2016年10月1日土曜日

「日銀の新緩和策」分析に難あり日経ビジネス「時事深層」

日経ビジネス10月3日号の「時事深層 INSIDE STORY~日銀の新緩和策に市場は冷淡 進む財務悪化、単年度赤字も」という記事は分析の甘さが目立った。
靖国神社(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

まずは記事の一部を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

もっとも日本経済が浮上したとして、そこにも難関が待ち受ける。経済が回復期を迎えると、マイナス金利をやめて政策金利を引き上げる必要が出てくる。

日銀は現在、銀行など金融機関から受け入れている日銀当座預金の一部に0.1%の利子をつけているが、「構造的に付利を引き上げなければ市場金利が上がらない」(末澤豪謙・SMBC日興証券金融経済調査部部長 金融財政アナリスト)。だが、付利を上げれば利払いが増え、前述の利息収入による収益をさらに圧迫する。

さらに金利が上昇して債券価格が下落すると、機関投資家などは保有する大量の国債で含み損を抱えることとなり、その損失を穴埋めするために保有する株やETF(上場投資信託)の売却が必要となる可能性がでてくる。

その結果、株価が大幅下落して、日銀は保有する株やETFが減損を迫られる負のスパイラルに至る可能性もある。日銀は、今年7月の追加緩和でETF買い入れ額を6兆円に増やしたばかり。大量のリスク資産保有が裏目に出る可能性も否定できない。

国債の利息収入が減る一方で当座預金への利払いが増大し、ETFなどの資産にも損失が発生する事態となると、日銀は単年度業績で赤字に転落しかねない。赤字が続けば、最終的には債務超過にすらなりかねない。

日銀の単年度赤字転落というような事態を避ける道筋があるとすれば、緩やかな金利上昇が続くことで、保有国債の処理を長時間かけて進めることだけだ。日銀の進む道は、ほとんど見えないほどに細いものになりつつある。


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「日本経済の状況が上向く→金利が上がる(債券価格が下がる)→債券で損失を出した投資家が株を売る→日銀の保有するETFの価値が減る」という流れを筆者らは想定している。しかし、これは苦しい。「日本経済が浮上」する時には、株式相場も上昇すると想定するのが自然だ。もちろん売りに回る投資主体もあるだろうが、景気が上向きの時に「株価が大幅下落して、日銀は保有する株やETFが減損を迫られる負のスパイラルに至る」と心配する必要性は乏しい。

日銀は単年度業績で赤字に転落しかねない。赤字が続けば、最終的には債務超過にすらなりかねない」などと日銀の財務状況をやたら気にするのもよく分からない。狂ったような勢いの金融緩和からの出口を模索するのは困難になっており、その点で「日銀の進む道は、ほとんど見えないほどに細い」とは言える。しかし「日銀の単年度赤字転落というような事態を避ける」ことは、仮に難しいとしても重要な問題なのか。

普通の会社で赤字や債務超過が問題となるのは、支払い能力の低下と結び付くからだ。しかし、日銀の場合、赤字だから銀行への利払いができなくなるといった事態は想定しづらい。この記事の冒頭には「『日銀破綻』の可能性も出てくる」と書いているが、お札を発行する権利を有する日銀が「破綻」するとはどういうことなのか。筆者らは日銀を普通の会社(あるいは普通の銀行)と同じような感覚で分析しているように見える。

記事の結論部分にも疑問が残った。

【日経ビジネスの記事】

金融緩和の効果が薄れ、財務面でも窮地に立たされた日銀。「打てる手は全て打った。次は政府が構造改革で効果を出す時だ」。黒田総裁の心の中には、そんな思いがあるはずだ。「緩和策は需要の先食いしかできない」(BNPパリバ証券の河野氏)。だからこそ、政府が構造改革を進めることで潜在成長率を安定的に引き上げ、日本経済を救い、日銀財務の重荷を処理していく。残されたシナリオはこれしかない

政策決定会合が開かれた21日、米ニューヨークで国連総会に参加した安倍晋三首相は金融関係者と対話していた。その場で「私にとって最大のチャレンジは経済、経済、経済だ」と断言。2016年度第2次補正予算案の成立を急ぐが、成長力の底上げにつながる構造改革への取り組みは急務で、「働き方改革」などを最優先課題に挙げた。政府が構造改革に手を打てるのかが日本経済の将来を決める

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日本経済が浮上したとして、そこにも難関が待ち受ける」「日銀の単年度赤字転落というような事態を避ける道筋があるとすれば、緩やかな金利上昇が続くことで、保有国債の処理を長時間かけて進めることだけだ」と筆者らは主張していた。そのためには「政府が構造改革を進めることで潜在成長率を安定的に引き上げ、日本経済を救い、日銀財務の重荷を処理していく。残されたシナリオはこれしかない」とも言い切っている。

政府が構造改革を進めて経済状況が上向いたとしよう。しかし「日本経済が浮上したとして、そこにも難関が待ち受ける」のだから、苦しい状況に変わりはない。筆者らの主張に従えば、残された道を行くためには「緩やかな金利上昇が続くこと」が条件になる。構造改革が日本経済を救うものだとしても、金利上昇を緩やかにしてくれるわけではない。「残されたシナリオ」を語るならば、金利上昇をどうやって緩やかにするのかを提示する必要がある。

個人的には「働き方改革」などの「構造改革」で「潜在成長率を安定的に引き上げ」られるとは思えない。現在0%に近いと言われる潜在成長率を人口減少期に入った日本で「安定的に引き上げ」る政策などあるのか。そんな特効薬があるなら教えてほしい。「解雇規制を緩めたり、残業代なしで働き放題にしたりすれば、潜在成長率は2%、3%へと順調に高まっていく」などと筆者らは本当に信じているのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。記事の担当は田村賢司主任編集委員、武田健太郎記者、 安藤毅編集委員の3人だが、主な執筆者は田村主任編集委員だと推定し、他の2人への評価は見送る。田村主任編集委員への評価はDを維持する。

※この記事に関しては「日銀は今、金融調整になる国債の償還前売却は実施していない。つまり元本以上の高値で国債を購入することはできない。初めから損を確定させたような取引なのである」との記述で「国債を購入」は「国債の売却」の誤りではないかとの問題もある。この点に関しては「『購入』と『売却』を間違えた?日経ビジネス『時事深層』」(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_30.html)を参照してほしい。

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