2019年3月5日火曜日

週刊エコノミスト「ベーシックインカムは万能か」に足りないもの

ベーシックインカムを否定したいのは分かるが、うまく否定できていない--。週刊エコノミスト3月12日号に載った「学者が斬る 視点争点~ベーシックインカムは万能か」という記事を読んで、そう感じた。筆者は後藤・安田記念東京都市研究所研究員の倉地真太郎氏。「学者が斬る」というタイトルを付けるならば、もう少ししっかりした内容に仕上げてほしかった。
平和公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

まず、この記事では「ベーシックインカムは万能か」を論じてはいない。最後の段落で倉地氏は以下のように述べている。

【エコノミストの記事】

ベーシックインカムに賛成する人は意外と多く、普遍的に給付を行うことによるさまざまな効果検証は実証実験の結果を待たなければならない。だが、ベーシックインカム以外にも、暮らしを保障するための、きめ細やかな仕組みが海外諸国で導入されていることに目を向けてもいいだろう。そういった制度の方が日本の社会保障制度にも親和性が高いのではないだろうか。

◎どっちかと言うと…

ベーシックインカムは万能か」という見出しを付けたのは編集部の担当者だとは思う。ただ、見出しに注文を付けることは倉地氏にもできたはずだ。

今回の記事の内容であれば「ベーシックインカムは不可欠か」ぐらいが限界だ。付け加えると、倉地氏は「そういった制度の方が日本の社会保障制度にも親和性が高いのではないだろうか」と記事を締めているが、なぜ「親和性が高い」と考えられるのかは教えてくれない。ここにも不満が残った。

ベーシックインカムは万能か」に関して言えば、「万能」でないのは当然だ。「万能」と言っている賛成論者も見たことがない。重要なのは「他の制度と比べてどちらがマシなのか」だ。今回の記事では、そこも見えてこない。

記事の最初の方に話を移す。

【エコノミストの記事】

以前、「ベーシックインカムが導入できるかどうかは財源次第ですよね?」と、非常勤先の授業後に学生から質問を受けたことがある。この学生に限らず、ベーシックインカムが実際に導入できるかどうかは、技術的・財源的な問題でしかないと考える読者は多いのではないだろうか

ベーシックインカムにはさまざまなタイプがあるといわれ、一部の実証実験では、実質的には失業給付の期間を延長しただけに過ぎないものもあるようだ。しかし、いずれのタイプにおいても、最低限の所得保障によって人々を労働の義務から解放するという理念が込められている。

それでは、豊富な税収を有し、寛容な福祉を実現する北欧諸国でベーシックインカムが導入されていないのはなぜか。今回は、筆者が専門とするデンマークにおける所得保障制度の考え方を概説することで、「なぜベーシックインカムではないのか」を考えたい。



◎つながりが…

ベーシックインカムが実際に導入できるかどうかは、技術的・財源的な問題でしかないと考える読者は多いのではないだろうか」と問題提起しているので、この問題に何かヒントを与えてくれるのかと期待したが、そこから「ベーシックインカム」の用語解説に移ってしまう。「技術的・財源的な問題」以外にどんな「問題」があるのか倉地氏は最後まで論じない。そして「ベーシックインカム以外にも、暮らしを保障するための、きめ細やかな仕組みが海外諸国で導入されていることに目を向けてもいいだろう」という結論に至ってしまう。

ベーシックインカム」の「問題」には触れないものの、その代わりなのか「住宅手当」にはかなりの紙幅を割いている。今度はそこを見ていこう。

【エコノミストの記事】

日本には、年金、失業給付、生活保護制度などの所得保障制度があるものの、住宅費に充当することに特化した「住宅手当」は存在していない。対して、デンマークでは住宅手当が1967年に導入され、社会住宅制度(政府補助付き非営利住宅)と共に機能している。社会住宅とは広く国民に「住の保障」をする「みんなの家」として知られ、低所得者が優先されはするものの、そうではない所得者層も入居可能だ。後述するような要件を満たせば、家賃の一部には住宅手当が付く。ちなみに、一般住宅にも住宅手当は付く。このように、住宅手当はきわめて広い所得階層をカバーしており、高齢者世帯の約半分が受給者世帯である。デンマークの住宅手当は最低生活保障だけでなく、社会階層間の分断を防ぐ機能を有するのである。 

なぜ住宅手当制度は、ベーシックインカムのように一本化せず、年金や失業給付などとは別個に設けられているのだろうか。

考えてみよう。例えば、とある地域に一律5万円の住宅手当が配られたとする。一見すると家賃負担が減ったように見えるが、その後家主側は家賃を一斉に5万円引き上げる可能性がある。こうなってしまうと、受給者の取り分はすべて家主に吸い上げられてしまい、住宅手当の効果はほとんどなくなる。では、住宅手当による「住まいの保障」を実現するにはどうすればいいのか。

それは、行政が、住宅手当額に見合うよう、住宅の質や家賃を調整する、つまり適切な住宅市場を形成することだ。住宅費用と住宅手当を比較するためには、住宅保障費用をベーシックインカムに一体化するのではなく、住宅手当という単独の保障で住宅関連費用を可視化する必要があるのだ。

住宅手当は全ての住宅に適応されるわけではない。住民代表や行政で構成する基礎自治体(コムーネ=日本の市町村に相当)の住宅協議会が、その地域において家賃水準や住宅の質・面積が適切だと判断して初めて住宅手当の給付要件が満たされる。そのため「安かろう悪かろう」といった質の低い住宅は淘汰(とうた)されるし、反対に六本木ヒルズのような高級マンションに居住して住宅手当で補充する、という不公平な状況も回避することができる。

以上のように、デンマークでは最低所得を保障する制度を構想する上で、住宅手当は独立した給付とすることが不可欠であり、最低限の所得水準と住まいのあり方は地域で決めている。


◎逆の結果になりそうな…

考えてみよう。例えば、とある地域に一律5万円の住宅手当が配られたとする。一見すると家賃負担が減ったように見えるが、その後家主側は家賃を一斉に5万円引き上げる可能性がある」と倉地氏は言う。もちろん、その「可能性」はゼロではない。しかし限りなくゼロに近い。少し「考えて」みれば分かるはずだ。
震動の滝(雌滝、大分県九重町)
      ※写真と本文は無関係です

例えば、20歳以上の日本国民全員に「一律5万円の住宅手当(月額)」を支給するとしよう。この場合、物価全体に上昇圧力がかかるとは思う。しかし「家賃」が「一斉に5万円」上がる可能性はほぼない。「住宅手当」とはあくまで名目で、これで服を買ってもいいし、借金の返済に充ててもいいからだ。

家賃」の支払いにしか充てられない特別な仕組みを作るならば別だが、持ち家の人にも支給するので難しいだろう。

一方、記事で取り上げた「デンマーク」のケースでは「家賃」の上昇要因になりやすい。「その地域において家賃水準や住宅の質・面積が適切だと判断して初めて住宅手当の給付要件が満たされる」のであれば、「住宅」によって「手当」が付いたり付かなかったりするはずだ。

家主側」がその情報を知っている場合、「手当」が付く「住宅」の「家主」は、そうでない「家主」よりも強気の家賃設定ができる。「受給者の取り分」が「家主に吸い上げられてしま」うリスクを回避したいならば、「住宅」ごとに「手当」を付けたり付けなかったりするのは得策ではない。

最後に1つ付け加えておきたい。「住民代表や行政で構成する基礎自治体(コムーネ=日本の市町村に相当)の住宅協議会が、その地域において家賃水準や住宅の質・面積が適切だと判断して初めて住宅手当の給付要件が満たされる」という状況を倉地氏は好ましいものと捉えている。「ベーシックインカム」を支持する立場からは、こうした制度こそが問題となる。

六本木ヒルズのような高級マンションに居住して住宅手当で補充する、という不公平な状況も回避することができる」と倉地氏は言うが、どこで線引きするのが適切なのかは非常に難しい。「住宅協議会」といった組織を立ち上げて総合的に判断する場合は恣意性を排除できない。「ベーシックインカム」にはこうした問題がない。

それでも、なお「住宅手当」として支給するのが好ましいと倉地氏が見ているのであれば、その根拠を示してほしかった。「『なぜベーシックインカムではないのか』を考えたい」のであれば、そこまで踏み込みべきだ。


※今回取り上げた記事「学者が斬る 視点争点~ベーシックインカムは万能か
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190312/se1/00m/020/005000c


※記事の評価はD(問題あり)。倉地真太郎氏への評価も暫定でDとする。

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