2019年2月2日土曜日

ご都合主義的な説明目立つ日経1面「ヘッジファンドの黄昏」

2日の日本経済新聞朝刊1面トップを飾った「ヘッジファンドの黄昏 昨年10年ぶり残高減~金融緩和が影響 リスク膨張続く」という記事はツッコミどころが多かった。ご都合主義的なデータの見せ方で「ヘッジファンドの黄昏」を描こうとしているが、かなり無理がある。
玄海エネルギーパーク観賞用温室(佐賀県玄海町)
          ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら問題点を指摘したい。

【日経の記事】

「リーマン・ブラザーズと共通点がある」。米著名投資家デイビッド・アインホーン氏率いるヘッジファンド、グリーンライト・キャピタルが昨年、狙いをつけたのが電気自動車のテスラ株だ。

アインホーン氏は08年、破綻前のリーマンの財務に疑義を持ち空売りで成功した「ショートの名手」。追随も相次ぎテスラの空売りポジションは一時、約140億ドル(約1兆5千億円)に膨らんだ。だが、株価はイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)による株式非公開化のツイートを巡り乱高下はしたが年間では横ばい圏で推移。空売り勢は利益を上げられなかった

結局、全てを覆い隠したのがカネ余り。特に10月まではテクノロジー株全般に資金が流れ込み、テスラ株も持ち上げた。グリーンライトは18年、マイナス34%という設立以来最悪の運用成績に沈んだ。


◎利益上げられるのでは?

株価はイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)による株式非公開化のツイートを巡り乱高下はしたが年間では横ばい圏で推移。空売り勢は利益を上げられなかった」という説明が引っかかる。「乱高下」したのであれば「年間では横ばい圏で推移」としても「利益を上げ」る機会は十分にある。「空売り」→「株式非公開化のツイートを巡り」株価が急落→買い戻し→株価が上昇し元の水準に--という流れで利益が得られるはずだ。

そうなるとは限らない。だが、「乱高下はしたが年間では横ばい圏で推移」したことは「空売り勢」が「利益を上げられなかった」理由の説明にはなっていない。

グリーンライトは18年、マイナス34%という設立以来最悪の運用成績に沈んだ」という部分も引っかかる。「乱高下」した中の安値で「空売り」して高値で買い戻せば「最悪の運用成績」になるかもしれないが、それはタイミングが悪かった場合だ。記事からは、「年間では横ばい圏で推移」すると「空売り勢」の「運用成績」が必然的に悪化するような印象を受ける。

さらに記事を見ていこう。

【日経の記事】

全世界で約350兆円を運用し約1万あるヘッジファンド。投資戦略は様々だが、源流はリスクに備え下落時の損失を回避(ヘッジ)する投資法にある。株や債券など多様な金融商品の「買い」だけでなく「空売り」を組み合わせ、下げ相場でも絶対収益の確保を狙う。1990年代初頭、英中銀を向こうに回しポンドを売り浴びせ巨利を得たソロス氏や、リーマン・ショック時にサブプライム住宅ローン担保証券(MBS)の空売りで大もうけしたポールソン氏が代表例だ



◎説明の仕方が…

上記の説明だと「ソロス氏」や「ポールソン氏」が「ヘッジファンド」になってしまう。「ヘッジファンド」に関して「AやBが代表例だ」と書くのならば「AやB」にはファンド名を持ってきた方が自然だ。
小石川後楽園(東京都文京区)※写真と本文は無関係です

ついでに言うと「米著名投資家デイビッド・アインホーン氏」とフルネーム表記している人物がいる一方で「ソロス氏」や「ポールソン氏」は初出でもフルネームにしていない。統一した方が好ましい。

【日経の記事】

00年代初めまで年20~30%の高リターンを上げ、世界の金融市場で存在感を高めてきたヘッジファンドに08年、転機が訪れる。金融危機だ。その前後で運用成績や規模拡大のペースは明らかに異なる。市場の混乱自体は下げ局面でも収益機会を狙うヘッジファンドにとってむしろ好機。残高こそ価格下落を反映し一旦減ったが、ポールソン・ファンドのように火事場で稼いだファンドも多かった。

真の「危機」は危機後に訪れる。日米欧の中銀がばらまいた1千兆円以上の緩和マネーが原因だ。債券バブルで資産価格の底割れを防ぎ、世界の株式時価総額は08年末比で2倍以上になった。誰もが勝てる「適温相場」でパッシブ運用(総合2面きょうのことば)が勢いを増す。市場丸ごとを売買する彼らの膨張は、個々の企業の割高・割安の判断を利きにくくした。


◎「真の危機」訪れてる?

真の『危機』は危機後に訪れる」と言うが、どうも怪しい。「世界の株式時価総額は08年末比で2倍以上になった」一方で、「ヘッジファンド」の「運用資産」が大きく目減りしたのならば「危機」かもしれない。しかし記事に付けた「運用資産」のグラフを見ると、「ヘッジファンド」のそれも「08年末比で2倍以上」になっているように見える。

グラフでは1990~2007年が「年率10%増」で08年以降が「年率5%増」なので「金融危機の前と後で断層」と説明している。しかし、全体の規模が大きくなれば成長率が低下するのは当然だ。

グラフを素直に見れば「08年に一時的に落ち込んだものの、1990年から2017年まで成長を維持してきた」と理解したくなる。「運用資産」から判断すれば「真の『危機』」には程遠い。

今回の記事では「運用資産」の残高が「昨年10年ぶり残高減」となったことを受けて「ヘッジファンドの黄昏」と打ち出す一方で「誰もが勝てる『適温相場』でパッシブ運用が勢いを増す」と解説している。これも苦しい。

総合2面きょうのことば」に付けたグラフを見ると「パッシブ運用の残高」は18年に「10年ぶり残高減」となったようだ。「パッシブ運用」も「ヘッジファンド」も米国株の相場下落などを背景に18年は「残高減」になっただけではないかと思える。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

「『2の20』に値せず」――。「預かり資産の2%の手数料」と「もうけの20%の成功報酬」が業界標準だった高額報酬も値引きを迫られ、大衆化が進む。かくして顧客として影響力を増したのが年金マネーだ。彼らが求める取引の高い透明性や開示体制に手足を縛られ、コスト増がリターンを削る悪循環に陥った



◎リターンが向上しそうだが…

ここで言う「リターン」とは「手数料を引かれた後に残る顧客の利益」だとしよう。だとすればヘッジファンド側の「高額報酬」に関する「値引き」は「リターン」を底上げする効果が見込める。しかし、なぜか「コスト増がリターンを削る悪循環に陥った」らしい。ヘッジファンド側の「コスト」が増えても、手数料は「値引き」されるとすれば、「顧客」の「リターンを削る悪循環」にはなりにくい。
田島神社(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係です

推測だが「コスト増がヘッジファンドの利益を削る悪循環に陥った」と言いたかったのではないか。

付け加えると、「悪循環」と言っているのに「コスト増→リターン悪化→コスト増」という「循環」が見えてこないのも気になる。

記事の終盤を見ていこう。

【日経の記事】

「ヘッジファンド全体が輝いていた時代は終わった」(野村ファンド・リサーチ・アンド・テクノロジーの八木浩樹氏)。だが、勝ち組もいる。ブリッジウオーターやツーシグマ、シタデルなどは主力ファンドが18年に10%前後の高リターンを上げた。

いずれも自前でスーパーコンピューターを抱える一線級のAIファンドだ。しかもトップ2社が上位20社の利益の半分をたたき出す「勝者総取り」。昨年一度ならず発生した、価格変動が増幅され一方向に雪崩を打つ動きの背景に彼らの集中売買が透ける。


◎「勝者総取り」になってる?

まず「トップ2社が上位20社の利益の半分をたたき出す『勝者総取り』」という説明が苦しい。「トップ1社が上位20社の利益の9割以上をたたき出す」のならば、まだ分かる。「2社」で「半分」でも「勝者総取り」なのか。

記事では「ブリッジウオーターやツーシグマ、シタデル」を「勝ち組」としている。「勝者総取り」の「勝者」は「2社」しかいないはずだが、なぜか3社以上の「勝ち組」がいるようだ。「勝ち組」は「勝者」には入らないのか。

記事の結論部分にも注文を付けておこう。

【日経の記事】

顧客に資金を返し閉鎖するファンドも多い。一時は1兆6千億円超を運用したイートン・パークもその一つ。27歳でゴールドマン・サックスのパートナーだった経歴を持つ創業者、ミンディック氏は金融市場から姿を消し対戦型ゲームの腕前を競い合うeスポーツに資金を投じている。

独自の判断に基づき、リスクをとって売買するヘッジファンドは金融市場の価格発見機能の担い手でもある。米エンロン事件では不正会計を暴き、金融危機時には無価値な証券化商品バブルをいち早く見抜いて利益を上げた。緩和マネーが未曽有の水準に膨らんだ今、警告役不在の金融市場でリスクのマグマがたまり続ける。



◎「警告役不在」と言える?

まず「ミンディック氏」は初出をフルネームにした方がいい。

緩和マネーが未曽有の水準に膨らんだ今、警告役不在の金融市場でリスクのマグマがたまり続ける」という結びも無理がある。既に述べたように「ヘッジファンド」の「運用資産」は「08年末比で2倍以上」になっている。記事に付けたグラフによれば「ファンド数」も「頭打ち」にはなっているが、一定の水準を維持している。さらに言えばアクティブ運用をしているのは「ヘッジファンド」だけではない。

なのになぜ「警告役不在」となるのか。


※今回取り上げた記事「ヘッジファンドの黄昏 昨年10年ぶり残高減~金融緩和が影響 リスク膨張続く
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190202&ng=DGKKZO40814720R00C19A2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。山下晃記者への評価はDを維持する。松本裕子記者への評価はDで確定とする。


※山下記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

説明が不可解 日経「米ファンド、サムスンに会社分割提案」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_7.html


※松本記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「超低金利 揺れる企業年金」の苦しい内容
https://kagehidehiko.blogspot.com/2015/06/blog-post_21.html

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