2017年6月16日金曜日

「コストじゃない」のに「覚悟」要る? 日経「共育社会をつくる」

16日の日本経済新聞朝刊1面に載った「共育社会をつくる(下)育児支援 コストじゃない 『未来への投資』議論を」には疑問が残った。「コストじゃない」のならば「育児支援」に遠慮なく資金をつぎ込めばよさそうなものだ。しかし記事では、なぜか「将来の果実のため、皆で目の前の痛みを分かち合う」覚悟を求めている。これは解せない。
久留米シティプラザ(福岡県久留米市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の終盤では以下のように書いている。

【日経の記事】

待機児童解消は5兆円以上の経済効果――。野村総合研究所は試算する。働く保護者が増え消費を喚起する。そのために89万人分の保育サービスが必要だ。「整備に1.4兆円かかるが見返りは十分ある。子育て支援はコストではなく有望な投資だ」と梅屋真一郎・制度戦略研究室長はみる。

問題は財源の捻出だ。社会保障の膨張を許せば、国の借金を増やすか、企業や働く人の負担をただ増やすかになる。まずは再配分の見直しをしないと、経済を目詰まりさせかねない

14年度の社会支出は117兆円。高齢者向けが47%で、家族向けは5.6%。安倍首相はこども保険導入を訴える小泉議員に語った。「高齢者に偏るお金の使い方を変えていかねば」

将来の果実のため、皆で目の前の痛みを分かち合う。その覚悟こそが、次世代への贈り物になる

◇   ◇   ◇

待機児童解消は5兆円以上の経済効果」があり、「子育て支援はコストではなく有望な投資だ」と仮定しよう。その場合、投資をためらう理由があるだろうか。例えば国債発行で財源を確保してでも、投資すればよいではないか。
有朋の里泗水・孔子公園(熊本県菊池市)
          ※写真と本文は無関係です

社会保障の膨張を許せば、国の借金を増やすか、企業や働く人の負担をただ増やすかになる」とは考えにくい。「5兆円以上の経済効果」がすぐに出るので、所得税や法人税などの税収が増えて、むしろ国の借金を減らしてくれるはずだ。そうでないのならば「子育て支援はコストではなく有望な投資だ」という前提が怪しくなる。

今回の連載の最後には「武類祥子、石塚由紀夫、嘉悦健太、天野由輝子、重田俊介、福山絵里子、矢崎日子、田村匠が担当しました」と出ていた。この取材班のメンバーは、現実には「子育て支援はコスト」だと感じているのではないか。でなければ「将来の果実のため、皆で目の前の痛みを分かち合う。その覚悟こそが、次世代への贈り物になる」との結論は導かないはずだ。

ついでに言うと「14年度の社会支出は117兆円。高齢者向けが47%で、家族向けは5.6%」というデータから、財政支出が高齢者に偏っていると判断するのは無理がある。年金などで高齢者向けの支出が多くなるのは当然だ。国際比較をする場合でも、高齢化の進行具合を考慮する必要がある。「高齢者向けが47%で、家族向けは5.6%」という数字を根拠として、「家族向けの支出が少なすぎる(高齢者向けが多すぎる)」との印象を与える書き方をするのは感心しない。

また、待機児童と就業者数の関係にも触れておきたい。記事では「待機児童解消」で「働く保護者が増え消費を喚起する」との前提に立っているが、そうなるとは言い切れない。取材班のメンバーには「原因と結果の経済学」という本で紹介している以下の研究結果も知っておいてほしい。

【「原因と結果の経済学」の引用】

「保育園落ちた日本死ね!」というフレーズが2016年にユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。子どもが保育園に入ることができず、仕事をやめざるを得なかった母親の本音は、待機児童問題の深刻さを浮き彫りにした。このフレーズが注目されたことは、政府が保育所に関する規制を緩和する緊急対策のきっかけになった。

しかし、認可保育所を増加させることが、母親の就業を増加させるかどうかは慎重に検討する必要がある。なぜなら、ノルウェー、フランス、アメリカなどでは、認可保育所の整備にもかかわらず、母親の就業は増加しなかったと報告されているからだ。

ここでも保育所と母親の就業の関係が、因果関係なのか相関関係なのかをよく考える必要がある。「保育所があるから母親が就業する」(因果関係)のか、「就業する母親が多いほど、保育所が多い(相関関係)だけなのか、どちらだろうか。

この問題に取り組んだのが、東京大学の朝井友紀子、一橋大学の神林龍、マクマスター大学の山口慎太郎である。朝井らは、1990年から2010年にかけての、日本の県別の保育所定員率と母親の就業率のデータを用いて、差の差分析を行った。1つ目の差は、1990年から2010年にかけての各都道府県の母親の就業率の差であり、2つ目の差は、県別の保育所定員率が増加した都道府県(介入群)と、まったく、あるいはほとんど増加しなかった都道府県(対照群)の母親の就業率の差である。この2つの「差」を取ることで、保育所定員率の増加が母親の就業率の増加に与える因果関係を推定したのである。

朝井らの分析結果は、「保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」という驚くべきものだった。この理由として、認可保育所が、私的な保育サービス(祖父母やベビーシッター、あるいは認可外保育所など)を代替するだけになってしまった可能性が指摘されている。もともと就業意欲の高かった女性は、こうした私的な保育サービスを利用しながら就業を継続していた。そのため、認可保育所の定員の増加は、彼女たちに私的な保育サービスから公的な保育サービスへの乗り換えを促しただけで、これまで就業していなかった女性の就業を促したわけではなかった。

◇   ◇   ◇

保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」という分析が正しければ、「待機児童解消は5兆円以上の経済効果」という試算の前提が崩れ、「子育て支援はコスト」となる。その場合は日経の記事が言うように「(待機児童解消のために)社会保障の膨張を許せば、国の借金を増やすか、企業や働く人の負担をただ増やすかになる」。「育児支援コストじゃない」と読者に訴えるのが本当に正しいのかどうか、取材班のメンバーにはもう一度よく考えてほしい。


※今回取り上げた記事「共育社会をつくる(下)育児支援 コストじゃない 『未来への投資』議論を
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170616&ng=DGKKZO17740170W7A610C1MM8000


※連載全体の評価はC(平均的)。連載の責任者と推定される武類祥子氏への評価(従来は暫定でC)はCで確定とする。同氏に関しては以下の投稿も参照してほしい

「日経 武類祥子次長『女性活躍はウソですか』への疑問」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_79.html

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