2016年12月12日月曜日

産経 松浦肇編集委員だから書ける「World Scope」を評価

優れたコラムに必須の要素とは何か。色々な考え方があるだろうが、自分が重視しているのは「結論に説得力があるか」「その筆者だからこそ書ける内容になっているか」の2点だ。何が言いたいのか分からないような記事ではダメだし、どこかで誰かが言っていたような中身であれば、わざわざ読む価値はない。
北九州市から見た関門橋と関門海峡 ※写真と本文は無関係です

その基準で見ると、週刊ダイヤモンド12月17日号に松浦肇 産経新聞ニューヨーク駐在編集委員が書いた「World Scope ワールドスコープ(from 米国)~大の『マスコミ嫌い』 トランプ大統領誕生で 揺らぐ米メディアの既得権」という記事は評価できる。まずは記事の全文を見てほしい。

【ダイヤモンドの記事】

米大統領選挙投票日の前日、11月7日。共和党から米大統領選に出馬したドナルド・トランプ氏の選挙集会を取材すべく、米北東部ペンシルベニア州のスクラントン市を訪れた。

選挙集会では、後方にマスコミが陣取るのが慣例だ。リアルタイムで報道する記者のために、机と電源も用意されている。この日は100席以上が設置されていた。

当初、席はガラガラだった。そこで、筆者が座ろうとすると、広報担当から立ち退きを要求された。「同行記者の席です」。

今度は携帯電話の電池が切れそうになった。床から数十本は突き出ていた電源を利用しようとしたところ、またしても広報が「使わないでください」。要は、筆者が海外メディア所属だからだ。

その後、トランプ氏が到着すると、同行記者団がわっと席を占有し、「取材の邪魔になるから」と筆者は隅っこに追いやられた。集会後の選挙対策チームのコメント取りにも、呼ばれない。

「報道の自由度ランキング」で日本は毎年下位に甘んじている。夏前に国連人権理事会から報告者が訪日した際は、日本メディアと政府の「癒着」を指摘する声が聞かれた。

ある程度はその通りなのかもしれないが、模範として引用される米国だって、メディアが政府、官庁、大企業との接点を独占している。今回の大統領選投票日には、ヒラリー・クリントン氏の集会を中心に、多くのフリーや外国プレスは登録すらできなかった。

例えば、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融政策を決める米連邦公開市場委員会(FOMC)後に開く記者会見。「開かれた行政」の象徴とされるが、実態は違う。質問者をあらかじめ決めている。

この会見では、大概20前後の質疑応答があるのだが、米メディアが質問権をほぼ独占する。海外勢が質問できるのは数カ月に1回あるかないか。米国債の大半が、日本など海外の投資家に握られているのにだ。

米国に記者が自ら組成する「クラブ」はほとんどないが、当局に登録していない「外の記者」にとって取材の制約は日常的。警察や裁判所といった司法の分野では特に記者証をもらうのが至難の業だ。暴動取材といった危険が伴う場合、記者証がないと警官から間違って殴られる可能性がある。

一方で、トランプ氏の大統領就任で、米国の大手メディアが独占していた「パイプ役」の地位が揺らぎ始めたのも事実。選挙期間中、ジャーナリストの寄付先の大半がクリントン氏だったこともあり、トランプ氏は大のマスコミ嫌い。選挙活動中は「不誠実な人々だ」とマスコミ批判に徹した。

大統領選後は一度も記者会見を開かず、トランプ氏はツイッターでつぶやくだけ。安倍晋三首相が11月にトランプ氏と会談した際には、予定を米メディアには一切告げなかった。12月半ばに初の記者会見を約束しているが、反故にする可能性もある。

ホワイトハウスの記者団はトランプ新政権から情報が取れず、トランプ氏が住むニューヨークのトランプタワー前には記者団が常駐している。皮肉にも、日本メディア批判の材料に使っていた「夜討ち・朝駆け」を自ら実践しているのである。

----------------------------------------

「米国では日本のメディアがよく批判の対象になるけど、米国だって褒められたもんじゃないだろ」との筆者の思いが出発点となって、今回の記事が生まれたのだろう。その思いの背景にある事実を提示した上で「皮肉にも、日本メディア批判の材料に使っていた『夜討ち・朝駆け』を自ら実践しているのである」と締めているので、説得力が生まれている。

今回の内容は、米国で取材する米国外メディアの記者であり、米国在住が長い筆者だからこそ書けたとも言える。「トランプ氏の選挙集会」「米連邦公開市場委員会(FOMC)後に開く記者会見」などでの多くの疎外体験は、具体的であるが故に記事に重みを与えている。

と、ここまではプラスの面を見てきた。ただ、引っかかる点もいくつかあった。それらにも触れておきたい。


◎「米メディアの既得権」 結局は元の鞘に?

毎日新聞は11月22日付で「ドナルド・トランプ米次期大統領は21日、自身の住居があるニューヨークの『トランプタワー』に米主要テレビ局やニュース専門局の幹部や司会者ら計約25人を招き、非公式のオフレコ会談を開いた。米メディアによると、トランプ氏は、大統領選を通じて生まれたメディアとの対立関係の『リセット(修復)』を提案した」と伝えている。

松浦編集委員の記事を読むと、トランプ氏と大手メディアの関係は冷え切っているように見える。ただ、毎日の記事を信じるならば、結局は元の鞘に収まりそうな感じもする。「12月半ばに初の記者会見を約束している」と松浦編集委員も書いている。もちろん「反故にする可能性もある」とは思うが、結局は「リセット(修復)」となるような…。


◎警察は「司法」?

警察や裁判所といった司法の分野」というくだりは引っかかった。「警察は行政では?」と思ったからだ。もちろん司法との関係は深いが、少なくとも「司法府」には入らないし、例えば「司法の場で真実を明らかにする」と言う場合、「警察に判断を任せる」とのニュアンスはない。

「米国では司法省の管轄が…」など色々と言えることはあるだろう。だが、記事の中で重要な要素ではないので、「司法」を省いて「特に警察や裁判所では記者証をもらうのが至難の業だ」とするのが適切だと思える。


◎「メディア」と「マスコミ」

メディア」と「マスコミ」は同義ではない。ただ、多くの場合ほぼ同じような意味で使われている。1つの記事の中では、どちらかに絞った方がいい。今回は「メディア」に統一するのが好ましそうだ。具体的には以下のようになる。統一しても問題は生じないはずだ。

後方にマスコミが陣取るのが慣例だ。後方にメディアが陣取るのが慣例だ

トランプ氏は大のマスコミ嫌い。トランプ氏は大のメディア嫌い。

「不誠実な人々だ」とマスコミ批判に徹した。「不誠実な人々だ」とメディア批判に徹した。

注)「メディア」は必要に応じて「大手メディア」にしてもいい。


※記事の評価はB(優れている)。松浦肇編集委員への評価はD(問題あり)からC(平均的)に引き上げる。松浦編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_80.html

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_8.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_30.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_96.html

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/40.html

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_25.html

0 件のコメント:

コメントを投稿