2016年2月10日水曜日

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読

米国で年明け後にジャンク債が値下がりしているのか、それとも横ばい圏で推移しているのか、判断に迷う記事が週刊東洋経済2月13日号に出ていた。特集「世界経済危機」の「PartⅡ 牽引役・米国に死角あり」に出てくる「現地リポート米国 原油安とジャンク債危機で急下降」という記事で、産経新聞の松浦肇ニューヨーク駐在編集委員はまず以下のように書いている。
筑後川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

ところが年初に入ると、低格付けのジャンク債(ハイイールド債)を中心に、発行体の信用力を示す社債のスプレッド(国債との利回り差)が拡大。KBWが推奨していた大手銀株の急落が牽引する格好で、代表的な株価指数であるS&P500も昨年末比11%安の水準まで下がる場面があった。

直接の引き金を引いたのが原油安だ。「原油安によるエネルギー業界の信用不安→ノンバンクの資金調達難やジャンク債の売り→金融機関株の売り→米国株全体への波及」という負の連鎖が生まれた。

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まず一言。「年初に入ると」とはあまり言わない気がする。「年が明けると」とした方が自然だ。

ここからが本題。上記の説明をあまり疑わずに読むと「年明け後にジャンク債価格はかなり下がったんだろうな」と思ってしまう。少なくとも自分はそうだった。ところが記事の最後のところで「えっ! ジャンク債は値下がりしてなかったの?」と思わせる説明が出てくる。それが以下のくだりだ。

【東洋経済の記事】

1月末時点でジャンク債(シングルB格、10年物)の利回りは約10%。エネルギー業界の発行体を除いても8.5%あり、「(低インフレ・低成長なのに資金調達コストが高止まりする)この状況があと3カ月も続けば景気後退期に入る」(米投資会社のアドラーヒルのエリック・イプ氏)との見方も出てきた。「ネット・ネット」だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある。

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今度は、「ジャンク債の利回りが高止まり(価格は低水準で横ばい)」と思えてしまう。「この状況」とは「ジャンク債利回りの高止まり」なのだから、やはり年明け後のジャンク債利回りは「1月末までほぼ横ばい」と解釈するのが妥当だ。だとすると「ジャンク債の売り→金融機関株の売り→米国株全体への波及」といった説明はどう理解すればいいのだろうか。ここからは推測を交えて筆者の意図を探ってみたい。

年明け後にジャンク債価格はわずかしか下がっておらず、ほぼ横ばいと言える状況だった。しかし「ジャンク債危機で急低下」と見出しを付けて記事を書く以上、それでは話になりにくい。だから「社債のスプレッド(国債との利回り差)」を持ち出した--。これが最も可能性の高いシナリオだ。

記事には「エネルギー株とジャンク債が下落を主導」というタイトルで「ジャンク債」「S&P500」「エネルギー株」の2015年1月からの推移が分かるグラフが付いている。これを見ると、ジャンク債価格は昨年中ごろからじり安基調ではあるが、16年に入って目立った動きはない。ほぼ横ばいだし、下げていると言っても数パーセントのレベルだ。これで「S&P500も昨年末比11%安の水準まで下がる場面があった」ことに触れて、「ジャンク債の売り→金融機関株の売り→米国株全体への波及」と解説するのは、かなり苦しい。

本当にそうした動きがあるのならば、ジャンク債の価格や利回りをそのまま読者に見せればいいはずだ。なのに記事の最初の方では「社債のスプレッド(国債との利回り差)」を持ち出し、具体的な数字は見せずに「拡大」とだけ書いている。社債スプレッドならば社債利回りが上がらなくても国債利回りが低下すれば「拡大」する。ジャンク債利回りがほぼ横ばい圏でも使える数字なのだ。

なぜこうした書き方になるかと言えば、最初に描いたストーリーに縛られすぎたのだろう。昨年末のファンド清算など「ジャンク債危機」的な動きがあるのは確かだ。しかし、年明け後は思ったほどジャンク債価格が下がっていない。そこに松浦編集委員の“誤算”があったと思える。

記事に付けたグラフの始点を昨年末にしてみると「エネルギー株とジャンク債が下落を主導」とならないのは明白だ。S&P500もエネルギー株も大きく下げる中で、ジャンク債価格は下げ渋っていると見える。市場関連記事を書くときに自分なりのストーリーを描くのは悪くない、と言うより大切だ。しかし、ストーリーが崩れてきたら方向転換をためらわないことも、また重要だと覚えておいてほしい。

ついでにもう1つ疑問点を記しておく。

【東洋経済の記事】

「差し引き合算」を意味する「ネット・ネット」とはウォール街で1年前に流行していた言葉である。当時は原油安が本格化したばかりで、資源国経済に対する懸念も高まったが、「原油安が消費を押し上げ、総合的には米国経済にはプラス」という見方が大勢だった。



【産経の記事】

当時流行していた言葉が、「差し引き合算」という意味の「ネット」である。先進国経済は原油に関しては輸入超過なので、「エネルギー業界が苦しんだとしても、消費や設備投資が恩恵を受けるので、経済全体にとってはプラス」という趣旨だ。

「ネット」理論は米国でも根強く、金融筋も多用していた。S&P500種とニューヨーク・マーカンタイル取引所で取引されている原油先物価格の相関係数(基準日までの6カ月間の日足変化率ベース)を計算しても、原油安が始まった14年半ばから15年半ばまでは、あまり相関性の見られない「マイナス0・05~0・25」で推移した。

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東洋経済では「ネット・ネット」なのに、松浦編集委員が産経に書いた記事では「ネット」になっていた。どちらも「正味」という意味のようだが、使い分けている理由が分からなかった。流行していたのは「ネット」なのだろうか。それとも「ネット・ネット」なのだろうか。両方なのかもしれないが…。

また、東洋経済の記事の結びで「『ネット・ネット』だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある」と松浦編集委員は書いている。「ネット・ネット=差し引き合算」ならば、この書き方ではダメだ。「『差し引き合算』だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある」では意味不明な説明になってしまう。この場合「『ネット・ネット』理論ではプラス要因だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある」などとすべきだ。


※やや苦しい説明はあるが、記事の評価はC(平均的)とする。松浦肇編集委員への評価はD(問題あり)を据え置くが、引き上げの方向で注視していきたい。

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