2016年12月24日土曜日

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」

日本経済新聞朝刊1面の連載「砂上の安心網~2030年不都合な未来」が24日にようやく最終回を迎えた。最初から最後まで一貫して苦しい内容だった。今回も取材班に送ったメールを紹介したい。取材班の中の1人でもいいから「このままではダメだ」と気付いてほしい。
大分県立大分上野丘高校(大分市) ※写真と本文は無関係です

◇取材班に送ったメールの内容◇

砂上の安心網」取材班のみなさんへ

砂上の安心網~2030年不都合な未来(5)生活保護、安住の温床 『働く』前提の仕組み欠く」という記事に関して意見を述べさせていただきます。

最終回では「2030年不都合な未来」をしっかり描いてくれるかと期待していましたが、そうはなりませんでした。最終回で「2030年」に触れたのは以下の部分だけです。

取材班の推計では団塊の世代が80代になる30年には65歳以上の高齢者1人を1.65人で支えることになる。現役世代の負担は増すばかりだ。支えられる側から支える側へ、1人でも多くの人が回らないと社会保障は立ちゆかなくなる

最終回のテーマは「生活保護」です。「2030年不都合な未来」というタイトルに忠実であれば、2030年に生活保護を巡ってどんな「不都合な未来」が待っているのかは不可欠な要素です。なのに、そこへ斬り込もうともしていません。記事からは取材班の「覚悟のなさ」が伝わってきます。

30年には65歳以上の高齢者1人を1.65人で支える」という話も、第1回で使ったデータの使い回しです。しかも現状との比較さえしていません。第1回に載せたグラフによると、「65歳以上人口1人当たりの就業者数」は16年でも「1.86人」となっており、30年の「1.65人」と決定的な差はありません。

生活保護を巡る「2030年」は描こうともしない。「高齢者1人を1.65人で支えることになる」とは言ってみるものの、現状との差が小さいためか比較はしない。これで「2030年」には「不都合な未来」が訪れると読者に納得してもらえるでしょうか。せっかく紙幅を割いて連載してきたのに、「覚悟のなさ」ばかりが伝わってくる中身でいいのでしょうか。

最終回に関しては他にも気になる点がありました。列挙しておきます。

【日経の記事】

最近、全国の自治体窓口で「はやり」があると聞いた。別々の場所にあった生活保護の受付と職業あっせんの窓口を近接させ、生活保護受給者をまずはハローワークに連れて行く。厚生労働省が旗を振った。

◎疑問その1~生活保護受給者が受付に出向く?

生活保護の受付」と聞くと「生活保護を受けたいと考える人が訪れる窓口」だと思ってしまいます。しかし、その直後に「生活保護受給者をまずはハローワークに連れて行く」との説明が出てきます。ここから判断すると、「受付」に来るのは「生活保護受給者(既に受給している人)」となります。ここは、どう解釈すべきか分かりませんでした。


【日経の記事】

北海道釧路市では2015年10月から福祉事務所内にハローワークの出張所を設置。ケースワーカーや就労支援員が仕事を探す人と一緒に労働条件を考えられるようになった。15年度に生活保護から抜け出した人は717人。ここ10年で最も多かったという。

◎疑問その2~なぜ比較を見せない?

福祉事務所内にハローワークの出張所を設置」した効果を見せるのであれば、設置直前と設置後を比べるべきでしょう。設置は2015年10月なので、15年度下期の実績を前年同期や15年度上期と比べるのが良さそうです。15年度と14年度の比較でもいいでしょう。

しかし、なぜか「15年度に生活保護から抜け出した人は717人。ここ10年で最も多かったという」と書いているだけです。ここから「確かに効果があったんだったな」とは実感できません。例えば、14年度の実績が「710人」だった場合、「効果があった」と言い切れますか。14年度との比較をあえて避けているのは、増加がわずかだからではありませんか。

【日経の記事】

15年度の生活保護世帯は160万強。世帯主が65歳未満なのは約74万だった。このうち約54万世帯は働いて収入を得ている人が誰もいない。様々な事情で働きたくても働けない人がいる。弱者を支えるのが安心網の重要な役割だ。しかし見方によっては約54万人の「潜在就業者」がいると捉えることもできそうだ。

◎疑問その3~54万人の「潜在就業者」がいる?

今回の記事では「世帯主が65歳未満」で「働いて収入を得ている人が誰もいない」生活保護世帯について「約54万人の『潜在就業者』がいると捉えることもできそうだ」と書いています。これは奇妙です。記事でも「様々な事情で働きたくても働けない人がいる」とも述べています。

働く能力があるのに働いていないのであれば、そうした人を「潜在就業者」と捉えるのも頷けます。しかし「約54万世帯」の全てがそうではないはずです。どの程度の「潜在就業者」がいるかを判断する上では、将来も就業が困難と思われる人の数を推定すべきです。しかし、記事では「世帯主が65歳未満」であれば働けるはずとの前提に立ってしまっています。

例えば、重度の若年性アルツハイマー病患者で就労が困難となり生活保護を受けているような人まで「潜在就業者」と見なすのは適切なのでしょうか。

【日経の記事】

「スウェーデンは生活保護は極力やらない。働かない人はサポートを受けないという基本理念がある」。日本総合研究所の湯元健治副理事長(59)の解説だ。福祉国家、スウェーデン。実は経済の活力を損なわないように社会保障給付の一部を厳しく制限する。働くことを前提とする姿勢は「ワーク・ファースト・プリンシプル」(勤労第一主義)と呼ばれるそうだ。

失業期間が長くなるほど失業保険はどんどん減る。働かない人は老後の備えも細ってしまう。その代わり、働く意思がある人は国が徹底的に背中を押す。

◎疑問その4~日本とそんなに違う?

日本とスウェーデンではそんなに差があるのでしょうか。スウェーデンに関して「失業期間が長くなるほど失業保険はどんどん減る」と書いていますが、日本では失業保険の給付は1年以内で終わってしまいます。支給期間で見れば、日本の方が厳しいのではありませんか。

生活保護に関しても、記事の説明だけでは何とも言えません。「スウェーデンは生活保護は極力やらない」とのコメントは出てきますが、具体的なデータがありません。日本でも、簡単な書類さえ出せばすぐに生活保護の対象となるわけではありません。データの裏付けなしに「日本はスウェーデンとは差がある」と訴えるような書き方は感心しません。

【日経の記事】

北欧流と重なる試みがあると聞いて北海道当別町を訪ねた。北海道医療大学構内のカフェ。泡立てたミルクで絵を描くラテアートで人気の東京・渋谷のカフェが社会福祉法人とともに出店した。「好きな絵でお客さんが喜ぶのがうれしい」。ラテアート担当の田村準起さん(30)は知的障害を持つが、小さな頃から絵が得意。掃除をするのも会議室にコーヒーを運ぶのも障害を持つ従業員だ。

◎疑問その5~どこが「北欧流と重なる」?

上記のくだりは意味不明です。「北海道医療大学構内のカフェ」の話はどこが「北欧流と重なる」のですか。記事で言う「北欧流」とは「働かない人はサポートを受けない」「働く意思がある人は国が徹底的に背中を押す」といったことでしょう。しかし、カフェの話では「知的障害を持つ」「田村準起さん(30)」が働いている様子を描いているだけです。

例えば、田村さんが「自分は知的障害があるから働きたくない」と訴えていたのに、「うちの町では生活保護なんか認めない。働かざる者食うべからずだよ。カフェを紹介してやるから、そこでカネを稼ぎな」と当別町の職員が諭して今に至っているのならば分かります。しかし、記事にそういった話は出てきません。記事のような説明で「北欧流と重なる」と言われても困ります。

以上です。連載はいずれ再開するのでしょう。その時は完成度の高い記事に仕上げてください。今回送った一連のメールがその一助となれば幸いです。

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※連載全体の評価はD(問題あり)。今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

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