2016年10月26日水曜日

嫌な予感がする日経1面連載「働く力再興」への注文

嫌な予感のする連載が日本経済新聞朝刊1面で始まった。「働く力再興~改革に足りぬ視点」というその連載の第1回は「『同一労働同一賃金』の迷路 努力の成果 どう報いる」だ。今回は触れていないが、いずれは「脱時間給や解雇規制緩和が労働者のためになる」との強引な論理展開をしてきそうな気がする。第1回の内容もかなり苦しい。まずは記事の最初の事例に注文を付けたい。
山口県下関市側から見た関門橋  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

もっと活躍したい。もっと成果を出せる。そんな意欲と能力に満ちた労働者に日本の賃金制度は応えているか。同じ働きぶりなら、同じ賃金を与える「水平方向」の議論は必要だが、経済や企業を引っ張る「けん引車」に報いる議論は置き去りになっていないか。

 1年で平社員から部長に昇格できる会社に求職が殺到している。人材派遣のジェイウェイブ(福岡市)。最大4~5段飛びの昇級制度を取り入れている。70人ほどの営業担当のうち、2人が最大飛びを果たし、1年で部長職まで上り詰めた年収約1千万円。月額の固定給はあるが賞与はなく、獲得した売り上げに応じ1~3%を還元する。

営業は中途採用が9割。実力主義に魅力を感じる働き手は多い。「横並びの賃金だと生活は安定するが、実力を試したい人やもっとキャリアを積みたい人には向かない」。山下裕司社長(57)は社員の背中を押す。成績が悪いといってすぐ放り出すこともしない。能力底上げへ教育メニューも充実。職位ごとに年2~3回、専門家を招き契約を勝ち取るノウハウをたたき込む。

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◎「殺到」だけでは…

1年で平社員から部長に昇格できる会社に求職が殺到している」と書いているが、具体的なデータはない。これは困る。「日ハムの大谷がものすごく速い球を投げた」と伝えながら、具体的な球速には触れないスポーツ関連記事のようなものだ。


◎どのぐらいの期間で「2人」?

70人ほどの営業担当のうち、2人が最大飛びを果たし、1年で部長職まで上り詰めた」というものの「2人」に達するまでにどの程度の期間を要したのか謎だ。制度導入後1年で「2人」出たのか、過去30年で「2人」が「最大跳び」を果たしたのかでは印象がかなり変わってくる。


◎本当に「部長」?

年収約1千万円。月額の固定給はあるが賞与はなく、獲得した売り上げに応じ1~3%を還元する」という部分は解釈に迷った。「1千万円」は部長の年収なのだろうか。しかし「獲得した売り上げに応じ1~3%を還元する」とも書いてある。あり得ないとは言わないが、部長も自らの営業成績を上げるように求められるのならば、「部長」らしくはない。

それに「獲得した売り上げに応じ1~3%を還元する」場合、収入は大きく変動するはずだが、「最大飛びを果たし」た「2人」はそろって「1千万円」のようだ。固定と歩合の比率が分からないので何とも言えないが…。

次に記事の終盤を見ていく。

【日経の記事】

安倍政権は労働者の配分を増やす政策に力を入れてきた。働き方改革で導入をめざす同一労働同一賃金もその一つ。非正規労働者の処遇を改善し、正規との格差を埋める狙いだ。この仕組みが根付く欧州では、労働者を年齢や性別で差別せず、仕事内容に応じて平等に賃金を払う。雇用の流動化を促す効果もある。

最先端技術に詳しい坂村健東大教授(65)は「政府は個人のキャリアや能力を同定する仕組みづくりをやるべきだ。適材適所を徹底しないと日本は衰退する」と話す。同一労働同一賃金だけで、働き手の処遇を巡る議論が終わるようだと不十分だ。成果を生み出すトップランナーの力を適切に評価する仕組みを整える必要がある

戦後の日本企業は労働者の潜在能力を推し量って「職能給」を支払ってきた。年齢や学歴を反映し、横並びでやる気を出させたい企業の思惑と期待が込められていた。いまやそんな当たり外れを気にしない悪平等を続ける余裕はない。成果をもとにだれもが納得できる評価制度があれば、賃金差がつくのも悪くない

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記事では政府に対して「成果を生み出すトップランナーの力を適切に評価する仕組みを整える必要がある」と求めている。そういう仕組みを導入したくても規制があってできないのならば「働き方改革」で制度を見直すのもいいだろう。

しかし、そんなのは昔から可能ではないのか。証券会社の歩合外務員のような人は以前からいた。営業成績に応じて賞与に差を付けるといったことも簡単にできるはずだ。1990年代には「成果主義」が流行語にもなった。記事でも「人材派遣のジェイウェイブ(福岡市)」の事例を紹介しているではないか。

成果を生み出すトップランナーの力を適切に評価する仕組みを整える必要がある」としても、特に規制に問題がないのであれば、後はそれぞれの企業の判断だ。政府の「働き方改革」で何をさらに「議論」する必要があるのか。

ついでに言うと「成果をもとにだれもが納得できる評価制度があれば、賃金差がつくのも悪くない」とは思うが、「だれもが納得できる評価制度」は実現可能なのか。個人的には「どんな制度にしても必ず納得しない人が出てくる」と思える。


※記事の評価はC(平均的)。第2回以降で「脱時間給」や「解雇規制の緩和」にどう触れるのか注目したい。

※今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。

欧米の失業は悲壮感 乏しい? 日経「働く力再興」の怪しさ
(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_29.html)

「脱時間給」の推し方に無理がある日経「働く力再興(4)」
(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_30.html)

サービス残業拒否は「泣き言」?日経「働く力再興」の本音
(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_31.html)

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