2016年2月29日月曜日

典型的な詰め込み過ぎ 日経1面企画「新産業創世記」(1)

日本経済新聞の1面企画記事では、多くの場合「事例の詰め込み過ぎ」が起きる。28日から連載が始まった「新産業創世記~難題に挑む」はその典型だ。第1回の「シリア難民に無料の授業  ITで格差埋めろ」では、約100行の中に4つの事例を押し込んでいる。これで説得力のある説明をするのは至難だ。

まず記事の前半部分を見ていこう。
美奈宜の杜(福岡県朝倉市)からの眺め ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「最初は信じられなかった。でも現実に私は学べている」。目を輝かせるのはドイツ在住のシリア難民、ラシャ・アッバス(31)だ。無料オンライン大学「キロン大学」でジャーナリズムを学ぶ。「まだ祖国に戻れないが、将来はフリーの立場で活躍したい」

2015年だけで難民申請者が100万人を超えたドイツ。難民が経済的に自立し社会に定着するには教育が欠かせない。そこで20~30代の若者らがキロン大学を創設した。運営資金はインターネットで市民から募ったり、企業から提供を受けたりした。

学生はネット上で2年間基礎を学習する。独アーヘン工科大学、米エール大学など名門大学が講義を無料で提供。3年目から提携先の大学で学位を取得する道もある。

オンライン大学は世界に広がり、祖国を追われた難民も恩恵を受ける。15年の学生数は14年比2倍の3500万人。日本の大学生数の約12倍に相当する。関連産業は年率30%以上のペースで成長し、20年には1兆円規模となる見通しだ。

ITを用いて教育格差解消に挑む流れを作ったのは、セバスチャン・スラン(48)。米グーグル元幹部で自動運転車「グーグル・カーの父」だ

14年にグーグルを去ると、自ら立ち上げたオンライン教育「ユダシティ」の普及にまい進した。当初は無料講義を中心にしていたが、独自の学位も有料で発行。安定収入に道筋をつけた。その学位はいまやシリコンバレーのIT企業へのパスポートともいわれる。

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まず、無料オンライン大学で学ぶラシャ・アッバスさんの話があっさりしすぎている。彼女に関しては色々と疑問が浮かぶ。大学で学んでいるのだから言葉の問題はないのだろう。なのに31歳にもなって大学で学ぶのはなぜなのか。「経済的に貧しくて高等教育を受けられないでいる難民の子供たちのためにオンライン大学を」という話ならば分かるが、31歳女性の学び直しみたいな事例を詳しい背景説明なしに持ってこられても、説得力は感じない。

実は電子版の関連記事を読むとある程度の背景が分かる。そこには以下のような説明がある。

【電子版の記事】

ラシャ・アッバス(31)は14年9月、難民として3年間の滞在許可を得た。シリアの首都ダマスカスでジャーナリズムを学んでいたが、独裁政権下で女性がこの分野に関心を持つこと自体への嫌がらせもあり途中で断念していた。内戦が激化するなか欧州に渡り、自由な雰囲気のドイツで学ぼうと思った。だが、シリア政府発行の公式な書類が必要といわれた。難民には不可能だ。

そんな役所対応に失望しかけていた時、知人からキロン大学の構想を聞いた。ネットを使い最長2年間は自らが望む授業を選び、その後は提携先のリアルの大学で学び学位も取得できるという。

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上記の説明でかなり事情が分かるが、「難民が経済的に自立し社会に定着するには教育が欠かせない」と訴えるための事例としては弱い。難民対策の教育としては、英語もドイツ語も話せなくて仕事にありつけない人に語学力を身に付けさせるといったものがまず考えられる。ラシャ・アッバスさんの事例は、31歳にもなって大学でジャーナリズムを学んでいる時点でかなり「豊か」だ。

しかも、1面の記事を読み進めると「3年目から提携先の大学で学位を取得する道もある」と出てくる。ならば無料なのは2年間だけで、学位を得るためには結局かなりの金額が必要なのではないか。そうなると難民が大卒の資格を得る道は狭そうな気がする。そうした疑問にも記事は答えを与えてくれない。

2つ目の事例も気になる部分が多い。オンライン大学関連の市場規模に触れた後で「ITを用いて教育格差解消に挑む流れを作ったのは、セバスチャン・スラン(48)。米グーグル元幹部で自動運転車『グーグル・カーの父』だ」と続くと、セバスチャン・スラン氏が「オンライン大学の祖」みたいな存在かと思ってしまう。

そう解釈して読み進めると、自らオンライン教育を立ち上げたのは2014年とわずか2年前なのでどうも話が違う。セバスチャン・スラン氏はオンライン教育事業を興した起業家の1人ということのようだ。これは読者を迷わせる書き方だと思える。

セバスチャン・スラン氏が立ち上げた「ユダシティ」は「独自の学位も有料で発行」しているらしいが、正式な大学なのかどうか記事からは判断できない。また、学位の取得が有料だとすると、「教育格差解消」につながるかどうか疑わしい。もちろん「有料」の金額次第だが、やはり記事での言及はない。そもそも、有料で学位を与えるのであれば、日本にもよくある通信制の大学と本質的な差はないだろう。放送大学のような仕組みに、そんなに目新しさはなさそうだが…。

ついでに1つ細かい点を指摘したい。「米グーグル元幹部で自動運転車『グーグル・カーの父』だ」というくだりのカギカッコの使い方が気になった。「自動運転車『グーグル・カーの父』だ」とすると「グーグル・カーの父=自動運転車」に見えてしまう。「自動運転車『グーグル・カー』の父だ」とすれば問題はない。


※記事の後半部分については(2)で述べる。

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