2018年9月28日金曜日

農産物の「自由貿易」は望まない日経 藤井彰夫編集委員の矛盾

日本経済新聞は「自由貿易」の重要性を説くのが好きだ。しかし、実際には「自由貿易」の実現など望んでいないのだろう。28日の朝刊1面に藤井彰夫編集委員が書いた「日本は複眼の通商戦略を」という解説記事を読むと、そう思える。
グラバー園(長崎市)※写真と本文は無関係です

記事の最初の方を見ていこう。

【日経の記事】

反グローバル主義を公然と唱え、同盟国に安全保障を理由に高関税をかけようとする米大統領。関税引き上げ合戦を繰り広げる米中という世界第1と第2の経済大国。数年前は考えられなかった出来事が1年足らずで次々と現実となった。

「貿易戦争」を憂えてばかりいてもしかたがない。日本は新たな現実を見据え、したたかな戦略を描くときだ

日米首脳は26日、新貿易交渉入りで合意した。日本としては「自動車への追加関税の発動猶予」「農産物関税下げは環太平洋経済連携協定(TPP)の水準まで」という確認をしたことで、最悪の事態は回避した


◎農産物の「自由貿易」は回避したい?

農産物関税下げ」が「環太平洋経済連携協定(TPP)の水準」を超えるのは「最悪の事態」だと藤井編集委員は認識しているようだ。これは解せない。「自由貿易」が大事と訴えるならば「農産物関税下げ」と言わずに関税撤廃を求めるのが筋だ。

ついでに言うと「同盟国に安全保障を理由に高関税をかけようとする米大統領」という表現も引っかかる。まだ「高関税」をかけてはいないとも取れるが、鉄鋼とアルミニウムではすでに「同盟国に安全保障を理由に高関税をかけ」ているはずだ。読者に誤解を与える書き方と言える。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

米国のTPP復帰が最善だが、トランプ氏の翻意は絶望的だ。ならば危機管理としての2国間協議はやむを得ない

問題はその先だ。米国が求めるのは2国間の赤字削減の成果。韓国やメキシコとの交渉でも数量規制など管理貿易の手法をいとわなかった。日米協議では将来に禍根を残すような管理貿易は何としても回避すべきだ



◎どんな「戦略」を描くべき?

日本は新たな現実を見据え、したたかな戦略を描くときだ」と藤井編集委員は言う。そして「2国間協議はやむを得ない」「問題はその先」「日米協議では将来に禍根を残すような管理貿易は何としても回避すべきだ」と続ける。

しかし、具体的にどんな「戦略を描く」べきかは教えてくれない。藤井編集委員にも策はないのだろう。それで「したたかな戦略を描くときだ」と訴えても説得力はない。

将来に禍根を残すような管理貿易は何としても回避すべきだ」という書き方も引っかかる。「将来に禍根を残さない管理貿易ならば容認できる」との含みがあるのか。それとも「管理貿易は将来に禍根を残すから回避すべきだ」との趣旨なのか。この辺りは明確に書いてほしかった。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

日米問題が一段落しても、世界を覆う貿易戦争の懸念が晴れるわけではない。時代錯誤にみえるトランプ氏の言動に惑わされがちだが、通商摩擦は世界経済の新たな現実を反映する面もある。

自由貿易、グローバル経済のいいとこ取りをしながら経済大国になった中国。国家資本主義で突き進む中国が、第4次産業革命で優位に立ち、米国の経済覇権を脅かすのではないか。こうした危機感はトランプ氏だけでなく、米議会、有識者にも共有され始めている。

米中の経済冷戦が激しくなれば、グローバルサプライチェーンが破壊され、日本企業にも悪影響は及ぶ。日本は、米中摩擦を多国間による解決に導く貢献をすべきだ。



◎今はまだ「経済冷戦」?

米中の経済冷戦」という表現が引っかかる。「関税引き上げ合戦を繰り広げる米中」と藤井編集委員は書いていた。なのに「経済冷戦」なのか。だとすれば「貿易戦争(あるいは経済戦争)」における“武力行使”とは何を指すのか。既に「熱い経済戦争」ではないのか。

「本当の武力行使ではないから『経済冷戦』」と言うのならば、「貿易戦争」は常に「冷戦」になってしまう。上記のくだりでは、普通に「米中の貿易戦争が激しくなれば」と書けば済む気がする。

世界を覆う貿易戦争の懸念が晴れるわけではない」とも書いているので、藤井編集委員は「まだ貿易戦争にはなっていない」と判断しているのかもしれないが…。

記事の終盤にも注文を付けておく。

【日経の記事】

中国の知的財産権侵害やデジタル保護主義への懸念は日欧も共有している。25日に日米欧の通商閣僚が、中国を念頭に世界貿易機関(WTO)改革で合意したのは重要な一歩だ。

安倍晋三首相は国連演説で自由貿易を守る旗手になると宣言した。それには機能する多国間の枠組みが重要だ。米国とうまくつきあいながら、自由な多国間主義を守る。日本には複眼志向の通商戦略が欠かせない。



◎矛盾してない?

自由貿易を守る旗手になる」には「機能する多国間の枠組みが重要だ」と藤井編集委員は訴える。そもそも「自由貿易」は実現していないので「守る」も何もないと思うが、取りあえず「自由貿易を守る」には「自由な多国間主義を守る」べきだとしよう。

ところが「危機管理としての2国間協議はやむを得ない」とも書いている。ならば「多国間主義」は捨てたと考えるべきだ(「自由な」が何を意味するのかはよく分からないが…)。

そもそも日本は2002年にシンガポールとEPA(経済連携協定)を締結するなど、「多国間主義」にはこだわっていない。「日本は複眼の通商戦略を」と見出しにも取っているが「二国間と多国間の『複眼』で通商戦略を」という趣旨なら、ずっと前からそうしているのではないか。


※今回取り上げた記事「日本は複眼の通商戦略を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180928&ng=DGKKZO35857800Y8A920C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。藤井彰夫編集委員への評価もCを据え置く。藤井編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

現状は「自由貿易体制」? 日経 藤井彰夫編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html

北欧訪問の意味がない日経 藤井彰夫論説委員「中外時評」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_12.html

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