2021年2月21日日曜日

「日本は間違いなく後進国」に根拠欠くFACTA「世界で躍進する『女性映画監督』」

 FACTA3月号に評論家の貴船かずま氏が書いた「世界で躍進する『女性映画監督』」という記事には多くの疑問を感じた。

筑後川昇開橋

まず「映画先進国は女性監督の台頭が著しい」という話が根拠に欠ける。この記事では韓国、米国しか海外の状況を説明していない。韓国が「映画先進国」なのか疑問も残るが、それを受け入れても「映画先進国」が2カ国だけでは苦しい。しかも「女性監督」の人数や作品数を男性監督と比較したデータは見当たらない。なのに「台頭が著しい」と言われても困る。

そして「日本は間違いなく後進国」らしい。記事に出てくる韓国の「女性監督」は「キム・ドヨン」「キム・ボラ」「チョン・ジュリ」「イ・ジョンオン」の4人。そして日本に関しては以下のように書いている。


【FACTAの記事】

日本は男女50/50にはほど遠い状況だ。知られている名は東京五輪で公式記録映画の監督をする河瀨直美、演劇界の巨星蜷川幸雄の娘、蜷川実花、是枝裕和の弟子筋の西川美和だろうか。だが小規模作品に目を向ければ、障害者の青春を描いた「37セカンズ」のHIKARI、中米の洞窟湖を撮った「セノーテ」の小田香ら世界が注目する気鋭の映画作家は出てきている。


◎韓国との差は?

知られている名」だけで3人。「小規模作品」も含めると5人の名前が見える。「韓国映画界」と大差ない。記事からは日韓の差がよく分からない。「日本」は本当に「後進国」なのか。

日本は男女50/50にはほど遠い状況だ」と貴船氏は言うが、「男女50/50」が「映画監督の人数が男女同数」という意味ならば、韓国と米国は達成しているのか。記事には何のデータもない。ただ「男女50/50」に関しては以下の記述がある。


【FACTAの記事】

韓国映画振興委員会が19年、韓国映画100周年を記念し100人の監督が各々100秒の作品を制作するプロジェクト「100×100」を主催した際には、男女比を50/50に設定した。業界を挙げて女性監督に機会を与えようとする意思が伝わってくる試みだった。


◎こっちの「男女50/50」?

韓国映画界」は「プロジェクト」で監督の「男女比を50/50に設定した」のに、日本にはそうした動きが見られないから「日本は男女50/50にはほど遠い状況」と貴船氏は書いたのだろうか。だとしたら「男女50/50」は必要ない。実力主義で選ぶべきだ。

実力で選ぶと男性90人、女性10人になるとしよう。それを「男女50/50」にすれば、実力で勝る男性40人がチャンスを逃し、実力で劣る女性40人が代わりにチャンスを得る。なぜ男性だけがこうした差別を受けるのか。賞賛すべき話ではない。

最後の段落で貴船氏は以下のように書いている。


【FACTAの記事】

女性監督が躍進を続ける間、男性は尻込みし続けるしかなくなるだろう。そして男女50/50が実現したとき、映像表現は次の次元を迎えることになる。


◎そんなに性別が重要?

女性監督が躍進を続ける間、男性は尻込みし続けるしかなくなるだろう」という記述は何が言いたいのは分かりにくい。とりあえず「女性監督が躍進を続ける間、男性監督は映画製作に消極的になる」との趣旨だとしよう。だが「女性監督が躍進を続ける」となぜ「男性監督」が「消極的になる」のか謎だ。「女性監督」に刺激を受けて「自分も頑張ろう」と「男性監督」が奮起しても不思議ではない。

そもそも監督の性別にこだわるのが理解に苦しむ。「映画」を観る側の自分としては「監督」の性別はどうでもいい。良い作品を作ってくれれば、監督は全員女性でも全員男性でもいい。しかし「男女50/50が実現したとき、映像表現は次の次元を迎えることになる」と貴船氏は言う。

なぜ「50/50が実現したとき」に「次の次元を迎える」のかも記事からは読み取れない。そもそも現状が「男女50/50」からどのくらい離れているのかさえ貴船氏は教えてくれない。

繰り返すが、映画監督の性別はどうでもいい。なので「女性監督」に関して「後進国」でも先進国でも構わない。どうしても「後進国」では困るのならば、「女性」の奮起に期待するしかない。間違っても男性差別的なやり方で「女性」を優遇するのはやめてほしい。映画作りの場に男性差別が持ち込まれないことを祈る。


※今回取り上げた記事「世界で躍進する『女性映画監督』

https://facta.co.jp/article/202103031.html


※記事の評価はE(大いに問題あり)

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