筑後川橋(片の瀬橋)と菜の花(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です |
具体的に中身を見ていこう。まず、英国の新聞に関する記述から。これが無駄に長い。
【日経の記事】
フリート街は英国の新聞界を指す代名詞だ。ロンドンの金融街シティの西隣を東西に貫く500メートルほどの通りに、かつては新聞社や出版社がひしめいていた。本紙欧州総局もこの近くにあるが、英有力紙のほとんどは移転してしまった。
名残をとどめるのが通りから一歩入った聖ブライド教会だ。出版界の草分けウィンキン・ド・ウォードがその一角に印刷所を設けたのが西暦1500年。プレス(印刷機)が報道機関の俗称になった由来とされる。
ジャーナリストの聖地である。正面の祭壇と垂直に並んだベンチの背もたれには、各国の新聞社やテレビ局のスター記者らの名を刻んだプレートがはめ込まれている。殉職記者の遺影が飾られた脇の祭壇には、4年前にシリアで殺された山本美香さんの姿があった。
ウォードの死後、印刷機は没収され、出版は国王の専権になったが、やがて新聞に似た印刷物が出回るようになる。印刷業者の投獄が相次いだため、欧州大陸から持ちこまれた。英メディア事情に詳しいジャーナリストの小林恭子(ぎんこ)氏によると、17世紀初めにはアムステルダムで刷った英語媒体「コラント」が海を渡ってきた。日付と発行番号が記され、定期刊行する新聞の体裁を整えていた。
以来4世紀。英国の民主政治は曲折を経ながら新聞とともに熟成してきた。日本の消費税にあたる付加価値税の税率は20%だが新聞はゼロ。それは19世紀、産業革命後に都市部に出てきた工場労働者の選挙権獲得運動に端を発する。民主政治を守るために「知識への課税」はまかりならぬという哲学が底流にあった。
ゼロ税率の品目を減らすのに執心するオズボーン財務相も、新聞には手をつけない。苦難の歴史に裏打ちされた新聞が世論形成に果たす役割は、日本より大きいようにみえる。無料紙を含め、ロンドンの地下鉄で少なからぬ人がタブロイド判を広げているのは、いまだに携帯電波が通じないからだけではなかろう。
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本題である「英国のEU離脱問題」に入るまでに、記事の約3分の1を使ってしまっている。「有権者揺さぶる新聞論調」を見出しにしているのだから、「英国の新聞事情に触れるな」とは言わない。しかし、さすがに長すぎる。これが後に生きてくるならまだいいが、最初の3分の1を読まずに本題に入っても何の問題もない。やはり紙面の無駄遣いだ。
ならば本題についてはしっかり論じているかと言えば、そうでもない。残りの3分の2は以下のようになっている。
【日経の記事】
6月23日木曜日、英国の近未来を決する国民投票がある。欧州連合(EU)にとどまるか抜けるか、二者択一を有権者に問う。
EU改革についてキャメロン首相がほかの加盟国の政治指導者と合意したのが2月半ば。これを機に、英新聞界の報道合戦が熱を帯びた。独断を交えて色分けすれば、知識層が好むフィナンシャル・タイムズ(FT)やリベラルな論調のガーディアンが残留支持、大衆紙デイリー・エクスプレスは離脱支持だ。サンもEU嫌いで知られている。
経済界や官界の支配層、いわゆるエスタブリッシュメントは、ほぼそろって残留を呼びかけている。「人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう」と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である。
FT電子版が12日に集計した世論調査の結果は、残留43%・離脱42%。非常識が常識に拮抗している。どんな人がEUを抜けたいと思っているのか。
ひとつのヒントは英国から遠く東へ離れたバルト3国にある。第2次大戦後、ソ連に組み込まれたエストニア、ラトビア、リトアニアがEU加盟を果たしたのが2004年。国境審査を省く欧州のシェンゲン圏に加わり、ソ連からの独立後に勝ち取った自国通貨を捨ててユーロ圏にも入った。
ドイツ、フランスを核とするEU中枢との一体感を演出させたのは、ひとえに隣国ロシアの軍事的脅威だ。1年前、エストニアの首都タリンで聞いた「ウクライナ危機は人ごとではない」という政府高官の言葉を思い出す。単一市場への参加もさることながら、3国はEUを西欧に溶け込むための政治共同体とみなしている。
政治統合の色を濃くしたEUに反感を抱く人が増えたのが英国だ。800もの言葉が行き交い多文化主義が根づくロンドンより、伝統を重んずる白人が古くから暮らす地方都市にそれは顕著だ。階級社会の英国にあって、必ずしも豊かな層とは限らない。EUをおとしめる読み物を連発する大衆紙の熱心な読者である。
欧州委員会(行政府)と欧州議会(立法府)の権能強化への反発は、英政権を担う保守党内にもある。オックスフォード大からの首相の盟友ジョンソン下院議員兼ロンドン市長は反旗を翻し、離脱賛成の論陣を張る。政治機関化するEUの雇用規制や農業補助金は英国から活力を奪う恐れがある。エスタブリッシュメントも残留一色ではない。
今月、英政府は国内すべての家庭のポストにカラー刷りの小冊子を投函(とうかん)した。表題は「政府はなぜEU残留がベストの決断だと信じるのか」。英国がとどまれば域内貿易が雇用を増やし、経済を強くし、暮らしの質を高める。離れれば通貨ポンドが急落し、国内物価が上がり、生活水準を損なう。高校生にもわかる平易な解説だ。
ただし大衆紙のEU悪玉論はもっと直截(ちょくせつ)。先月は「女王、ブレグジット支持」の大見出しを掲げたサンが物議を醸した。ブレグジットは英国の離脱を意味する造語だ。
投票日まで2カ月。直接民主制が下す歴史判断に、英新聞界は執拗に働き続けようとしている。
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まずは、上記の記述に関する間違い指摘を日経に送ったので、その内容を紹介したい。
【日経への問い合わせ】
欧州総局長 大林尚様
「核心~英『EU離脱派』の胸の内 有権者揺さぶる新聞論調」という記事についてお尋ねします。英国のEU離脱に関して「経済界や官界の支配層、いわゆるエスタブリッシュメントは、ほぼそろって残留を呼びかけている。『人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう』と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である」と大林様は説明しています。しかし「人」が自由に行き来できるのは、EUの中でもシェンゲン協定加盟国に限った話であり、英国は非加盟です。英国は元々「人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場」には加わっていないのではありませんか。
記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。大林様の記事に関しては、昨年12月16日の朝刊に載った「カルテル捨てたOPEC ~原油安、改革競争迫る」でも間違いを指摘しました。記事の「ペルシャ湾のとば口、フジャイラは人口18万」という記述に関して、「フジャイラの位置を『ペルシャ湾のとば口』とするのは誤りではないか」とお尋ねしましたが、現在までに回答を頂いておりません。この件に関しても、対応をお願いします。
日経では、読者からの間違い指摘を無視するのが当たり前になっています。欧州総局長として責任ある行動を取ってください。
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回答が届く可能性は極めて低いと思われる。この件以外の問題点を列挙してみる。
まず整合性の問題がある。「『人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう』と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である」と書いているのに、4段落を間に挟んだ後に「エスタブリッシュメントも残留一色ではない」と出てくる。矛盾しているわけではないが、もう少し書き方を工夫すべきだ。「さっきと話が違うじゃないか」と思わずにはいられなかった。
◎結局、「どんな人がEUを抜けたいと思っている」?
「どんな人がEUを抜けたいと思っているのか」と問いかけてはみたものの、ほとんど答えらしきものは見当たらない。強いて言えば「ロンドン以外に住んでいる人」だろうか。記事によると「必ずしも豊かな層とは限らない」し、「エスタブリッシュメントも残留一色ではない」らしい。「だったら結局、『どんな人』なの?」と聞きたくなる。バルト3国の話まで長々とした割には、「なるほど」と唸らせる内容になっていない。
◎新聞論調はどう有権者を揺さぶってる?
「有権者揺さぶる新聞論調」という見出しを付けて、英国の新聞事情を長々と述べたのに、肝心の「EU離脱に関して新聞の論調はどう有権者を揺さぶっているのか」が見えてこない。
この件に関しては「知識層が好むフィナンシャル・タイムズ(FT)やリベラルな論調のガーディアンが残留支持、大衆紙デイリー・エクスプレスは離脱支持だ。サンもEU嫌いで知られている」「先月は『女王、ブレグジット支持』の大見出しを掲げたサンが物議を醸した。ブレグジットは英国の離脱を意味する造語だ」と書いている程度だ。サンの件は「論調」ではないし、「残留支持」の新聞の論調の中身には全く触れていない。これでは「英国の有権者は新聞の論調に揺さぶられているんだな」とは感じられない。
さらに言えば、「女王、ブレグジット支持」の話は説明が足りない。これは、「王室が報道を否定した」「王室は政治的中立が原則」といった背景に触れないと、話が見えてこない。「サンの報道に関して日経の読者は事情をよく分かっている」との前提で大林氏は記事を書いているのだろうが、無理がある。
◎安易すぎる結論
記事の結びは「投票日まで2カ月。直接民主制が下す歴史判断に、英新聞界は執拗に働き続けようとしている」となっている。国家にとっての大きな選択なのだから、新聞が熱心にEU離脱問題を報じるのは当たり前だ。英国の新聞の歴史にまで触れて、かなりの紙幅を割いてきたのに、その結論が「英新聞界は執拗に働き続けようとしている」では辛い。「それはそうでしょうね」と言うしかない。
結局、「特に言いたいこともないが、順番が回ってきたので英国のEU離脱問題で何とか行数を埋めてみよう」ぐらいの気持ちで記事を書いたのだろう。「伝えたい内容が見つからない」という思いだけは、紙面からしっかり伝わってくる。
※記事の評価はD(問題あり)。大林尚欧州総局長への書き手としての評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏に関しては「日経 大林尚編集委員への疑問」「なぜ大林尚編集委員? 日経『試練のユーロ、もがく欧州』」「単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員『核心』への失望」「日経 大林尚編集委員へ助言 『カルテル捨てたOPEC』」も参照してほしい。
鹿毛様
返信削除毎回客観的な深い読み込み、読ませていただいております。
これ、面白かったです。
順番まわってきたからなんとか埋めよう←爆笑
冒頭、「世界の車窓から」風な街ガイド。で 印刷の起源にまで触れて英国における新聞の影響力を
強調しつつ最後は大衆紙の離脱派 対 政府の発行した無料小冊子 では合点がいきません。。。。
それに デイリーエクスプレスが離脱派の大衆紙ということですが 「サンもEU嫌い」 ←
サンも大衆紙??サンていわれても知らないし。市場シェアどれくらいなのかまったく知らないし。
そもそもこれは核心ネタとして妥当なのか。
日曜日の中外時評との区別がつきませんがそちらでよかったのではないかと。
もうすこし読者サイドで書こうとすれば
キャメロン首相のパナマ文書を絡めるとか
ジャーナリズムとマス(大衆)という意味で国内で物議をかもしている政府の報道介入関連にも触れるとか工夫があってもよかったと思います。