小西美術工芸社社長のデービッド・アトキンソン氏が再び「最低賃金の引き上げ」を唱え始めた。2日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に「エコノミスト360°視点~成長に賃上げが最善な理由」という記事を書いている。しかし「なるほど」と思える内容ではない。中身を見ながらツッコミを入れていきたい。
夕暮れ時の佐田川 |
【日経の記事】
世界銀行によると、世界経済を支えている最大の要素は個人消費で、世界の国内総生産(GDP)の63%を占めている。日本も決して例外ではない。個人消費は人数と消費額で構成される。人口が減少して高齢化が進む日本では、量的なマイナス要因を受け続けているため、GDPはなかなか伸びない。高齢化によって、若者から高齢者に所得が移転している影響も大きい。高齢者は、生産性の高いモノより、生産性の低いサービスをより多く消費するからだ。
◎GDPを増やす必要ある?
「人口が減少して高齢化が進む日本」で「GDP」を増やす必要があるのか、まず疑問だ。1人当たりの「GDP」ならば、まだ分かる。必要なモノやサービスが供給されていて、国民がそれで満足しているのならば、1人当たりの「GDP」でさえ増えなくていい。
続きを見ていこう。
【日経の記事】
人口が減るなかで個人消費を維持するには、賃上げしかない。賃上げは、生産性による要因と、労働分配率による要因に分けられる。諸外国でも生産性向上に比べて賃金は上がっていない。人口が減少している先進国ほどその影響は大きい。生産性向上率より賃上げの比率が低い分だけ、デフレとなる。
◎「生産性向上率より賃上げの比率が低い分だけ、デフレとなる」?
「生産性向上率より賃上げの比率が低い分だけ、デフレとなる」という論理が謎だ。「諸外国でも生産性向上に比べて賃金は上がっていない」のだから「諸外国」でも「デフレとなる」はずだが、そうした傾向は見られない。物事を単純に捉え過ぎているのではないか。「賃上げ率-生産性向上率=物価上昇率」なのか。これだと賃上げゼロの状態で生産性を2倍にすると物価がゼロ(物価下落率100%)になってしまうが…。
さらに見ていく。最も問題を感じた部分だ。
【日経の記事】
なぜそうなっているのか。その原因はモノプソニーの進行にある。モノプソニーとは買い手の独占のことだったが、いまは雇用側が労働者に対して相対的に強い交渉力を行使し、割安で労働力を調達することができること、という定義に変わっている。
新古典派経済学では、労働価格は需給によって決められるとされる。その理論が成立するには、全ての労働者が正確な情報を得て、それに基づいて行動するのが前提だ。しかし、全く同じ内容の仕事をしている社員2人の給料が同じではないという事実からも、モノプソニーの存在を否定する学者はいない。
◎定義が曖昧だが…
まず「モノプソニー」の定義が曖昧だ。「雇用側が労働者に対して相対的に強い交渉力を行使し、割安で労働力を調達することができること」と言うが「相対的に強い」とか「割安」をどうやって判断するのか不明だ。
さらに謎なのが「全く同じ内容の仕事をしている社員2人の給料が同じではないという事実からも、モノプソニーの存在を否定する学者はいない」という説明だ。
ある会社が年収500万円の契約で社員Aを雇ったとしよう。その直後に「全く同じ内容の仕事」をする人がもう1人必要になったが、労働需給が逼迫していて人が採れない。そこで「600万円は欲しい」と強気の姿勢を崩さないBと年収600万円で契約し社員とした。しかし、直後に大不況となり、転職しようにも今や年収300万円の確保もままならない。なのでAは仕方なく年収500万円のまま働き続けている。
ここでは「全く同じ内容の仕事をしている社員2人の給料が同じではないという事実」は確認できるがBは「強い交渉力を行使」して高い賃金を獲得している。「雇用側が労働者に対して相対的に強い交渉力を行使」しているとは言い難い。現在の市場価格を年収300万円とすればAの「労働力」も「割安」ではない。
「モノプソニーの存在を否定する学者はいない」のかもしれないが、それは「モノプソニーの存在」に関する議論があまりないだけではと思える。定義が曖昧なのだから「存在」するかどうか論じても、あまり意味がない。
長くなったので、結論部分に飛ぼう。
【日経の記事】
最低賃金の引き上げは、短期的には資本家から労働者への利益移転なので、商工会議所などは当然のように反対しがちだ。しかし人口減少下の日本では、賃上げにより個人消費を喚起すれば、回り回って個人や企業だけでなく、国も恩恵を受ける最善の政策なのである。
◎そんな単純な話?
「最低賃金の引き上げ」は「個人や企業だけでなく、国も恩恵を受ける最善の政策」らしい。そんな単純な話なのかという疑問がアトキンソン氏の主張には付いて回る。例えば「最低賃金」を時給1億円としたらどうなるか。大幅な「引き上げ」で大金持ちばかりになり「個人や企業だけでなく、国も恩恵を受ける」だろうか。
大幅なインフレ、大量の廃業や人員整理などが起きそうな気がする。「そこまで上げろとは言っていない」とアトキンソン氏は反論するかもしれない。では適正な「引き上げ」幅はどの辺りなのか。仮に年5%だとして、なぜそう言えるのか。
その論証なしに「最低賃金の引き上げ」を「最善の政策」と言われても困る。
※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~成長に賃上げが最善な理由」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210402&ng=DGKKZO70575410R00C21A4TCR000
※記事の評価はD(問題あり)。アトキンソン氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。
D・アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」に欠けている要素
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/d.html
改めて感じたアトキンソン氏「最低賃金引き上げ論」の苦しさ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_10.html
日経でも雑な「最低賃金引上げ論」を披露するアトキンソン氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_11.html
相変わらず説明に無理があるデービッド・アトキンソン氏の記事
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_7.html
最低賃金引き上げ率「5%」の根拠を示さないデービッド・アトキンソン氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/5.html
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