2015年6月30日火曜日

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について

29日の日経朝刊オピニオン面「核心~人らしく逝くという選択  多死社会への備えあるか」について引き続き指摘していく。


【日経の記事】
ルクセンブルクの環状城壁からの景色
             ※写真と本文は無関係です

自殺を手助けする非政府組織(NGO)がスイスにあると聞いた。訪れて話を聞くと自殺幇助(ほうじょ)という、おどろおどろしい法律用語とは無縁の活動がみえてきた。「私たちがサポートしているのは、やむにやまれず死期を早める選択をした人です」。ベルンハルト・スッター代表の言葉である。

その団体exit(エグジット)はチューリヒの住宅街の一角、3階建ての小さなビルに入っていた。外壁一面がオフホワイトに塗られ、デザイナーズ・マンションのようだ。看板や表札はない。改めて辞書を引き、exitが「(遠回しに)この世を去ること」を意味するのを知った。

どんな団体か。数字で確認しよう。スタッフ70人に対し会員数は12万人。会員資格を持つのは18歳以上のスイス居住者。年会費は45スイスフラン(約6000円)だ。自らの死への考えをあらかじめ書面に残すリビングウイルを表明する人は年2万人。会員はサービスを無料で受けられる互助組織だ。

会員のなかで昨年1年間に死を望んだ人は約3000人いた。カウンセリングの結果、考えを改めたのが2000人。残る1000人にはさらに丁寧にカウンセリングをする。400人は考えを改め、600人が死を選択した。「何はともあれ、まず死以外の選択を勧めます」(スッター氏)

これまでに考えを改めた人は次の選択をした。

▽親を亡くしたばかりの男性ウェブデザイナー(41)→リビングウイル表明

▽初期認知症の女性(62)→カウンセリング継続

▽意識不明に陥った夫(75)に関する妻(55)の希望→法的な支援を提供

過去に度重なるカウンセリングの末、死期を早める選択をしたひとりがティーズ・ジェニィ氏だ。起業家であり、スイス議会議員でもあったジェニィ氏は、61歳で末期の進行性胃がんが見つかった。exitのサポートを受けて自ら命を絶ったのが62歳のとき。「人間らしく逝く。それに精力を傾注します」とスッター氏。

使う薬はNaP。服薬後3分で催眠状態に陥り、20分の間に静かに息を引き取る。この薬を使えるのは、自分で飲む、あるいは自分で注射する意志と力がある人に限る。第三者が手を出すのはご法度。家族の力を借りるのも認めない。認知症患者の多くは自分の意志で服用できないのでサポートの対象から外れる。


◎自殺幇助と無縁?

大林編集委員はNGOについて「自殺幇助という、おどろおどろしい法律用語とは無縁の活動がみえてきた」と書いている。しかし、読み進めると、自殺を望む人がNaPという薬を使って命を絶てるよう手助けをしていることが分かる。これでなぜ「自殺幇助とは無縁の活動」と感じたのだろうか。最後の段落では「同じことを日本ですると自殺幇助罪などに問われる可能性がある」とも記述している。ならばNGOの活動は自殺幇助と結び付く要素が十分にあるのではないか。


◎年会費取られても無料?

年会費6000円を取られるのに「サービスは無料」と言われても困る。例えば、年会費10万円を払えば後は追加料金なしで使い放題というスポーツクラブがあったら大林編集委員は「年会費10万円の無料スポーツクラブ」と考えるのだろうか。「会員はサービスを無料で受けられる」と言うより「会員はサービスを追加費用なしで受けられる」とした方が適切だろう。


◎意識不明の人の自殺を助けられる?

「当初は死を望み、その後に考えを改めた人」の事例を記事では紹介している。その中に「意識不明に陥った夫(75)に関する妻(55)の希望」という例がある。この場合、はっきりしない面もあるが、死期を早めるかどうかの対象となっているのは「意識不明の夫」なのだろう。しかし、記事によると「認知症患者の多くは自分の意志で服用できないのでサポートの対象から外れる」そうだ。ならば、NGOが意識不明の夫の自殺を助けられるはずはない。

しかも、意識不明の夫が「考えを改める」とも思えない。考えを改めたのは「妻」かもしれないが、妻がどう考えようとこのNGOに頼っても夫の死期を早めることはできない。本当に夫の安楽死を望むのであれば、相談相手を間違えている気がする。

他にも記事には問題がある。


【日経の記事】

(NGOの支援を受ける形で)こうして亡くなった人の死因をスイス政府は自殺に含めない。末期がん患者ならその病名が死因になる。

1982年のexit設立前、年間1600人程度だったスイスの自殺者は現在1100人に減った。徹底したカウンセリングの成果である。そのスイスも、医師会や教会関係者がexitを認めるようになるまでには歳月を要した。

今もし同じことを日本ですると、当然、刑法に抵触し、自殺幇助罪などに問われる可能性がある。一方で多死社会は確実にやってくる。議論をためらっている余裕はないのではないか。


◎自殺者減は「徹底したカウンセリングの効果」?

自殺者が年間1600人から1100人に減ったことを「徹底したカウンセリングの成果である」と大林編集委員は賞賛している。しかし、NGOは昨年に600人の自殺を助け、これは統計上、自殺に含めないらしい。ならば、実質的な自殺者はむしろ増えている。「統計上の自殺者が減ったんだから、素晴らしいじゃないか」と大林編集委員は言いたいのだろうか。


◎多死社会はまだ来てない?

多死社会は確実にやってくる」と書いているのだから、大林編集委員は「まだ多死社会になっていない」と考えているのだろう。

記事によると2014年の死亡者数は127万3020人で戦後最多。「国立社会保障・人口問題研究所によると、年間の死亡数が150万人に達するのは9年後」とも書いているので、「多死社会になるのは9年後」と大林編集委員は思っているのかもしれない。しかし「戦後最多の127万人の死亡者数は多死ではなくて、150万人になれば多死」と見なすことに何か意味があるのだろうか。


※記事への評価はD。大林尚編集委員への評価はEとする。記者への評価をDではなくEとする理由は(3)で説明する。

0 件のコメント:

コメントを投稿