2017年7月17日月曜日

森信親長官への批判が強引な週刊ダイヤモンド「金融庁vs銀行」

批判する材料は見つけられないが、なぜか注文を付けたくなる--。森信親・金融庁長官はメディアにとってそんな存在かもしれない。週刊ダイヤモンド7月22日号の特集「あなたのお金の味方はどっち!? 金融庁vs銀行」は金融業界に強く肩入れしているわけではない。だが、「Part 1<臨戦編> 史上最強長官を知れば何が起こるか分かる」の中の「世界変えるカリスマと裸の王様は紙一重 最強“過ぎる”長官の死角」という森長官を批判的に描いた記事は、筋立てがかなり強引だ。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

まず記事の最初の方を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

異例の任期3年目に突入し、金融業界でいよいよ権力を完全掌握したかに見える森信親・金融庁長官。しかし、その裏では悪い話が耳に入らないという裸の王様リスクも頭をもたげている

まずいことになった──。金融庁のある担当者は、想定外の事態に直面し、知人に泣き言を漏らした

その理由は、32~33ページで述べた360度評価を金融庁内で実施したところ、森信親・金融庁長官に対する不満が無視できないほど寄せられたことだったという。

人間は誰しも完璧ではなく、360度評価の過程で批判が出ることはむしろ当然だ。普通と違ったのは、森長官は360度評価の対象ではなかったということ。「自分には“上”がいないという理由で受けなかった」(森長官と親しい関係者)。つまり、森長官のことは直接聞くつもりがなかったのに、気付けば庁内の不満の声が集まっていたということだ。

それよりも気掛かりなのは、その声はなかったことにされたということだ。そもそも評価対象ではない森長官に対して、フィードバックを行う必要はないかもしれない。ただ、この一事が示唆するように、森長官には下から悪い話が上がってこない状況に陥っている。


◎なぜ森長官に伝わらない?

32~33ページ」の記事によると、この「360度評価」は「森長官が外部のコンサルティング会社に依頼して行った」らしい。そして「森長官の手元には、自らの後継者候補に関する詳細な資料があったという」。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
       ※写真と本文は無関係です

360度評価」をまとめたコンサルティング会社が、依頼主の森長官にも知らせていない内容を「金融庁のある担当者」か誰かに伝えたということか。コンサルティング会社も「調査の過程で長官への不満がたくさん出ました」と本人には伝えないかもしれない。だが、その内容を金融庁の別の人物に報告するだろうか。常識的には考えにくい。

仮に何らかの手段でその調査結果を「金融庁のある担当者」が手に入れたとしよう。それで「まずいことになった」と「知人に泣き言を漏らした」のが、また謎だ。非正規のルートで情報を手に入れたのならば、この「担当者」は調査結果を森長官に伝える義務はない。「へ~そうなんだ」と面白半分に見ておけばいい。もちろん、伝えたかったら森長官に伝えてもいい。「泣き言」を漏らす気持ちが理解できない。

記事では「この一事が示唆するように、森長官には下から悪い話が上がってこない状況に陥っている」と分析しているが、逆ではないか。コンサルティング会社の調査に応じた金融庁職員の多くが、外部の人間(しかも森長官に調査結果を報告する人)に対して長官への不満をぶつけている。これは凄い。

「物言えば唇寒し」の組織であれば、こんなことは起きない。「自分が不満を持っていると長官に伝わっても人事などでの不利益はない」と多くの職員が考えているからこそ、外部の人間に「不満」を教えたのではないか。

記事には「この一事」以外に「森長官には下から悪い話が上がってこない」ことを示す根拠が見当たらない。だとすると「悪い話が耳に入らないという裸の王様リスクも頭をもたげている」との分析には、ほぼ根拠がない。

取材班による無理のある主張はさらに続く。

【ダイヤモンドの記事】

同じことが金融庁外でも起きている。森長官は金融機関に対して、「金融庁におかしいと思うことがあれば、批判してほしい」と公言するが、金融機関側は冷めたものだ。ある大手地方銀行の幹部は、「上司の『今日は無礼講』と同じ。真に受けたらとんでもない目に遭う」と、にべもない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です


金融庁と銀行の埋めようのない距離感は、今に始まった話ではないが、豪腕で鳴らす森長官時代にその傾向は強まっているようだ。

ここで思い起こされるのは、米アップルの創業者である故スティーブ・ジョブズ氏だ。激烈な性格で知られ、直轄プロジェクトの社員を追い込み、気に入らない社員は即クビ。絶対に意見を曲げなかったといった逸話に事欠かない。それでも、iPhoneなどの優れた製品を世に送り出して世界を変えたカリスマである。

一方、森長官も、現在の日本の金融業界に対して強い問題意識を持ち、変革への構想力と実行力を兼ね備え、世の中を動かしている。

極論を言えば、部下の不満も森改革の妨げになる雑音かもしれない。ただ、悪い話が上がってこないというのは裸の王様になるリスクと隣り合わせ。結果を出せば「名君」、出せなければ「暴君」だ


◎「暴君」の根拠は?

森長官に関してスティーブ・ジョブズ氏になぞらえて「結果を出せば『名君』、出せなければ『暴君』だ」と書いているのが引っかかる。ジョブズ氏については「直轄プロジェクトの社員を追い込み、気に入らない社員は即クビ」という「暴君」エピソードが出てくる。しかし、森長官には「暴君」の要素が見当たらない。
豪雨被害を受けた福岡県東峰村
     ※写真と本文は無関係です

長官に対する不満が無視できないほど寄せられた」だけでは根拠にならない。例えば「あんなに業界にきつく当たると天下り先がなくなる」という不満が職員から噴出している場合、森長官を「暴君」と見るのは適切だろうか。「(結果を)出せなければ『暴君』だ」とまで言い切るならば、「暴君」と言える根拠ははっきりと示すべきだ。こんな書き方では根拠の乏しい悪口にしか見えない。

記事では「森長官には下から悪い話が上がってこない状況に陥っている」と断定した上で「同じことが金融庁外でも起きている」というが、これも無理がある。記事で言うように、森長官に直接文句を言う金融機関はないかもしれない。だが、今回の特集も含め、森長官の手法に金融業界が不満をため込んでいることはメディアが繰り返し報じている。こうした情報に森長官は接していないと取材班では判断したのだろうか。

メディアなどを通じて金融機関の不満に関する情報も得ていると考えれば、森長官が「裸の王様になるリスク」はかなり小さい。そんなことは、取材班でも分かりそうなものだ。

最後に特集の「Prologue」に付いた「あなたのお金に大事なことは全て森長官が決めている」という見出しに一言。個人的には、黒田東彦日銀総裁の方が森長官よりも「大事なこと」を色々と決めている気がする。黒田総裁の場合、良い方向に動かしている感じはほとんどないが…。


※今回取り上げた特集「あなたのお金の味方はどっち!? 金融庁vs銀行
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/20710

※「世界変えるカリスマと裸の王様は紙一重 最強“過ぎる”長官の死角」という記事の評価はD(問題あり)、特集全体の評価はC(平均的)とする。特集の担当者への評価は以下の通り。

鈴木崇久記者=F(根本的な欠陥あり)を維持
田上貴大記者=暫定C
中村正毅記者=暫定B(優れている)→暫定C
藤田章夫副編集長=暫定D(問題あり)→暫定C

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