2016年4月8日金曜日

鈴木敏文セブン&アイ会長退任を機に考えた日経の病

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長が退任を表明した。経済メディアの報道を観察する立場から考えると残念だ。セブン―イレブン・ジャパンの社長人事を巡る騒動では鈴木氏の「老害」が目立っていただけに、これまで同氏寄りの記事を書いていた日本経済新聞や週刊ダイヤモンドがきちんと問題点を指摘できるかどうか、ある種の試金石になると見ていたからだ。

千鳥ヶ淵の桜(東京都千代田区) 
           ※写真と本文は無関係です
特に日経の場合、これまで鈴木氏を批判できなかったのは、端的に言えば「セブン&アイの発表するネタを発表前に記事にする上で、最高実力者を怒らせて不利な状況に陥るが怖いから」だ。しかし、退任が決まった鈴木氏の利用価値は大幅に低下した。ゆえに今後はかなり自由に「鈴木氏問題」を論じられる。鈴木氏の退任を報じる8日の朝刊からも、それは見て取れた。

ただ、「強い権力を持った有力企業の経営者に厳しいことをほとんど言えない」という日経の病は残ったままだ。今回の退任表明を受けて田中陽編集委員が朝刊総合2面に「企業統治 強権に警鐘」という解説記事を書いている。そこに以下のくだりがある。

【日経の記事】

だが、いつしか強すぎるが故の弊害が社内に蓄積していたに違いない。重大な経営判断を30年下した鈴木氏に対し役員はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に萎縮した

有力な後継ぎが定まらない中で浮上したのが世襲問題だ。次男でネット通販事業の責任者の鈴木康弘氏は実績が乏しいにもかかわらず、異例の速さで出世街道を駆け上った。会長は会見で親族の優遇を明確に否定したが、康弘氏の処遇に対し社内外から異論が噴き出しつつあったのは確かだ

昔のセブンなら通ったかもしれない。だがガバナンスが問われる今では人事に対しても透明性と説明責任が求められる。人事を巡る混乱が広く世に伝わり、役員の多くも反対に回る。その様子を見て、鈴木氏も身を引く覚悟をしたのだろう。

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日経電子版の「鈴木氏守ったセブン&アイの否決」という7日付の記事によると、田中編集委員は2015年の初秋に鈴木氏を取材している。その時に「世襲問題」について聞いたのだろうか。「康弘氏の処遇に対し社内外から異論が噴き出しつつあったのは確か」だと言うが、田中氏を含め日経はそのことを今回の騒動が表面化する前に読者に伝えようとしたのか。調べた範囲では、そういう記事は見つからなかった。

電子版の記事には興味深いやり取りが出てくる。「(セブン―イレブン・ジャパン社長の)井阪さんは頑張ってますよね。鈴木さんが求める高いハードルをクリアし続けているから」と質問した田中編集委員に対し、鈴木氏は「(井阪氏は)全く新しいことを何かしたか」と問い返したそうだ。

田中編集委員は「答えに詰まり、『(日本最大の小売業の)セブンイレブンを売上高と利益を同時に拡大し続けている』となんとか反論したものの、議論はそのまま打ち切られた」らしい。鈴木氏と田中編集委員の力関係がよく表れているではないか。これでは世襲問題に斬り込めそうもない。

重大な経営判断を30年下した鈴木氏に対し役員はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に萎縮した」と田中編集委員は書いている。しかし、「委縮」していたのは日経も同じだろう。「セブン&アイや鈴木氏を自由に批判できる雰囲気が日経社内にあったかどうか」は日経で長年にわたって流通業界を取材してきた田中編集委員にとって自明のはずだ。

なのに「役員はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に萎縮した」などと書くのは感心しない。さらに言えば、今回の社長交代案に対しては、社外取締役以外の役員からも反対や棄権が出ている。井阪氏も含め、鈴木氏が最高権力者として君臨する中でも、思考停止に陥らずセブン&アイを変えようとする勢力がいたのは確かだ。翻って日経はどうか。「思考停止」や「委縮」を責められるべきは日経の方ではないのか。そのことを田中編集委員だけではく、日経全体で考えてほしい。


※「企業統治 強権に警鐘」という記事の評価はC(平均的)。田中陽編集委員への評価はD(問題あり)を据え置く。田中編集委員に関しては、「日経 田中陽編集委員『お寒いガバナンス露呈』の寒い内容」「『行方はいかに』で締める日経 田中陽編集委員の安易さ」「日経 田中陽編集委員の日本マクドナルド決算に関する誤解」「『中間層の消費』には触れずじまい? 日経 田中陽編集委員」も参照してほしい。

1 件のコメント:

  1. いつも客観的な深い考察、ありがとうございます。
    たしかに8日の記事は腫れものには触らない姿勢があったと思います。
    世襲の真相を抜きにしても
    この騒動の内軸が
    ① 鈴木-----井坂ラインなのか
    ② 鈴木---伊藤家ラインなのか
    また伏線として
    ③ サード・ポイント---伊藤家ライン
    なのかバラバラでよくわかりませんでした。
     
    また、 強権 が反映された騒動で、そこを読者に投げかけたいのであれば
    誰と誰の権力がどう蠢いたのか書いてほしかったところです。
    そうでないと
    鈴木会長の「いいにくい。勘弁いただきたい」をそのままのむしかないですね。
    さらにつっこめば一面の「8日未明、記者団に・・・・」というところ。
    井坂社長単独会見があったということですかね。
    きいたのは続投の意思だけのわけないですよね。
    日経に投げても多分耳を傾けてもらえないと思いここにコメントいたしました。

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