2016年12月20日火曜日

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」

なぜ「2030年」なのか--。日本経済新聞朝刊1面で「砂上の安心網~2030年 不都合な未来」という連載が始まったが、「2030年」を前面に出す理由を文面から拾い出すのはかなり難しい。19日の第1回の「チェックなき膨張 社会保障債務 2000兆円に」「公助・共助・自助 現場に『解』を探す」という2本の記事の中で「2030年」に関連する部分を見ていこう。
草千里ヶ浜(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

・団塊の世代が80代を迎える2030年はどのような社会になるのか。

・社会保障給付費は30年に今より約50兆円増えて170兆円程度に達する可能性がある。影響が大きいのが医療費。とりわけ75歳以上の後期高齢者医療費は約1.5倍の21兆円に達する公算が大きいことが全国調査をもとにした分析で分かった。

・1人につき年100万円以上の医療費を使っている市区町村は14年度分で347に及ぶ。30年の人口推計などから試算すると、全体の後期高齢者医療費は現在の約14兆円から大きく膨れ上がる。

・学習院大学の鈴木亘教授の試算では、年金や医療、介護にかかわる債務は30年時点で今より350兆円増えて2000兆円規模に達する。

2020年の東京五輪・パラリンピックの10年後、日本はどのような社会になっているのだろうか。確実なのは社会保障制度で支えられる人が今よりずっと多くなることだ。

・「財政破綻の危機が現実になる恐れがある」。日本経済研究センターは30年の未来像に警鐘を鳴らす。国と地方の債務残高は名目国内総生産(GDP)の250%に達し、経済の実力を示す潜在成長率は人口減少を映してマイナスに陥る可能性があるという。医療や介護、年金にかかるお金が膨張し、財政を圧迫する。この構図が終局を迎えかねない。

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なぜ「2020年」でも「2040年」でも「2050年」でもなく、「2030年」なのか分かるだろうか。強いて答えを探せば「団塊の世代が80代を迎える」からだろうか。だが、その後では「とりわけ75歳以上の後期高齢者医療費は約1.5倍の21兆円に達する公算が大きい」とも書いている。だったら「団塊の世代が後期高齢者になる2025年」に焦点を当ててもいいのではないか。

記事にはイラスト付きのグラフも載っていて、そこでは「2030年、支え合いは限界に」と断言している。だが、説得力は乏しい。「65歳以上人口1人当たりの就業者数」はグラフによると16年が「1.86人」で30年が「1.65人」だ。そこに決定的な差は感じられない。

現役が支援する75歳以上医療費」についても、16年が「約6兆円」で30年が「約9兆円」だ。負担は増すだろうが、驚くほどの急増ではない。こうした2種類のデータだけ見せられて「2030年、支え合いは限界に」と言い切られても困る。なぜ6兆円には耐えられて9兆円は無理なのかは、記事のどこかで説明してほしい。

「今と2030年でそんなに大きな差があるかな?」と思える部分は他にもある。記事では現状と比較せずに「国と地方の債務残高は名目国内総生産(GDP)の250%に達し、経済の実力を示す潜在成長率は人口減少を映してマイナスに陥る可能性がある」と書いている。

現状でも債務残高はGDPの230%程度に達しているのに、それが250%になるから「財政破綻の危機が現実になる恐れがある」と言われて「なるほど」と思えるだろうか。「250%は破綻の危機だが、230%なら何とか大丈夫」と言える根拠があるなら記事中で示すべきだ。

潜在成長率も同じだ。今は5%以上ある潜在成長率が30年にはマイナスになるという話なら「大変だ」と騒ぐのも分かる。だが、現状でゼロに近いとされる潜在成長率が「マイナスに陥る可能性がある」のは、そんなに大きな変化なのか。深刻さを訴えたいならば「潜在成長率は30年には2ケタのマイナスになる可能性が高い」ぐらいの大胆な予測が欲しい。

そもそも、現状との比較を記事中でしていないのは問題だ。比較するとインパクトが弱くなるからという理由ならば読者を欺いているし、「うっかり」ならば作り手の技量不足だ。

最後に「上手くない」と思えたくだりを1つ取り上げたい。「医療や介護、年金にかかるお金が膨張し、財政を圧迫する。この構図が終局を迎えかねない」と書くと、財政圧迫が解消するようにも解釈できる。文脈から判断すると、そう言いたいのではないはずだ。改善例を示しておく。

【改善例】

国と地方の債務残高は名目国内総生産(GDP)の250%に達し、経済の実力を示す潜在成長率は人口減少を映してマイナスに陥る可能性があるという。医療や介護、年金にかかるお金が膨張し、財政を圧迫する。この構図の終局は破滅的なものになりかねない。


※記事の評価はC(平均的)。取材班には、連載終了までに「なぜ2030年なのか」の明確な答えを読者に示してほしい。少なくとも第1回ではできていない。


※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

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