をしていたような…

まず、「原油価格」の話をしていたのに、唐突に「株価は経済の鏡とされ、経済にかかわる森羅万象は株価の材料になる」と言われても困る。「駐車場の車の数」は株式投資に使うのかもしれないが、やはり苦しい。「市場価格は」「商品や株式の価格は」などとすべきだ。


◎「いち早く予見」?

原油価格が戻り歩調を強めた8月。それをいち早く予見するデータを作った」と言い切っているが、どうも怪しい。例えば「衛星写真が捉えた7月の在庫状況から見ると、8月には原油相場が1バレル5ドル以上の上昇となる」といった情報を7月時点で提供していたのならば納得できる。しかし、記事から分かるのは「世界に2万ある原油タンクの貯蔵量を日々測定している」という程度の話だ。

原油相場は「原油タンクの貯蔵量」だけで決まるわけではない。貯蔵量のデータも踏まえて「8月には戻り歩調になる」と総合的に判断したのが人間ならば「人手に頼らない分析」とは言えない。


◎「需給逼迫を予測できる」?

屋根が低ければ在庫が少ないことになり、需給逼迫を予測できるというわけだ」という分析は浅すぎる。例えば、現状では需給逼迫と市場が認識していないのに、タンクの屋根の高さが通常よりかなり低かったとしよう。この場合「今後、需給は逼迫する」と言い切れるだろうか。答えは「分からない」だ。

衛星写真」は現状を教えてくれるに過ぎない。在庫は一時的に少ないだけで、大増産の動きが出ているところかもしれない。そもそも需給は需要と供給で決まるので、需要がどうなるのかも考える必要がある。

オービタル・インサイトのデータは投資の参考にはなるだろう。だが、「需給逼迫を予測できる」とは言い難い。「すごい話なんですよ」と訴えたい気持ちが強すぎて、話が大げさになっている。

続いて出てくる事例はさらに苦しい。

【日経の記事】

英国の欧州連合(EU)離脱決定で世界の市場が荒れた6月24日。米ヘッジファンドのデータ・キャピタル・マネジメントは淡々と利益を生んだ。用いたのは天気やニュースの音声などのデータだ。天気が悪ければ現状を変えたい強い意志を持つ人しか投票に行かないとみて、離脱派有利と予想。楽観論から欧州株が値上がりしたところで空売りをかけた

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これは一体何が新しいのか。「気象情報から投票日は天気が悪いと予想→離脱派有利とみて欧州株を空売り」という話ならば、特に目新しさはない。「機械VS機械」でもないし「人手に頼らない情報集めと分析」とも言い難い。

そもそも「投票日の天気が悪い」との予測が正しくて「天気が悪ければ現状を変えたい強い意志を持つ人しか投票に行かない」との分析が当たっているとしても、「だから離脱派が勝つ」とは言い切れない。離脱派有利と見て空売りを仕掛けるのは、結局は「賭け」だ。データ・キャピタル・マネジメントに関しては「データを分析した上で賭けに出て、それに勝った」という以上の意味が感じられない。

英国の欧州連合(EU)離脱決定」という歴史的な出来事に絡んで勝負に出たのだから「淡々と利益を生んだ」との説明も適切ではない。こういう表現は、日常的に小さな利益を積み重ねているような状況で使うべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。連載の第1回については「『黒い白鳥』はどこ? 日経1面『市場の力学』の苦しい中身」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_98.html)を参照してほしい。

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