2017年7月1日土曜日

「原価率50%」は常識の逆か? 日経ビジネスの回答

日経ビジネス6月26日号に載った「株価高騰企業~TOKYO BASE(トウキョウベース)『アパレルの常識』の逆を突く」という記事に関する問い合わせを送ったところ、回答が届いた。丁寧な回答は評価できるが、いくつか引っかかる点もあった。まずは問い合わせと回答を見ていこう。
大分マリーンパレス水族館「うみたまご」(大分市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 杉原淳一様

6月26日号の「株価高騰企業~TOKYO BASE(トウキョウベース)『アパレルの常識』の逆を突く」という記事についてお尋ねします。記事では同社の「SPA(製造小売り)ブランド『ユナイテッドトウキョウ』について以下のように記しています。

「高収益の事業モデルは、『アパレルの常識』と逆方向に進むことで成立している。その代表例がユナイテッドトウキョウの原価率だ。一般的なアパレルの場合、20%程度が多いとされ、ユニクロですら30~40%程度とみられる中、同ブランドの原価率は50%もある」

これを読むと「原価率50%」は常識外れの数字だと思えますが、本当にそうでしょうか。TOKYO BASEの2017年2月期の原価率は会社全体で46%なので、「ユナイテッドトウキョウの原価率は50%」という記事中の説明と整合的です。ただ、ユニクロ事業を手掛けるファーストリテイリングの16年8月期の原価率(ユニクロ以外も含みます)は51%で、ユナイテッドトウキョウとほぼ同水準です。記事で「セレクトショップの代表格」として取り上げたユナイテッドアローズの原価率も49%です(17年3月期)。記事には出てきませんが、しまむらに至っては原価率が66%に達します(17年2月期)。

原価に何を含めるかに各社で多少のバラツキはあるとしても、原価率の高さを根拠にTOKYO BASEについて「『アパレルの常識』の逆を突く」「『アパレルの常識』と逆方向に進むことで成立している」などと説明するのは誤りではありませんか。

原価率について「ユニクロですら30~40%程度」という記述も怪しいと思えます。ユニクロ事業がファーストリテイリングの連結売上高の8割以上を占めているので、ユニクロの原価率が30~40%なのにファーストリテイリング全体で51%になる可能性はかなり低そうです。仮にジーユー事業などユニクロ以外の原価率が50%を大きく上回るのであれば、そちらの方が「アパレルの常識」を超えているのではありませんか。

質問は以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社からの回答】

ご愛読いただきありがとうございます。早速ですが、頂いた質問にご回答させて頂きます。

まず各社の原価率についてですが、質問者様は決算短信等に記載されている売上原価を売上高で割った数字(=売上高原価率)を使って各社比較をされているかと存じます。
(TOKYOBASE46%、ファストリ51%、ユナイテッドアローズ49%、しまむら66%)

確かにその数字で比較した場合、TOKYOBASEの数字が突出している印象はありません。
しかし、この「売上高原価率」で見た場合、実は「一般的に原価率が低いはず」と言われている大手アパレルですら5割近い原価率になります。

具体的にはオンワードホールディングスが53%、ワールドが43%、三陽商会が58%、
TSIホールディングスが45%となっております(いずれも直近の通期決算短信より)。

記事中にある「ユナイテッドトウキョウの原価率が50%」というのは、
「小売り現場での定価に対する製造原価率」を指します。当たり前ですが、
例えば5000円の原価のTシャツを定価1万円で販売していることとなります。

大手アパレル各社はこの「小売り現場での定価に対する製造原価率」を基本的に公表していません。記事中の業界平均数値(20%程度)やユニクロ(30~40%程度)については、関係者や識者への取材をベースにしたものです。(また、製造原価率50%はTOKYOBASE内のユナイテッドトウキョウのみという点にもご留意ください)
八坂神社(北九州市)※写真と本文は無関係です

アパレル企業が避けて通れないのが、セールなどの値下げ販売です。値下げ販売が発生した場合、原価は変わりませんが、「売上高が減少=売上高原価率が上昇=粗利益率が低下」します。先ほどのケースで言えば、定価1万円で売れず、セールで6000円まで値下げして販売した場合、原価は5000円のままですので、売上高原価率が5000÷6000=83%程度まで上昇し、粗利益率は17%程度となります。(分かり易くするため、極端な例にしております)

また、原価率を比較する際には、各社のビジネスモデルの違いも考慮に入れなければなりません。例えば、しまむらの場合は自社で商品を作っておらず、他社から大量に仕入れた商品を低価格・薄利多売で回転させるビジネスモデルのため売上高原価率が高くなる傾向にあり、完全SPA型のユナイテッドトウキョウとの単純比較は難しいです。そのため、記事中でもしまむらは取り上げませんでした。

そのほか、百貨店を主販路とするアパレル企業の場合、百貨店に卸した価格を売り上げとして損益計算書に計上することが多いです。そうすると、製造原価2000円、百貨店での定価1万円(=製造原価率20%)の商品を百貨店に6000円で卸した場合、損益計算書上の売上高原価率は2000÷6000=33%程度となります。

ユナイテッドトウキョウは50%という「小売り現場での定価に対する製造原価率」をほぼ守ることができ(=あまり値下げ販売せずに済んだ&基本的に自社店舗なので損益計算書上の売上高は消費者への販売価格がそのまま計上される)、大手アパレルは製造原価率を20~40%程度など低めに設定していたが、値下げ販売がかさむなどして売上高が見込みよりも減少したり、百貨店などへの卸値を売上高として計上したりしているため、結果として売上高原価率が50%程度まで上昇した、という構図になります。

アパレル企業がどの商品をどの程度の割合でセールに回したのか、などの定量的な情報は開示されていません。それゆえ「売上高原価率が最初から高かったのか、値引き販売などの複合要因によって結果として高くなったのかは判別できないだろう」という指摘があるかと思いますが、その際は売上高営業利益率をご参照頂ければと思います。

粗利益から販管費及び一般管理費を引いて営業利益を出しますが、それを売上高で割ることで「どれだけ計画的、効率的に事業を展開できたのか」がおおよそ分かります。

記事中でも言及しましたがTOKYOBASEの売上高営業利益率は約14%です。同指標で比較すると、ファストリ7%、ユナイテッドアローズ6%、しまむら9%、オンワード2%、ワールド6%、TSIが2%程度となり、TOKYOBASEが突出していることがご理解いただけるかと思います。

つたない説明で大変恐縮ですが、よろしくお願い致します。


◎記事中での説明が不十分

記事で杉原記者は「原価」の定義について特に説明せず、「一般的なアパレルの場合、20%程度が多いとされ、ユニクロですら30~40%程度とみられる中、同ブランドの原価率は50%もある」(同ブランド=ユナイテッドトウキョウ)と記している。だが、ここで示したのは「小売り現場での定価に対する製造原価率」だと言う。だったら、その点は記事中で明示すべきだ。

上場企業の原価率は公開されている損益計算書から容易に計算できる。何の注釈もない場合、その数字だと受け取るのは当然だ。


◎しまむらと比べないのなら…

しまむらの場合は自社で商品を作っておらず、他社から大量に仕入れた商品を低価格・薄利多売で回転させるビジネスモデルのため売上高原価率が高くなる傾向にあり、完全SPA型のユナイテッドトウキョウとの単純比較は難しいです。そのため、記事中でもしまむらは取り上げませんでした」との弁明は苦しい。

記事では「一般的なアパレルの場合、20%程度が多い」と書いて、ユナイテッドトウキョウの原価率と比較している。しかし、一般的なアパレルは「完全SPA」でない方が多い。しまむらとの対比を「単純比較は難しい」として避けるのであれば、「一般的なアパレル」との比較も避けるべきだ。


◎「売上高営業利益率」でそんなに分かる?

日経BP社の回答では「売上高原価率が最初から高かったのか、値引き販売などの複合要因によって結果として高くなったのか」を知るために「売上高営業利益率」を参照するよう勧めている。これは、よく分からない説明だった。
帝京大学 福岡キャンパス(大牟田市)
         ※写真と本文は無関係です

粗利益から販管費及び一般管理費を引いて営業利益を出しますが、それを売上高で割ることで『どれだけ計画的、効率的に事業を展開できたのか』がおおよそ分かります」と言うが、本当にそうだろうか。

まず「計画的に事業を展開できたのか」について考えてみよう。A社の売上高営業利益率の実績は10%でB社は5%だとする。この場合、A社の方が計画的に事業を展開できているだろうか。例えば、期初の計画がA社は20%、B社は4%だとしよう。この場合、B社の方が「計画的に事業を展開できた」と言えそうだ。売上高営業利益率の実績で「TOKYOBASEが突出している」としても、それだけでは「計画的に事業を展開できた」かどうか推測できない。

では「効率的」についてはどうか。売上高営業利益率が高い方が「効率的」とは言える。ただ、「売上高原価率が最初から高かったのか、値引き販売などの複合要因によって結果として高くなったのか」を推測する手掛かりにはしにくい。

TOKYOBASEの売上高営業利益率は約14%」で「ファストリ7%」だとしても、ファストリの方が値引き販売が多いとは限らない。両社がともに「値引きゼロで売上高営業利益率14%」を目指していたのならば別だ。だが、ファストリは最初から一定の値引き販売を見込み、その上で売上高営業利益率7%前後で良いと見ていたのかもしれない。

結論としては、「売上高営業利益率」の実績だけを見ても、値引きの多さや計画との乖離は読み取れないと言える。


※記事の評価はD(問題あり)。杉原淳一記者への評価もDを据え置く。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「原価率50%」は常識破り? 日経ビジネス杉原淳一記者に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/50.html


※杉原記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「個人向け国債」を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_82.html

「個人向け国債」を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_90.html

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_20.html

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_21.html

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_22.html

「手数料開示」地銀に甘すぎる日経ビジネス杉原淳一記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_3.html

1 件のコメント:

  1. この記事、ちょっとおかしいなと感じ、オンワード樫山の原価率調べたら、貴殿の通りでした。私の思っていたことがすべて書かれていて、ありがとうございました。腑に落ちました。最近、オンワード樫山とユニクロで似た商品を買ったので、気になって原価について調べてみました。

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