2019年2月15日金曜日

「金融先物の父」は複数いる? 日経1面連載「データの世紀」

15日の朝刊1面に載った「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める」という記事は全体として強引な説明が目立った。故に説得力を欠く内容になっている。日経には以下の内容で問い合わせを送った。問題点があまりに多過ぎて、かなり長くなった。それでも指摘し切れなかった。取材班のメンバーは「なぜこうなってしまったのか」をしっかり考えてほしい。
 酢屋の坂(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 阿部哲也様 植松正史様 西岡貴司様 川合智之様 兼松雄一郎様 栗原健太様 平本信敬様 伴正春様 寺井浩介様 野毛洋子様 多部田俊輔様 渡辺絵理様

15日の朝刊1面に載った「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める」という記事についてお尋ねします。記事では「米国金融取引所(AFX)のリチャード・サンダー最高経営責任者(CEO)」を「2000年代に温暖化ガス排出量の取引市場を作ったことで知られる『金融先物の父』」と紹介しています。

米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループの「沿革」を見ると「業界初の金融先物である、外国通貨先物取引を7通貨で開始」したのが1972年です。また「金融先物の父」としてはレオ・メラメド氏が知られています。「サンダー」氏が「2000年代に温暖化ガス排出量の取引市場を作ったことで知られる」のだとしたら、「金融先物の父」である可能性はかなり低そうです。本当に「金融先物の父」ならば、1970年代に「通貨先物取引」を始めたことで知られている方が自然です。

また、2018年9月13日付の「投資道場~異文化体験が投資眼養う 『若者よ、世界を旅しよう』 金融先物の父、メラメド氏がメッセージ」という日経の記事では「米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループ名誉会長のレオ・メラメド氏(86)」を「金融先物の父」と呼んでいます。

金融先物の父」が2人いるのも奇妙な話です。そして、「メラメド氏」の方が「金融先物の父」と呼ばれる条件を満たしていると思えます。「サンダー」氏を「金融先物の父」と紹介したのは誤りではありませんか。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他にもいくつか疑問点を挙げておきます。

(1)「指標化」できますか?

記事では「原油や金と異なり、データの価値は量や重さで測れない。だがサンダー氏は確信を持つ。『データの動きをインデックス(指標)化して見えるようにすれば、取引できるはずだ』」と書いていますが、どうやって「インデックス(指標)化して見えるように」するのか謎です。個人的には無理だと感じます。

サンダー氏」を取材して皆さんが「インデックス(指標)化」は十分に可能だと判断したのならば、そこは読者に説明した方が良いでしょう。


(2)「見える化」できてますか?

記事では「意識するのは中国だ。15年創設の貴陽ビッグデータ交易所は2千社が金融や医療、物流など4千種類ものデータを相対で売買する。米中の有力取引所がデータの『見える化』を競う」と書いていますが、これのどこが「見える化」なのか謎です。「4千種類ものデータを相対で売買」するだけならば、「見える化」にはなりません。

どんな「データ」がいくらで取引されたか誰でも分かる仕組みになっているのならば「見える化」と言ってもいいでしょう。しかし記事中にそうした説明はありません。

付け加えると「米中の有力取引所」との説明も引っかかりました。記事で取り上げた「米国金融取引所(AFX)」を日経電子版で検索してみても今回の記事しか出てきません。本物の「有力取引所」であれば考えにくい話です。話を盛り上げるために「米国金融取引所(AFX)有力取引所」「サンダー氏金融先物の父」として描いたのではとの疑いが残りました。


(3)「判断が甘かったのは明白」ですか?

以下の説明にも問題を感じました。

米フェイスブックがインスタグラムを買収した7年前、各国の競争当局は容易にこれを承認した。『従業員13人。売り上げもない。広告の競争を大きく阻害しない』。当時の英当局の審査資料には記されている。判断が甘かったのは明白だ。インスタグラムは写真共有サイトとして世界の標準を握り、利用者と広告出稿が急増した。18年の企業評価額は1千億ドル(11兆円)。買収時の100倍だ

判断が甘かったのは明白」でしょうか。「英当局」は「広告の競争を大きく阻害しない」と「判断」しただけです。「広告出稿が急増」したり「企業評価額」が「買収時の100倍」になったりしても「判断が甘かった」根拠とはなりません。

判断が甘かったのは明白」と断定するのならば、「広告の競争を大きく阻害」している実態を描くべきです。それが難しいから「企業評価額」などを並べてごまかしたのではありませんか。


(4)4社で走っても「独走」ですか?

記事には「00年以降、米グーグルなど『GAFA』が買収に投じた額は10兆円規模。対象の大半は将来競合しそうな新興企業だった。データを測る力で独走してきた巨人だが、競争関係がゆがめば不利益を被るのは個人だ」との記述があります。

GAFA」は連携して活動する1つの企業グループではありません。4社が先頭集団を形成して走っていたとしても「独走」とは言えません。「並走してきた巨人たち」などとした方が好ましいでしょう。


(5)「データの対価」と言えますか?

記事には「GAFAのお膝元、米カリフォルニア州で『消費者プライバシー法』が20年に施行する。企業が悪質な情報漏洩を起こせば、ユーザーは『100~750ドルを賠償請求できる』。欧州や日本も導入していない『データの対価』を認める」との記述もあります。

浜離宮恩賜庭園(東京都中央区)※写真と本文は無関係
消費者プライバシー法」が「情報漏洩」に関して「賠償請求」を認めているとしても「『データの対価』を認める」と見なすのは無理があります。記事の説明から推測すると「100~750ドル」は「データの対価」ではなく、「情報漏洩」に伴う損失への「賠償」でしょう。

また、日本には個人情報保護法があり「悪質な情報漏洩」で損害を受けた場合、「ユーザー」は企業に「賠償請求」できます。「消費者プライバシー法」が「『データの対価』を認める」ものならば、日本も同じような制度を「導入」していると思えます。


(6)誰にとっての「実行不能」ですか?

記事では「住民立法として発案された当初は『最大3千ドルを請求できる』内容だった。『実行不能。世界から孤立してしまう』。焦ったGAFAが強力なロビー活動で押し返した。だが無料で膨大な個人データを集められる状況は、いつまで続くか分からなくなりつつある」とも書いています。

まず「最大3千ドル」でも「100~750ドル」でも決定的な差はありません。「最大3千ドル」だと「実行不能。世界から孤立してしまう」のであれば、「100~750ドル」でも同じではありませんか。

実行不能。世界から孤立してしまう」という部分も解釈に迷いました。これは「GAFA」にとって「実行不能。世界から孤立してしまう」なのでしょうか。それとも「米カリフォルニア州」にとってでしょうか。どちらにしても「実行不能」で「世界から孤立してしまう」とは思えません。

GAFA」は「悪質な情報漏洩」を発生させた時に、「最大3千ドル」の支払いもできない程の貧乏企業ですか。かなりの人数に「3千ドル」を払っても余裕で存続できそうです。


(7)「新独占に風穴」が開きますか?

記事の最後を「スマートフォンの普及などとともに生まれた新独占。その恩恵を享受してきた巨人も盤石ではない。データの価値を見定める力は新独占に風穴を開け、次の秩序への一歩になる」と皆さんは締めています。

これも謎です。「米カリフォルニア州」の住民が「悪質な情報漏洩」に関して「自分の場合は750ドルの損害に相当する」などと「見定める」ようになると「GAFA」の「新独占に風穴」が空きますか。ほとんど関係なさそうです。しかし記事からは「消費者プライバシー法」の事例以外に「データの価値を見定める力は新独占に風穴」に関する手掛かりは見当たりません。

「何を訴えたいか」が明確になっていないのに紙幅を埋めてしまったのではありませんか。「だから説得力に欠ける取って付けたような結びになった」と考えると腑に落ちます。

記事には「『市場価値』が独走止める」との見出しも付いています。しかし記事を最後まで読んでも「『市場価値』が独走止める」と納得できる話は出てきません。「結論部分に説得力を持たせるためには、どんな構成にすればよいのか」を十分に考えて企画記事を書く習慣を付けてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190215&ng=DGKKZO41294930U9A210C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載の責任者を阿部哲也氏だと推定し、同氏への評価を暫定でDとする。

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