2021年2月16日火曜日

「日本は『ワクチン後進国』脱せよ」と日経ビジネス 橋本宗明編集委員は言うが…

 日経ビジネス2月15日号に橋本宗明編集委員が書いた「国内メーカーの存在感薄く、日本は『ワクチン後進国』脱せよ」という記事は説得力に欠けた。(1)「ワクチン後進国」の基準は? (2)日本は「ワクチン後進国」なのか? (3)「ワクチン後進国」だとして脱する必要があるのか?ーーという視点で記事を見ていこう。

寺内ダム

見出しからは「国内メーカーの存在感」が薄いから「ワクチン後進国」との印象を受ける。しかし読み始めると話が変わってくる。


【日経ビジネスの記事】

米ファイザーの新型コロナウイルス向けワクチンが、日本でも行政手続きを経て実用化される時期が近づいた。ファイザーをはじめ話題に上るのは海外企業のワクチンばかりだ。国産ワクチンはなぜ出てこないのだろうか。日本企業の影が薄い理由を探ると、長年にわたって幾つもの課題を構造的に抱えていることが分かる。

「ワクチン後進国」。2005~06年ごろ、日本はこう呼ばれていた。1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチンは、1995年の不活化A型肝炎ワクチンなど2製品しかない。この間、欧米では新しいワクチンが20種類前後登場し、海外との差は「ワクチンギャップ」といわれた

87年に米国で承認されたヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンが日本で承認されたのは20年後の2007年だ。Hib感染症は主に5歳未満の乳幼児が発症し、重篤化して髄膜炎などを生じることもある。なぜ20年間も遅延したのか。


◎問題は「承認」?

日本が「ワクチン後進国」と呼ばれていたのは「2005~06年ごろ」だと橋本編集委員は言う。「1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチン」が「2製品」にとどまった点を問題視している。ここから判断すると「ワクチン後進国」かどうかは「承認」の量とスピードだ。「国内メーカーの存在感」は基本的に関係ない。また、既に「ワクチン後進国」を脱しているとも取れる。

問題は「承認」なのだろうと考え直して記事を読み進めよう。


【日経ビジネスの記事】

最大の理由は国に明確な政策がなかったことだ。どの感染症を警戒すべきで、どういうワクチンを研究すべきだという羅針盤がなく、メーカーはリスクを取ることをためらった。

当時の製造者は小規模の財団法人などが中心で臨床試験への多額の投資も難しかった。日本のワクチンに関する基準が海外と異なり、海外ワクチンの導入が難しいといった問題もあった。

「日本人はワクチンへの警戒感が強い」との指摘もある。子宮頸(けい)がん予防用のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは13年4月に定期接種に組み込まれたが、副作用に世論が慎重になり、13年6月に積極的勧奨の差し控えが決定した。HPVワクチンは海外では安全性を問題視する声は少ないが、日本は今も接種率が低いままだ。

日本ではインフルエンザワクチンの集団接種の有効性を疑問視する開業医などの研究を受け、1994年の法改正で定期接種が任意になった。これに伴い製造量が大きく落ち込んだ経緯もある。

厚生労働省が出遅れを認識しワクチン産業ビジョンを策定したのは2007年。国内に輸入ワクチンを導入して競争を促し日本企業の研究開発・生産の支援や規制の見直しを進めた。これによりロタウイルスワクチンなどが日本に導入され、ギャップの解消は進んだ

だが、その後は下火になってしまう。少子高齢化という課題を前に政策の優先度が上がらず、官民の関心も薄れた。09年の新型インフルエンザを経験した後、ワクチン開発の支援に再び取り組んだが、国内分の量をカバーすることしか考慮されていなかった。


◎ずっと「後進国」?

ここはよく分からない。「ギャップの解消は進んだ」のだから「ワクチン後進国」を脱したとも取れるが「その後は下火になってしまう」との記述もある。「ワクチン後進国」に逆戻りした、あるいは実は脱していなかったのか。後者の可能性が高そうだが、だったらなぜ「ワクチン後進国」と呼ばれていたのを「2005~06年ごろ」と限定したのか疑問が残る。

続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

新型コロナウイルスの感染拡大で、日本のワクチン後進国としての現状が改めて浮き彫りになっている。国はまず、ワクチン接種のリスクとベネフィットを国民に説明し、自己決定を促す役割を果たすべきだろう。

ワクチンがグローバルビジネスであることも認識せねばならない。発症予防効果を証明するには流行地域で数万人の大規模臨床試験を行う必要があるが当該政府との交渉や国際機関の支援も必要だ。少ない供給量では国際社会は取り合ってくれない。

ファイザーと組んだドイツのビオンテックは08年、米モデルナは10年に設立した新興企業。米政府やメガファーマのバックアップで国際社会での役割を果たしつつある。日本にもアンジェスをはじめ、新型コロナのワクチン開発に挑戦している先端スタートアップはある。求められるのはグローバル化を後押しする支援体制ではないだろうか


◎「承認」の問題だったのでは?

新型コロナウイルスの感染拡大で、日本のワクチン後進国としての現状が改めて浮き彫りになっている」と書いてあるので、2020年時点では「ワクチン後進国」のはずだ。だとしたら「ワクチンギャップ」の問題が生じていないければならない。しかし「新型コロナウイルス」に関して「海外ワクチンの導入が難しい」といった話は出てこない。実際にファイザー製のワクチンが日本でも「承認」された。なのになぜ「ワクチン後進国」なのか。記事には明確な説明がない。

そして「ワクチンがグローバルビジネスであることも認識せねばならない」「求められるのはグローバル化を後押しする支援体制ではないだろうか」と「国内メーカー」育成の話へ移ってしまう。

国産ワクチンであろうと「海外ワクチン」であろうと、素早く「承認」して「ワクチンギャップ」を防げば「ワクチン後進国」から抜け出せるのではないのか。「国内メーカー」が世界で広く使われるワクチンを開発したとしても、日本で「承認」を得られなければ「ワクチンギャップ」は生じる。

話を元に戻して「ワクチン後進国」かどうかは「国内メーカーの存在感」で決まるとしよう。この場合、2つの疑問が湧く。

日本にもアンジェスをはじめ、新型コロナのワクチン開発に挑戦している先端スタートアップはある」と橋本編集委員も書いている。「国内メーカーの存在感」が世界的に見れば薄いとしても、そもそも「ワクチン開発に挑戦」している国が多くないはずだ。なのに「挑戦」している日本は「ワクチン後進国」なのか。だとしたら基準が厳しすぎないか。

それに「国内メーカーの存在感」が薄いからと言って「ワクチン後進国」から脱するべきなのか。海外ワクチンであっても必要な「ワクチン」をきちんと供給できれば、それでいいのではないのか。

国内メーカーの存在感」が大きくなるのは悪い話ではないが「支援体制」を築くとなれば税金を投じるはずだ。その費用対効果をどう見ているのかは欲しい。

結局、橋下編集委員が何を以って「ワクチン後進国」としているのか、よく分からなかった。なのに「日本は『ワクチン後進国』脱せよ」と言われても肯く気にはなれない。


※今回取り上げた記事「国内メーカーの存在感薄く、日本は『ワクチン後進国』脱せよ」https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00935/


※記事の評価はD(問題あり)。橋本宗明編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。橋本編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「オプジーボ巡る対立」既に長期化では?  日経ビジネス橋本宗明編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_20.html

光免疫療法の記事で日経ビジネス橋本宗明編集委員に注文https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_5.html

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