2021年10月28日木曜日

日経 秋田浩之氏「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」に見える矛盾

 迷走と言うべきか。28日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に秋田浩之氏が書いた「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」という記事は苦しい内容だった。中国のTPP加盟に関してどう主張を展開すればいいのか混乱しているのだろう。話の辻褄が合っていない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

久留米リサーチパーク

【日経の記事】

9月に環太平洋経済連携協定(TPP)に加盟申請した中国に、日本などのメンバー国はどう対応すべきか。筆者は10月12日付本欄で、中国との協議は慎重に進めるべきだと書いた。根拠は主に次の2点だ。

■TPPメンバーは新規加盟を認めるかどうか、拒否権をもつ。中国が先に入れば、米国や台湾は恒久的に排除されかねない

■透明、公正なルールを定めるTPP基準を満たすのは難しいため、中国は様々な例外措置を求めるだろう。許したら、TPPは中国基準に変質してしまう。

この主張に対し、賛成、反対ともに多くの声をいただいた。そこで、反対論への取材も踏まえ、この問題を再考してみたい。

拙稿に寄せられた反対論は大きく分けて2つある。ひとつは、米国のTPP復帰は考えづらいのに、それを想定した議論を掲げるのはおかしいというものだ。

確かに米国が近い将来、復帰する望みは小さい。ただ「金輪際、あり得ない」と断定するのは早いように思う

今回、主に取り上げたいのはもう一つの反対論である。それは次のような内容だ。

■TPPの加入条件は極めて詳細、厳格であり、中国が例外扱いを求めても許される余地はない。

■そうした前提から、積極的に中国との加盟協議に応じるべきだ。中国に改革を迫り、より公正で透明なルールを整えさせる好機を逃してはならない。

この意見には必ずしも反対ではない。筆者も中国を門前払いし、協議を拒むべきだと主張しているわけではない。メンバー国側が一切、例外扱いを認めないという原則を貫き、中国が応じるなら、同国の経済をより自由化していくことにつながるだろう


◎米国はどうする?

筆者も中国を門前払いし、協議を拒むべきだと主張しているわけではない。メンバー国側が一切、例外扱いを認めないという原則を貫き、中国が応じるなら、同国の経済をより自由化していくことにつながるだろう」と秋田氏は言う。つまり「例外扱い」なしならば中国のTPP加入を認めるのが秋田氏の立場だ。

しかし問題が残る。「中国が先に入れば、米国や台湾は恒久的に排除されかねない」との理由で秋田氏は中国のTPP加盟に否定的だったはずだ。「台湾」に関しては記事の最後の方で「台湾加入に反対しないよう、(中国から)約束を取り付けるべきだ」と書いているが、米国への言及はない。

米国が「恒久的に排除されかねない」問題はどうなったのか。米国の復帰が「金輪際、あり得ない」と断定できるような状況は「恒久的に」訪れないだろう。だとすれば、秋田氏の場合は「米中関係の大幅な好転がない限り中国のTPP加盟には反対」となるのが自然だ。

10月12日付本欄」に対する批判が強かったのだろうか。主張がブレている気がする。

さらに言えば「例外扱いを認めないという原則」を貫くべきだと言っておきながら、中国を「例外扱い」しようとしている点にも矛盾を感じる。そのくだりを見ておこう。


【日経の記事】

しかし、ひとつ気がかりな点もある。TPP協定の第29章2条で、「安全保障のための例外」規定を設けていることだ。

安保上の重大な利益に反する場合、ルール適用の例外を認めるというもので事実上、その範囲は各国の判断にゆだねられる。乱用しないよう、事前に適用範囲を示すよう中国に求める必要がある


◎中国だけは「例外」?

TPP協定の第29章2条」に関して、中国にだけ「事前に適用範囲を示すよう」求めるのか。だとしたら「例外扱いを認めないという原則」が崩れてしまう。台湾加盟に関しても同様の問題がある。


【日経の記事】

TPPには中国の直後に台湾も加入を申請した。TPPは経済枠組みであり、台湾も入る資格がある。ヘリテージ財団の「経済自由度」指数では、台湾は6位だ。中国との協議ではこの問題も取り上げ、台湾加入に反対しないよう、約束を取り付けるべきだ


◎ここも「例外扱い」?

台湾加入に反対しないよう、約束を取り付けるべきだ」と秋田氏は言う。これも中国だけに「約束」を迫るのならば「例外扱いを認めないという原則」が崩れてしまう。

他の加盟国は「台湾加入に反対」できるのに中国だけには許さないとなると露骨な中国排除であり「TPP」の閉鎖性が顕著になってしまう。

秋田氏の場合「どんなに可能性が低くても米国復帰を待とう。その障害となりそうな中国加盟には絶対反対」と訴えた方が座りがいい。

「とにかく米国が好き。中国は嫌い」という個人的な好みが秋田氏の主張の原点となっている気がする。そこを否定するつもりもない。その原点に忠実に主張を組み立ててはどうか。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211028&ng=DGKKZO77028670X21C21A0TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はEを維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html

「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html

日経 秋田浩之氏が書いた朝刊1面「世界、迫る無秩序の影」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/1_15.html

英仏は本当に休んでた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight~準大国の休息は終わった」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_29.html

「中国は孤立」と言い切る日経の秋田浩之氏はロシアやイランとの関係を見よ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post.html

「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_11.html

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