2016年10月31日月曜日

サービス残業拒否は「泣き言」?日経「働く力再興」の本音

日本経済新聞朝刊1面で連載していた「働く力再興~改革に足りぬ視点」も31日でようやく最終回を迎えた。第5回の「会社にしがみつく時代は終わった 原動力は個々の意欲に」もやはり苦しい内容だった。記事の中身を見ながら、問題点を指摘していく。
佐賀大学(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

会社は長らく、終身雇用や年功序列で労働者に安心して働ける環境を提供してきた。日本経済が難所にさしかかり、企業と働き手は新しい関係を築く必要に迫られている。腕一本をたのみとする自立した労働者を増やさないと日本は沈む。

 「土日は休みたい」「残業代もほしい」。エアコン修理のKAISEIエンジニアリング(東京・港)は倒産の危機で泣き言を言う社員に引導を渡した。10人ほどの技術者を個人事業主として独立させたのだ。定時はない。客の要望があれば深夜12時でも修理に赴く。

一方、年収が正社員時代の倍となる1千万円に届くつわものも出た。自らの働き次第。「技術者に経営意識を持ってほしい」。鈴木ひろ社長(47)の狙いは当たった。年商は5年前の1億円から6億円に伸びた。

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◎倒産の危機ならば「サービス残業」は当然?

上記のくだりには、取材班の本音が透けていて興味深い。 「土日は休みたい」「残業代もほしい」との従業員の要望を記事では「泣き言」と切って捨てている。「会社が傾いた時には残業代なしで休日を返上して働くのが当たり前」との価値観がなければ、こういう書き方にはならないだろう。

だが、年商1億円の中小企業であれば「倒産の危機」と隣り合わせなのが当たり前だ。社長に「倒産の危機だから残業代なしで働いてくれ。休日出勤も頼む」と言われて素直に応じていたら、身が持たない。取材班の記者には「会社の危機ならばサービス残業も厭わない」という滅私奉公型の人が多いのだろうが…。

続いて、2番目の事例を見ていく。

【日経の記事】

バブル崩壊後に破綻したレーザー機器専門商社の日本レーザー(東京・新宿)は、多様な人材を集めようと通年採用を導入した。選考基準は「社風にあうか」。能力に見合う仕事で空きがあれば採る。年齢や学歴をもとにした賃金制も廃止。課長格への昇進は「TOEIC(英語能力テスト)700点以上」など明快な基準で決める。

橋本和世課長(43)は出産を機に、新卒入社した別のレーザー商社を退職。子育てが一段落し同業他社の日本レーザーに入った。子育て中も在宅で働いていたが、IT(情報技術)や翻訳など腕に磨きをかけた。今の会社での販促やホームページ制作に生かす。社員に力の発揮を求める会社は、パートから課長へと処遇を高めて応えた。

戦後の雇用慣行を断ち切ったところに、企業の成長の源泉が生まれつつある。終身雇用や年功序列では働き手の力を十分引き出せない。実力があれば、随時契約を結んだり、中途で採用したりして働いてもらうのが手っ取り早い。

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◎「戦後の雇用慣行を断ち切った」?

日本レーザー」の「橋本和世課長」の話は「戦後の雇用慣行を断ち切ったところに、企業の成長の源泉が生まれつつある」具体例なのだろう。だが、中身は「子育てが一段落」して再就職した女性を紹介しているだけだ。「出産を機に会社を辞めて、子育てが一段落したらまた働き始める」のは、そんなに新しい動きなのか。「戦後の雇用慣行を断ち切った」とは到底思えない。「会社での販促やホームページ制作」は立派な仕事だが「企業の成長の源泉が生まれつつある」とまで評価するのは無理がある。

最後は記事の結論部分を論評したい。

【日経の記事】

ITエンジニアの浦田理絵さん(27)。バイト先のゲーム会社で開発技術者の仕事ぶりに触発された。大学まで文系だったが、独学でプログラミングを習得。ITベンチャーでの実務経験を経て独立した。「腕を磨き世の中を変えるウェブサービスを作る」

米国には個人の才覚で働くフリーランサーが5500万人いる。労働人口の3分の1を占める。自己研さんに励み、企業に寄りかからない。将来の技術革新やサービス開発の土壌と期待される。日本も増えたとはいえ、健康保険など社会保障面の後押しも足りない。その厚みは見劣りする。

企業が労働者に多様な働き方を認め、労働者はそれを生かして成果を出す。そうした好循環を生むのが働き方改革の主眼だ。政府も個人の選択を尊重し、やる気をそがない税制や社会保障制度を整えねばならない。

従来の労働政策を見直すぐらいなら日本経済を押し上げはしまい。企業と働き手の双方の働き方の常識が変わりつつある今、国の制度もまた一から作り直すときだ

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従来の労働政策を見直すぐらいなら日本経済を押し上げはしまい。企業と働き手の双方の働き方の常識が変わりつつある今、国の制度もまた一から作り直すときだ」とまで言うならば、具体策を提示してほしかった。「従来の労働政策を見直すぐらい」ではあまり意味がないとすると、「脱時間給制度」も「従来の労働政策」の見直しなので導入は見送った方がいいことになるが…。

取材班では「企業と働き手の双方の働き方の常識が変わりつつある」と考えているのに、どう変わりつつあるのかも描けていない。子育てが一段落した女性が働き始めたり、会社を辞めた人がフリーになったりする動きが広がったとしても、それは「企業と働き手の双方の働き方の常識が変わりつつある」わけではない。

連載を最初から最後まで読んでも「働き方の常識が変わりつつある」とは思えなかった。だとすると、「国の制度もまた一から作り直すときだ」との主張に説得力はあるのだろうか。


※連載全体の評価はD(問題あり)。取材班に関しては関連記事に「大滝康弘、長谷川岳志、中野貴司、藤野逸郎、鈴木健二朗、高野壮一、湯浅兼輔、福山絵里子、佐野敦子、小川和広、中村亮、三木理恵子、福本裕貴が担当しました」と出ていた。大滝康弘氏を担当デスクの筆頭だと見なして、同氏への評価を暫定でDとする。他の担当者への評価は見送る。

※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

嫌な予感がする日経1面連載「働く力再興」への注文(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_26.html)

欧米の失業は悲壮感 乏しい? 日経「働く力再興」の怪しさ(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_29.html)

「脱時間給」の推し方に無理がある日経「働く力再興(4)」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_30.html)

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