佐世保川(長崎県佐世保市)※写真と本文は無関係です |
【日経の記事】
米アリストートル・キャピタル・マネジメントは、日本電産株に2011年から投資している。運用責任者のグレゴリー・パディラ氏が評価するのは「M&A(合併・買収)力」だ。
モーターの競争力はもちろん、入念に焦点を定めたM&Aでシェアと地域、技術を広げ顧客をつかむ。「M&Aで企業価値を壊す例も多いが、本物の価値を生み出すまれな会社だ」
M&A巧者と呼ばれる日電産。永守重信会長の手法は資本家として見る方が鮮明になる。経済産業省が催した「クロスボーダーM&A」での同氏の講演。会社を「買う」との言い回しが45分間で130回以上出てくる。しかも徹底したバリュー(割安)投資の視点だ。
「高い値段で買わないことだ」。候補リストを常に持ち、毎年元旦に買収の意思を伝える手紙を出し、待つ。実現に平均5年、最長16年待った例もある。買い急がず、自社の算定価格を超えれば手を出さない。
◎どこが「徹底したバリュー投資」?
「日本電産」のM&Aを藤田編集委員は「徹底したバリュー(割安)投資」と言い切るが、根拠は不明だ。「買い急がず、自社の算定価格を超えれば手を出さない」としても、それが「バリュー投資」かどうかは別問題だ。成長性を重視する「グロース投資」であっても「買い急がず、自社の算定価格を超えれば手を出さない」という考え方は成り立つ。
「永守重信会長」の「講演」を聞いたのならば、そこで「徹底したバリュー投資」だと言える発言を見つけて記事に使えばいい。例えば「株価が1株当たり純資産を上回る企業には絶対に手を出さない」と永守会長が講演で述べていれば、「徹底したバリュー投資」だと納得できる。その手の発言がなかったのならば「徹底したバリュー投資」かどうか怪しい。
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【日経の記事】
そして「イチロー式」。必要なパズルを埋める買収をヒットを重ねるように1つずつ実現する。サイズも時価総額の5%までだ。
◎誤解を与えるような…
上記の説明を読むと「日本電産は小粒のM&Aしかやらないんだな」と思ってしまう。しかし、時価総額が4兆円以上あるので「時価総額の5%」と言っても2000億円以上になる。実際に1000億円を超える買収もしている。嘘は書いていないものの、誤解を与える面は否めない。
大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です |
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【日経の記事】
買収後は現地トップに経営を託す。命令しないが、経営目標を明確にし、届かなければ交代とはっきり伝える。それは「株主の権限だ」。もちろんシナジーを出す支援を惜しまず、すぐ投資資金の回収に入る。
有効なM&Aはやる。ただ大切な資本を不必要なリスクにさらさない。これはバリュー投資で財を築いた米国のウォーレン・バフェット氏とも重なっている。
◎矛盾しているような…
「シナジーを出す支援」が何を指すのか不明だが、資金面の「支援」も含むのならば「すぐ投資資金の回収に入る」との説明と矛盾を感じる。資金面での「支援を惜しまず」に「現地トップに経営を託す」のであれば、「すぐ投資資金の回収に入る」のは不可能ではないとしても、かなり難しくなる。
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【日経の記事】
そのバフェット氏が今年の株主に宛てた手紙で、今のM&A価格の高騰ぶりに警告を鳴らしている。
買収総額7兆円という武田薬品工業によるアイルランドの医薬大手シャイアー買収。主力製品の特許切れで収益が先細りするなか、いま決めないと国際競争で勝ち抜けないとの危機感が買収へと駆り立てる。
同じM&Aでも、待って買うバリューの視点と違って、高いプレミアムを「今」に払う。レバレッジもかけるから回収のハードルは上がり、大きなリスクを内包した勝負になる。
日本企業が傾く海外M&A。もちろん日電産流が全ての正解ではない。JTなど「海外企業の買収を橋頭堡(きょうとうほ)にしたグローバル化」(JPモルガン証券の土居浩一郎氏)に成功、自らを変身させる例も増えている。
宮島英昭・早稲田大学教授によれば「成功企業は経験の中で独自の型(かた)を作っている」。一方で苦しむ企業には共通項がみられる。動機があいまい、買収価格の目安を持たない、買収先に深く関与しきれない――。資本を握るオーナーの顔が見えてこない。
海外M&Aは上場企業に積み上がった現金の再配置戦略だ。国内の設備投資や賃上げ、株主還元など多くの選択肢から選ぶ以上、最も有効に資本を増やす道にしなければならない。「資本家ニッポン」の戦略と実行力がそこに表れる。
◎「海外M&Aは現金の再配置戦略」?
上記のくだりでは「海外M&Aは上場企業に積み上がった現金の再配置戦略だ」との説明が気になった。日本企業による「海外M&A」のほとんどが借入金などに頼らず「積み上がった現金」を「再配置」しているのなら分かる。しかし現実は違う。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です |
「武田薬品工業」に関して藤田編集委員も「レバレッジもかけるから回収のハードルは上がり、大きなリスクを内包した勝負になる」と書いているではないか。「医薬大手シャイアー買収」は現金を持て余した企業による「現金の再配置戦略」ではない。
記事で取り上げたJTも同様だ。ソフトバンクグループなど「海外M&A」に積極的な企業の多くは、その資金の多くを外部調達に頼っている。なのになぜ「海外M&Aは上場企業に積み上がった現金の再配置戦略」となってしまうのか。
ついでに言うとなぜ「海外M&A」と「海外」に限定するのかも謎だ。「バリュー投資の視点」でM&Aを見るならば「海外」に限る必要はない。「現金の再配置戦略」にしても同様だ。記事の前半部分で取り上げた「日本電産」にしてもM&Aを「海外」に絞っているわけではない。
結論部分にも注文を付けたい。「国内の設備投資や賃上げ、株主還元など多くの選択肢から選ぶ以上、最も有効に資本を増やす道にしなければならない。『資本家ニッポン』の戦略と実行力がそこに表れる」という結びは、わざわざ訴えるような話ではない。
「M&Aをやるなら、しっかりリターンを確保できるようにしなきゃね」とでも言いたいのか。異論はないが、そんなことは誰でも分かっている。
まず、投資情報面の囲み記事なのだから、投資のヒントになるような結論にしてほしい。その上で藤田編集委員だから導ける結論は何かを考えてほしい。でなければ「編集委員」という肩書を付けて署名入りの記事を書く意義は乏しい。今回の見出しは「海外M&A 成否の分かれ目」だから、何が「分かれ目」になるのか大胆に打ち出してもいい。
記事ではそこも曖昧だ。「苦しむ企業には共通項がみられる。動機があいまい、買収価格の目安を持たない、買収先に深く関与しきれない――。資本を握るオーナーの顔が見えてこない」とは書いている。だが「動機があいまい」かどうかの判断基準は示していない。「買収価格の目安を持たない」で買収したのかどうかを、どうやって確認するのかも謎だ。
「買収先に深く関与しきれない」かどうかの基準もはっきりしない。記事で取り上げた日本電産について「買収後は現地トップに経営を託す。命令しないが、経営目標を明確にし、届かなければ交代とはっきり伝える」と藤田編集委員は書いている。これは「深く関与」とも取れるし、「深く関与」していないとも取れる。具体的な基準を示してくれないと個人投資家が判断材料にするのは難しい。
「一目均衡」を次に書く時には(1)投資家に役立つ情報を提供できているか(2)自分にしか書けない独自性を出せているか--をしっかりと意識してほしい。そうすれば、完成度はかなり高まるはずだ。
※今回取り上げた記事「一目均衡~海外M&A 成否の分かれ目」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180731&ng=DGKKZO33591550Q8A730C1DTB000
※記事の評価はC(平均的)。藤田和明編集委員への評価は暫定D(問題あり)から暫定Cへ引き上げる。藤田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
「FANG」は3社? 日経 藤田和明編集委員「一目均衡」の説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/fang.html
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