2016年10月15日土曜日

説明不足が目立つ日経 高見浩輔記者の「真相深層」

13日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~損保ジャパン、市場激変にらみ先手 電光石火の米大手買収 『15歳の巨人』開拓のテコに」という記事で「日本の損保市場は長らく鎖国状態にあった」との誤りだと思われる説明があったことは既に述べた。ここでは、それ以外の問題点を指摘したい。
佐賀城 鯱の門(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

記事を最初から見ていく。

【日経の記事】

SOMPOホールディングス(HD)傘下の損害保険ジャパン日本興亜が5日、米国で事業展開する企業保険大手エンデュランス・スペシャルティ・ホールディングスの買収を発表した。63億ドル(約6375億円)という買収額は国内金融機関で歴代3位。わずか半月の交渉で合意に至ったビッグディールは、激動期に入った保険業界のスピード感を象徴する。

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ビッグディール」は使う必要のない横文字だ。「大型買収」とでもすれば事足りる。高齢者も多い日経の読者に「ビッグディール」という言葉が十分浸透しているとは考えにくい。文字数も増えてしまう。筆者の高見浩輔記者は読者のことをあまり考えずに記事を書いているのだろう。

この後も問題は続く。

【日経の記事】

「会社を売るつもりはなかった。でも、コーヒーを飲んで話しているうちに気づいたんだ。これはチャンスだって」。エンデュランスのジョン・シャーマン最高経営責任者(CEO)の話し相手は、SOMPOでM&A(合併・買収)を担当する執行役員のナイジェル・フラッド氏。ディールが成立する半月前、9月中旬の出来事だった。

2001年組――。エンデュランスのほか、アライド・ワールドやアクシスキャピタルなど同年設立の保険大手をまとめて海外でこう呼ばれる。その成り立ちは劇的だ。きっかけは9月11日の米同時テロ。企業財産や航空機などあらゆる分野でテロという未知のリスクが生まれた。だがこれは同時に損害保険にとって巨大な市場が生まれた瞬間でもあった。

世界がぼうぜん自失としていた01年末までのわずか3カ月間。北大西洋に浮かぶ英領バミューダでは「ゴールドラッシュ」が起きていた。投資ファンドなどから合計で1兆円を超える資本が注ぎ込まれ、他の保険会社から保険契約のリスクを引き受ける「再保険」を目的に、相次いで保険会社が設立された。

そのさなかにアクシスキャピタルを創設したのが、すでに「ロンドン保険市場の王」と呼ばれていたシャーマン氏だ。13年に01年設立のエンデュランスのCEOに就任。15年には同じく01年組のモンペリエを買収して会社を急成長させた。

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コーヒーを飲んで話しているうちに気づいたんだ。これはチャンスだって」とのコメントがあるが、どんな話が出たから「チャンス」と気付いて心変わりしたのか、記事を最後まで読んでも分からない。このコメントを使うならば、チャンスだと感じた理由は必須だ。

きっかけは9月11日の米同時テロ。企業財産や航空機などあらゆる分野でテロという未知のリスクが生まれた」との説明も引っかかる。例えば1993年にもニューヨークの世界貿易センタービル地下駐車場で爆破テロ事件があったはずだ。

高見記者は2001年の米国同時多発テロによって「テロのない世界」から「テロのある世界」へ移行したと認識しているようだ。しかし、それ以前の世界でもテロは「未知のリスク」ではなかったと考える方が自然だ。

世界がぼうぜん自失としていた01年末までのわずか3カ月間」との記述も納得できない。米国は同時多発テロから間もない01年10月にはアフガニスタンへの侵攻に踏み切っている。それでも「世界が茫然自失となっていた」と言えるだろうか。当時、特に米国ではテロへの憎悪が燃え上がっていて「茫然自失」とは程遠い状況だった気がするが…。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

「15歳の巨人」はいま、次のゴールドラッシュを見据える。あらゆるモノがインターネットとつながるIoT、自動運転、人工知能(AI)――。産業構造は今後、劇的な変化が予想される。そこで生まれる新たなリスクは、保険業界にとってフロンティアとなる。

たとえばサイバー攻撃で発生した情報漏洩などの被害を補償する保険はIoT時代には不可欠な金融商品だ。12年に8.5億ドルだったサイバーリスク保険の収入保険料は14年に25億ドルに拡大。プライスウォーターハウスクーパース(PwC)は25年には75億ドルまで拡大すると予想する。

今回はジャパンマネーが成長の原資となる。トムソン・ロイターによると15年の国内保険による海外買収は、170億ドルと過去5年平均の5倍に膨らんだ。東京海上日動火災保険が買収したトキオマリン・キルン、三井住友海上火災保険傘下のMSアムリン、SOMPOキャノピアス――。英ロイズのフロアは日系傘下に入った名門企業の名前であふれている

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注釈なしに「英ロイズのフロアは日系傘下に入った名門企業の名前であふれている」と言われて、事情を飲み込める読者がどの程度いるだろう。なぜ多くの保険会社が「英ロイズのフロア」にオフィスを構えているのか、ロイズとは何なのかの説明は欲しい。

サイバー攻撃で発生した情報漏洩などの被害を補償する保険」を「保険業界にとってフロンティア」と捉えるのも苦しい。デジタルデータの情報漏洩のリスクはかなり前からあった。「IoT時代」になって新たに現れたリスクのように書かくのは大げさだ。記事でも、2012年の段階で「サイバーリスク保険の収入保険料」は既に「8.5億ドル」あったと記している。

記事の残りの部分は以下のようになっている。

【日経の記事】

国内損保が海外に踏み出した最大の問題はやはり人口減少だ。損保会社の保険料収入は半分が自動車保険。だが人口が減れば、自動車販売も先細りになる公算が大きい。自動運転が普及すれば、ドライバーにかける保険の形も変わり、市場規模が急速に変化するとの見方もある。

自然災害によるリスクも徐々に深刻になってきた。ある損保大手で秘密裏に算出している台風など自然災害の発生に伴う損失の発生リスクは海面温度の上昇などで世界的に上昇する一方だという。海外買収には自然災害リスクの地理的な分散を図る狙いもある。

日本の損保市場は長らく鎖国状態にあった。保険会社が企業に出資するケースが多く、外資系は企業向け取引に入りにくいためだ。サイバーリスク保険など次代を先取りする新商品の開発力も欧米勢に比べ見劣りする。

「グローバルな市場は変化が激しい。顧客ニーズにいち早く対応できる体制が大事だ」。10月5日、SOMPOの桜田謙悟社長と一緒に会見に臨んだシャーマン氏は「スピード」の大切さを強調した。「15歳の巨人」が体現するダイナミズムを取り込めるかどうか。国内保険に重要な転機が訪れた。

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買収対象となったエンデュランス・スペシャルティ・ホールディングスについて、記事では「米国で事業展開する企業保険大手」で、「再保険」を目的に2001年に設立されたといった程度の情報しかない。買収する側の事情は色々と書いているが、その状況に適した買収対象がなぜエンデュランスなのかは明確ではない。「自然災害リスクの地理的な分散を図る」だけなら、他の外資系保険会社でもいいはずだ。

この記事では、「なぜ買収対象はエンデュランスなのか」「なぜエンデュランスは買収を受け入れたのか」が、かなり漠然としたままだ。例えば「サイバーリスク保険でエンデュランスは圧倒的な強さを持つ」といった話があれば、買収理由については納得できるのだが…。

「自分が分かっていることは読者も分かっているはずだ」との前提で高見記者は記事を書いているのではないか。「読者にきちんと伝わるだろうか」との恐れをもっと強く持たないと、優れた書き手にはなれない。そこは強く認識してほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。高見浩輔記者への評価も暫定でDとする。「日本の損保市場は長らく鎖国状態にあった」という説明の問題点については「『損保市場は長らく鎖国状態』? 日経『真相深層』の誤り」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_13.html)を参照してほしい。

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