「大きな変化が起きている」と記事で伝えたくなるのは分かる。しかし、そんなに簡単に大きく世の中が変わる訳ではないので、どうしても無理が生じやすい。19日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に中村直文編集委員が書いた 「Deep Insight~たそがれの結果至上経済」という記事にも、それが当てはまる。
コスモスパーク北野 |
「付加価値がプロセスで発生する『新消費主義』は着実に社会に浸透していくだろう。実際に、そんな現象はたくさん生まれている」と中村編集委員は説く。その解説に説得力はあるだろうか。中身を見ていこう。
【日経の記事】
▼売ることより、コミュニティーとしての役割を前面に出すカナダのルルレモンがファストファッションをしのぐ成長力を示す
▼丸井や大丸松坂屋百貨店が「売らない」を掲げた店づくりを進める
▼購入型クラウドファンディング市場が500億円規模に成長
▼若い世代を中心に著名人が主宰するオンラインサロンが活況
戦略の方向性が一致していない企業や消費者の行動にみえるが、実は目的を達成するまでのプロセスを楽しむ経済行為という共通点がある。売らない店というのは、店舗が購入先ではなく、企業や商品の世界観や社会的な使命を伝える場になることを意味する。
例えば、スポーツ衣料品ブランドのルルレモンは、カナダで「ヨガの愛好家が集う場所をつくろう」と創業したのがきっかけ。今でも世界の店内でヨガ教室などを定期的に開催している。服はあくまで"ついで買い"という姿勢だ。クラウドファンディングは、まさに目的が達成するまでの過程を楽しむことで、売りっぱなしが中心だった消費ビジネスの変質ぶりがうかがえる。
一体なぜ、このような変化が起きたのか。こうした現象を「プロセスエコノミー」という著書にまとめたシンガポール在住のIT評論家、尾原和啓氏に聞いてみた。「日本に戻ると、コンビニエンスストアの300円スイーツのおいしさに驚く。こうなるとケーキ職人は厳しい。これは家電など様々な分野の完成品市場に共通している。もはや、いいモノだけでは稼げない」と指摘する。
完成品あるいはアウトプット(成果物)で稼ぐ経済に対して、完成に至る道のりで顧客を集めるのがプロセスエコノミーだ。尾原氏によると、プロセスエコノミーという言葉は、ライブ配信企業を立ち上げた「けんすうさん」という人物が作ったという。
◎「完成品」で稼いでいるのでは?
「完成品あるいはアウトプット(成果物)で稼ぐ経済に対して、完成に至る道のりで顧客を集めるのがプロセスエコノミーだ」だと中村編集委員は言う。そして冒頭で挙げた4つの事例は「目的を達成するまでのプロセスを楽しむ経済行為という共通点がある」と言う。
本当にそうだろうか。「プロセスエコノミー」に当てはまるか最も怪しいのが「『売らない』を掲げた店づくり」の話だ。「店舗が購入先ではなく、企業や商品の世界観や社会的な使命を伝える場になる」のは分かるが、最終的には「完成品」をネット経由で販売する。「(商品の)完成に至る道のりで顧客を集める」訳ではない。
「カナダのルルレモン」も「プロセスエコノミー」には見えない。「服はあくまで"ついで買い"という姿勢」だとしても「(服が)完成に至る道のりで顧客を集める」と取れる記述はない。
「オンラインサロン」も苦しい気がする。何を「完成品」とするかやや微妙だが、「オンラインサロン」が提供する場そのものを「完成品」とすれば、これまた「完成に至る道のりで顧客を集める」ものとは言えない。
そもそも「プロセスエコノミー」を「新消費主義」と見なすのが適切なのかという問題もある。中村編集委員自身が「プロセスエコノミー」は既に「消費に根付いている」と書いている。そのくだりも見ておこう。
【日経の記事】
振り返ると、コモディティー化は今に始まったわけではなく、広義のプロセスエコノミーは消費に根付いている。人気の女性ユニット「NiziU(ニジュー)」を生んだオーディション番組は、視聴者が誕生までの姿に感動し、ファンになっていく。
名車モデルや往年の人気ドラマなどを分割して販売し、時間をかけて完成していくデアゴスティーニのようなコンテンツビジネスもプロセス重視型だ。サステナブル型の衣料やシューズブランドも商品の価値以上に、環境を重視したものづくりに消費者は共感し、出費を惜しまない。
劇作家で評論家の故山崎正和氏は著書「柔らかい個人主義の誕生」で、消費が生産物を処理するためではなく、自己実現する行為と位置づけていた。1980年代に看破した見通しが、ようやく到来したように映る。今後の消費は「これがいい」というこだわり型と、「これでいい」という量販型を使い分ける姿がより顕著になる。
◎それこそ昔からあるのでは?
「広義のプロセスエコノミーは消費に根付いている。人気の女性ユニット『NiziU(ニジュー)』を生んだオーディション番組は、視聴者が誕生までの姿に感動し、ファンになっていく」と中村編集委員は言う。その手の話で良ければ昭和にも「スター誕生」という「オーディション番組」があった。何も目新しさはない。
なのに「1980年代に看破した見通しが、ようやく到来したように映る」と新たな時代が幕を開けたかのように書いてしまう。
突き詰めていくと「消費スタイルに大きな変化は起きていない」という結論になってしまい、記事の根幹が崩れてしまう。それで必死に「新消費主義」などと訴えてみるが、苦しさは否めない。
結論部分も説得力がない。そこも見ておこう。
【日経の記事】
「これでいい」分野は一段と競争が激化し、コモディティー商品を扱うスーパーやドラッグストアは業界再編に拍車がかかる。「これがいい」モデルは「答え」より、なぜやるのかといった「問いかけ」が起点になる。学校では優先順位が低かった倫理、哲学が価値になるわけで、一夜漬けでは追いつけない。結果より過程が収益を生む新消費主義が根付くには、教育プロセスの見直しも必要だろう。
◎色々とツッコミどころが…
まず「スーパーやドラッグストア」を「コモディティー商品を扱う」店と見なすのが無理がある。「コモディティー商品」ももちろんあるが、そうではない商品も当たり前にある。例えばカップ麺でも、量が同じなら価格もほぼ同じという訳ではない。ブランドによって、かなり価格差がある。
「『これがいい』モデルは『答え』より、なぜやるのかといった『問いかけ』が起点になる」という見方も単純すぎる。自分は物を買うときに「これがいい」とこだわる場合もあるが「なぜやるのかといった『問いかけ』」は重視しない。
「おいしい」「性能がいい」「見た目が好み」といった理由で選ぶ場合が多く、そのメーカーが商品開発を「なぜやるのか」にあまり興味はない。自分の好みに合う「答え」をきちんと出してくれれば、それでいい。
仮に「なぜやるのかといった『問いかけ』が起点になる」としても「学校では優先順位が低かった倫理、哲学が価値になるわけで、一夜漬けでは追いつけない」とも思えない。
「倫理、哲学」を学生時代にしっかり勉強しないと、人は「なぜやるのかといった『問いかけ』」ができないのか。物事を単純に捉えすぎている気がする。そして「新消費主義が根付くには、教育プロセスの見直しも必要だろう」という結論に至ってしまう。
だとすると「『新消費主義』は着実に社会に浸透していくだろう。実際に、そんな現象はたくさん生まれている」という話はどうなるのか。「社会に浸透していく」ためには「教育プロセスの見直し」が「必要」なはずだが…。
結局、中村編集委員の解説をまともに受け取る「必要」はないのだろう。
※今回取り上げた記事 「Deep Insight~たそがれの結果至上経済」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211019&ng=DGKKZO76736090Y1A011C2TCR000
※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価はDを維持する。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html
「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html
スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html
「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html
日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html
「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html
キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html
分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html
「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html
「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html
日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html
「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html
「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html
日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html
「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html
「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_2.html
渋野選手は全英女子まで「無名」? 日経 中村直文編集委員に異議あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_23.html
早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_29.html
日経 中村直文編集委員「業界なんていらない」ならば新聞業界は?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_5.html
「高島屋は地方店を閉める」と誤解した日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_23.html
野球の例えが上手くない日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_15.html
「コンビニ 飽和にあらず」に説得力欠く日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_23.html
平成は「三十数年」続いた? 日経 中村直文編集委員「Deep Insight」
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拙さ目立つ日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ~アネロ、原宿進出のなぜ」
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「コロナ不況」勝ち組は「外資系企業ばかり」と日経 中村直文編集委員は言うが…
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データでの裏付けを放棄した日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_17.html
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