2016年9月8日木曜日

グラウカス問題 待たせた割に期待外れの日経「真相深層」

8日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~空売り投資家、日本標的に 伊藤忠・サイバーダイン株急落」は期待外れだった。この件で米グラウカス・リサーチ・グループの動きが明らかになってから1カ月半近くが経っている。米シトロン・リサーチに関しても約4週間になる。掲載の時期が今なのは問題ない。だが、時間をかけたのならば、完成度への期待も高くなる。今回の記事がそれに応えているとは思えない。
水前寺成趣園(熊本市) ※写真と本文は無関係です

具体的に記事の中身を見てみよう。

【日経の記事】

上場企業の業績などに疑義を唱えるリポートを公表し、株価下落でもうける新手の投資家が日本企業を標的にし始めた。自らは事前にその企業の株券を借りて売却(空売り)し、株価が下がれば買い戻して利益を得る。狙われた伊藤忠商事と医療用ロボット開発のサイバーダインは株価が一時急落。今後も他企業が対象になる可能性がある。

7月27日。米グラウカス・リサーチ・グループが伊藤忠の会計処理に疑問を呈し、投資判断を「強い売り」とするリポートを公表、同社株を空売りしていることも明らかにした。これを受け伊藤忠株は10%急落。同社は反論コメントを出し、8月2日の決算会見で改めて鉢村剛・最高財務責任者が「会計処理はすべて適正だ」と主張した。

次は8月。空売り専門の米調査会社シトロン・リサーチが15日付リポートで、サイバーダインについて下品な絵も交えて「株価は過大評価」とこきおろした。株価は16日に急落。会社側は「分析が非常に浅く事実誤認を含む」との見解を示した。

これら空売り会社の素顔は分かりにくい。どの規模で空売りを仕掛けているのかなども明らかにしていない。グラウカスは2011年の設立後、米国や香港、シンガポールなどでも同様の空売りを仕掛けてきたが、米国ではほぼ無名に近い

一方のシトロンは米国では有力な空売り会社の一角とされる。最近はカナダ製薬大手バリアント・ファーマシューティカルズ・インターナショナルの会計処理を疑問視した。シトロンはバリアントを「製薬業界のエンロンか」と呼び、同社株を急落に追い込んだ。

米国ではこうした空売り勢は珍しくない。現実に不正会計問題につながった例もある。米マディー・ウォーターズ・リサーチが11年、カナダで上場する中国の木材会社が資産を水増ししていると指摘。会社側は12年に上場廃止に追い込まれた。

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記事の前半は、これまでの流れのおさらいだ。大きな問題はないが、「ほぼ無名に近い」という表現は引っかかった。「ほぼ無名だ」か「無名に近い」で十分だ。「ほぼ無名に近い」だとダブり感が出る。

問題はこの後だ。

【日経の記事】

そもそも、こうした手法に問題はないのか

今回の空売り勢は財務諸表などを基にリポートを作成した。日本取引所グループでインサイダー取引などに目を光らせる自主規制法人幹部は「公表情報に基づいたリポートで、しかも空売りしていると自らのポジションを宣言している。一般論だがインサイダーとは言いにくい」と困惑気味だ

伊藤忠のリポートを一読した証券取引等監視委員会の幹部は「非常にうまい表現をしている」とつぶやいた。断定的な表現を避け、あくまで自身の分析を主張することで「風説の流布」とならない配慮を感じたという

日本取引所グループの清田瞭グループ最高経営責任者も「若干、倫理的に疑問を感じるところもある」と否定的ながら慎重に言葉を選ぶ。“本場”米国でも米証券取引委員会(SEC)のメアリー・ホワイト委員長は「空売り投資家は合法的」との立場だ。

ただ一連のリポートには甘い分析や、単なる見解の相違と取れる内容もある。国内証券アナリストからは伊藤忠のリポートについて「説明会などでも議論した内容。企業価値にも影響はない」、サイバーダインにも「会社側の反論は妥当」といった声も上がる。

海外では訴訟も起きている。グラウカスの調査責任者、ソーレン・アンダール氏はネットを通じた会見で「提訴されたことはない」と話した。だがグラウカスは14年、台湾の上場企業に対するリポートを巡って損害賠償訴訟を受け、敗訴した。グラウカスは賠償命令を無視し続けている。

香港では8月、シトロンが12年に公表した香港上場企業に対する空売りリポートを巡り、現地金融当局が「不公正取引に当たり過失があった」と断じた。金融市場の不正を審議する当局が後日、処分を下す見通しだ。

株価も空売り勢の思惑通りに動く例ばかりではない。シトロンは6月、米フェイスブック株を標的に売りをあおったが、株価は上昇した。グラウカスが「株価は半値になる」とした伊藤忠も5日にリポート公表前の株価を回復、意図した利益は得られていないようだ。

私見か、風説か。監視委は空売り勢の進出後、海外の金融当局に問い合わせるなど、興味深く注視を続けている

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空売りファンドの手法に問題はないのかを論じるのが、この記事の柱だろう。そして結論は「私見か、風説か。監視委は空売り勢の進出後、海外の金融当局に問い合わせるなど、興味深く注視を続けている」となっている。

空売りファンドのリポートも不正取引の要件も明らかになっているのだから、取材した上で問題ありかなしかの判断を下してほしかった。繰り返すが、そのための時間もあったはずだ。なのに自らの判断は明らかにしないまま記事を締めている。

それを受け入れたとしても、この結論には納得できない。「私見か、風説か」と書くと、どちらの可能性もあるように思えるが、少なくともグラウカスに関しては答えが出ているのではないか。

伊藤忠のリポートを一読した証券取引等監視委員会の幹部は『非常にうまい表現をしている』とつぶやいた」と記事にも書いている。「断定的な表現を避け、あくまで自身の分析を主張することで『風説の流布』とならない配慮を感じた」と規制当局の幹部が言っているのだから、「風説の流布」に当たるとは考えにくい。

海外での訴訟の話も出てくるが、海外で違法だと日本でも違法となるわけではない。「風説の流布」に当たるかどうかも、あくまで日本の法律に照らして判断するはずだ。なのに「海外の金融当局に問い合わせるなど、興味深く注視を続けている」と書いている。これだと「グラウカスのやり方は日本では『風説の流布』に当たるのかも」と読者に思わせてしまう。だが、そこを疑う根拠を記事では示していない。

私見か、風説か」微妙だと記者らが判断しているのであれば、それが分かるような書き方をすべきだ。日経のこれまでの記事を読むと、日経として空売りファンドを否定したい気持ちはあるものの、その根拠を見出せない感じがする。それは今回の記事からもにじみ出ている。

法的には問題なくても、それ以外の問題があるというのなら、そこを重点的に論じるべきだ。「一連のリポートには甘い分析や、単なる見解の相違と取れる内容もある」と言い切っているのに、具体的な内容には触れていない。そして「国内証券アナリストからは伊藤忠のリポートについて『説明会などでも議論した内容。企業価値にも影響はない』、サイバーダインにも『会社側の反論は妥当』といった声も上がる」と標的になった企業をかばうような書き方をしている。

かばうのはいい。だが、具体的にどこが「甘い分析」なのか、なぜ「会社側の反論は妥当」なのか、判断の材料を読者に示していない。これでは何とも言えない。「日経は伊藤忠やサイバーダインの味方で、空売りファンドに不快感を持っているんだろうな」とは伝わってくるが…。


※記事の評価はC(平均的)。記事の担当者は「成瀬美和、川瀬智浄、ニューヨーク=山下晃、台北=伊原健作」となっていたが、主要な部分は成瀬記者と川瀬記者が担ったと推測できるので、山下記者と伊原記者への評価は見送る。暫定でCとしていた成瀬記者と川瀬記者への評価はCで確定させる。

※グラウカス問題に関しては「米グラウカスの伊藤忠リポートに関して日経に求めるもの」も参照してほしい。

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