2021年8月21日土曜日

価値観の押し付けが凄い日経ビジネス「あなたの隣のジェンダー革命」

日経ビジネス8月23日号の特集「あなたの隣のジェンダー革命」には色々と問題を感じた。冒頭で筆者ら(大西綾記者、吉野次郎記者、藤原明穂記者)は「求められるのは性別役割分担意識を払拭し、多様な価値観を認めるジェンダー革命」と訴える。「性別役割分担」を是とする「価値観」を否定する一方で「多様な価値観を認める」よう求めている。かなり苦しい。結局は自分たちの「価値観」を読者に押し付けているだけではないか。

夕暮れ時の筑後川

PART1 男女平等指数で世界120位の惨状~『夫に養ってもらえ』が女性を貧困に陥れる」という記事の中身を見ながら、さらに問題点を指摘していく。

まず「ジェンダーギャップ指数」を「男女平等指数」と訳すのが誤解を招く。「男女格差指数」とすべきだろう。ちなみに全く別で「ジェンダー不平等指数」もあり、男女共同参画局のホームページによると「国家の人間開発の達成が男女の不平等によってどの程度妨げられているかを明らかにするもの」らしい。「男女平等指数」を読者に示したいのならば、こちらを使うべきだろう。この指数で日本は2018年に162か国中23位(上位の方が不平等が小さい)となっている。本当に「惨状」と呼ぶべき状況なのか。

今回の記事では「女性の経済的自立が進まず、貧困と自殺が深刻化している。『夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ』との価値観が招いた悲劇だ。経済界・労働界・行政に残る因習を一掃せねばならない」と訴える。しかし、この主張には無理がある。記事の一部を見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

日本の性別役割分担意識は欧州諸国と比べても強い。内閣府が20~21年に実施した「少子化社会に関する国際意識調査」によると、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に「反対」する日本人の割合は56.9%だった(「どちらかといえば反対」を含む)。過半数に達しており、一見すると反対者は多いように見える。だが、同時に調査したドイツの63.5%、フランスの75.7%、スウェーデンの95.3%を下回っており、日本は最低の水準だ。

日本人男性に限っても、形の上では性別役割分担の反対者は54.9%と過半数に上る。では実際に日本人男性が反対の立場を実行に移しているかというと、それはまた別の話である。

夫と妻で家事・育児に費やす時間を比べた場合、日本は夫の方が圧倒的に短く、妻にほぼ任せっきり。性別役割分担に反対するポーズを見せる日本人男性にとっての「不都合な真実」だ。


◎どこが「不都合な真実」?

『夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである』という考え方に『反対』」している男性が「家事・育児」を「妻にほぼ任せっきり」にしているとしよう。これは「不都合な真実」と言えるだろうか。結論から言うと明らかに違う。

反対」しているのは「~べきである」という「考え方」に関してだ。「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という個別の選択を好ましくないと言っている訳ではない。

別の例で考えてみよう。100人の女性に「女性は長髪であるべきだとの考えに賛成か」と聞いたら、全員が「反対」と答えたとする。しかし、その時の髪形を見ると60人が長髪だった。この場合、60人の女性にとって長髪であることは「不都合な真実」なのか。「必ず長髪であるべきだとは思わないが、長髪を好む女性が長髪を選ぶのは問題ない」となるのではないか。

さらに記事を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

極端な性別役割分担意識が女性たちの生き方を制限しているとすれば、憲法でうたう男女平等の理念に反する。また高度成長期と違って現在は労働力人口が減っている。労働力不足が続く中で、企業社会で活躍したくてもできない女性たちを生み出している現状は、日本経済にとってもマイナスだ。それにもかかわらず経済界、労働界、行政には今なお性別役割分担意識が強く残る。


◎「極端な性別役割分担意識」がある?

極端な性別役割分担意識が女性たちの生き方を制限しているとすれば、憲法でうたう男女平等の理念に反する」と言い切っているが、そうだろうか。まず「極端な性別役割分担意識」があるのか。「『夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである』という考え方に『反対』する日本人の割合は56.9%だった」と記事でも説明していたはずだ。「反対」がほぼゼロなら「極端な性別役割分担意識」があると言ってもいい。しかし、そうはなっていない。

百歩譲って「極端な性別役割分担意識」があるとしよう。だからと言って「憲法でうたう男女平等の理念に反する」とは感じない。憲法24条では「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めている。「性別役割分担意識」があったとしても「相互の協力により、維持され」ていれば問題はないはずだ。

「夫が狩りをして食材を確保し、妻がその食材で料理を作るべきだ」という「性別役割分担意識」を持つ夫婦が、それを実行に移して「相互の協力」により生活を「維持」しているとしよう。この夫婦は「憲法でうたう男女平等の理念に反する」存在なのか。少し考えれば分かるはずだ。分業も「相互の協力」の1つの形だ。

さらに記事を見ていく。筆者らによる価値観の押し付けが顕著に出てくる部分だ。


【日経ビジネスの記事】

さらには肝心の日本人女性の多くが、外で働く夫に収入を頼り、自らは家庭を守る存在になることを望んでいる。これは女性たちにとっての「不都合な真実」だろう

内閣府が14~15年に実施した「結婚・家族形成に関する意識調査」で、結婚を望む20~30代の未婚者に「結婚相手に求める条件」を聞いている。それによると、結婚相手に「経済力があること」を挙げた男性が7.5%にとどまったのに対して、女性は52.5%にも上った。

また結婚後に「夫が家計の担い手になる」のが理想と答えた20~30代の女性の割合は、未婚・既婚を合わせて68.4%に達した(「どちらかというと夫が担い手になる」を含む)。

経済学者の森口千晶・一橋大学教授は、「夫の経済力に頼って暮らしていると、離婚して独身に戻ったときに貧困に陥りかねない。離婚時のリスクが極めて高いのが性別役割分担のワナだ」と解説する。

それでも日本人女性の多くは経済的な自立よりも、自らが家庭の守り手になることに強いこだわりがありそうだ。

内閣府が20~21年に、子を持つ女性に対する調査で、自分自身の育児負担を減らすために民間のベビーシッターや家事支援サービスを利用することへの意識を聞いたところ、日本人女性の62.9%が「抵抗あり」とした(「抵抗が大いにある」「抵抗が少しある」の合計。「少子化社会に関する国際意識調査」から)。同時に調査したスウェーデンの43.3%、ドイツの33.2%、フランスの26.0%を大きく上回り、最も強い抵抗感を示した。

家事や育児を業者に代行させれば、女性は家の外で活動しやすくなる。だが「家事や育児をサボっている」との罪悪感が勝るのかもしれない。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方は日本人女性にも広く刷り込まれている。


◎なぜ自分たちの価値観を押し付ける?

日本人女性の多くが、外で働く夫に収入を頼り、自らは家庭を守る存在になることを望んでいる」としても「女性たちにとっての『不都合な真実』」とは言えない。なぜ「不都合な真実」と言っているのか明確になっていないが「『夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである』という考え方に『反対』」という立場との整合性を問題にしているのならば、男性と同じ理由で矛盾はない。

べきである」には「反対」だが、個人としては「夫は外で働き、妻は家庭を守る」パターンで行きたいという考えは十分に成り立つ。

日本人女性の多くは経済的な自立よりも、自らが家庭の守り手になることに強いこだわりがありそうだ」としたら、それはそれでいいではないか。「多様な価値観を認める」社会の実現を望むならば、なおさらだ。

夫の経済力に頼って暮らしていると、離婚して独身に戻ったときに貧困に陥りかねない。離婚時のリスクが極めて高い」としても、だからと言って「夫の経済力に頼って暮ら」す生き方を否定すべきではない。各人の自由だ。

なぜ筆者らは個人の生き方に関して自分たちの価値観を押し付けたがるのか。「夫の経済力に頼って暮ら」すことに本人が高い価値を見出しているならば「離婚時のリスク」の高さは正当化できる。

さらに見ていこう。


【日経ビジネス】

日本は女性が家庭の外で活躍するのが難しい社会なので、女性が自らの役割を家庭内に制限しているのか、あるいはその逆か。これは「鶏が先か、卵が先か」の議論であり、答えはない。

とはいえ社会が先に変わらねば、大勢の女性を性別役割分担のくびきから解き放つことはできない。先に変わるべきは経済界、労働界、行政だ。そうでないと「女性の活躍を推進する」という各界のアピールはむなしいだけだ。


◎「女性が家庭の外で活躍する」のは難しい?

上記のくだりはツッコミどころが多い。

まず「日本は女性が家庭の外で活躍するのが難しい社会」なのか。大西綾記者と藤原明穂記者(名前から女性と推測)はどうなのか。「家庭の外で活躍するのが難しい社会」なのに、自分たちも含めて「家庭の外で活躍する」女性がやたら多いとは感じないのか。

テレビでニュース番組を見てもいい。そこに「家庭の外で活躍する」女性キャスターを見つけるのは至難なのか。五輪を振り返る手もある。女性アスリートの「活躍」はほとんどなかったのか。

社会が先に変わらねば、大勢の女性を性別役割分担のくびきから解き放つことはできない」という見方にも賛成できない。「性別役割分担のくびき」などあるのか。「日本人女性の多くが、外で働く夫に収入を頼り、自らは家庭を守る存在になることを望んでいる」のならば「くびき」はない。自発的な「性別役割分担」だ。

大勢の女性」が自らの意思に反して「性別役割分担」を強制されているのならば「くびきから解き放つ」べきだ。しかし、そういう状況ではないと記事でも説明している。

仮に「大勢の女性を性別役割分担のくびきから解き放つ」べきだとしても、なぜ「社会が先に変わらねば」ならないのか謎だ。「経済界、労働界、行政」が「先に」変わっても、女性が相変わらず「働く夫に収入を頼り、自らは家庭を守る存在になることを望んでいる」のならば「性別役割分担」に大きな変化は起きないだろう。「性別役割分担」を強制的にやめさせる方向に「経済界、労働界、行政」が変わるのならば別だが…。

最後に女性の「活躍」に関する説明にも注文を付けておきたい。


【日経ビジネスの記事】

結果的に日本では社会で活躍する女性が極めて少ない。国際労働機関(ILO)によると日本の女性管理職の比率は11.1%で、調査した108カ国中96位。内閣府によると研究者に占める女性の比率は16.9%で欧米アジアなどの39カ国の中で最下位。列国議会同盟(IPU)によると日本の女性国会議員の比率は9.9%で、187カ国中164位だ。

女性の社会進出が遅れた結果、世界経済フォーラムが発表した2021年版の「ジェンダーギャップ指数」で日本は156カ国中120位だった。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に、日本人はいつまで固執するのだろうか。


◎「社会で活躍する女性が極めて少ない」?

社会で活躍」しているかどうかの指標として「女性管理職の比率」を使うのは賛成しない。「平社員やパート・アルバイトは活躍していない」との偏見を感じるからだ。「活躍」の定義にもよるが、職場では「管理職」だけが「活躍」している訳ではない。

日経ビジネスの編集部を見渡せば分かるはずだ。「活躍」しているのは編集長などの「管理職」だけなのか。

研究者」「国会議員」の比率を取り出すのも感心しない。このやり方でよければ「日本では社会で活躍する男性が極めて少ない」という話も簡単に作れる。例えば、看護師や保育士は男性比率が1割未満とされる。この事実は「日本では社会で活躍する男性が極めて少ない」ことを裏付けているだろうか。誰でも違うと分かるはずだ。特定の職業を取り出して論じても意味がない。全体を見る必要がある。

研究者」や「国会議員」として「活躍」する女性は少なくても、看護師や保育士として「活躍」する女性は多い。なのに「日本では社会で活躍する女性が極めて少ない」と見るべきなのか。

「看護師や保育士なんて『活躍』には入らない」と筆者らは思っているのかもしれない。しかし、どちらも大切な仕事だ。それを「活躍」から除外するとしたら「社会で活躍する」とは一体どういうことを指すのだろう。


※今回取り上げた記事「PART1 男女平等指数で世界120位の惨状~『夫に養ってもらえ』が女性を貧困に陥れる

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00871/


※記事の評価はD(問題あり)。大西綾記者への評価はDを維持する。吉野次郎記者への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。藤原明穂記者への評価は暫定でDとする。


※大西記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「EVバブル」に無理がある日経ビジネス大西綾記者「時事深層」https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/ev.html

野田聖子氏の男性蔑視は気にならない? 日経ビジネス 大西綾記者に問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_10.html


※吉野記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

GAFAが個人情報を独占? 日経ビジネス吉野次郎記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/gafa.html

日経ビジネス吉野次郎記者は「投げ銭型ライブ」を持ち上げるが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_21.html

日経ビジネス「東大の力~日本を救えるか」に感じた物足りなさhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/blog-post_6.html

0 件のコメント:

コメントを投稿