2016年8月24日水曜日

現状維持バイアスを「独自に解釈」 週刊エコノミストの回答

現状維持バイアス」という言葉に聞き覚えはあるだろうか。「大きな状況変化ではない限り、現状維持を望むバイアス。未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状は現状のままでいたいとする心理作用のこと」(はてなキーワード)というのが一般的な解釈だろう。ところが、週刊エコノミスト8月30日号で経済コラムニストの大江英樹オフィス・リベルタス代表は奇妙な解説をしていた。大江氏によると、現状維持バイアスが働くために慌てて「現状を変更」してしまう場合もあるらしい。
立花氏庭園 西洋館(福岡県柳川市)
          ※写真と本文は無関係です

週刊エコノミストへの問い合わせと、その回答を続けて紹介したい。

【エコノミストへの問い合わせ】

8月30日号の「Economist Report 老後資金は大丈夫? 人間は感情に支配されやすい 自分を過信せず、“仕組み”作れ」という記事についてお尋ねします。記事では「現状維持バイアス」に関して以下のように説明しています。

「一方で、今と同じ状態がこの先もずっと続くと思う『現状維持バイアス』もある。企業の本質的な価値の低下ではなく、外部要因で一時的に株価が下がっていたとしても慌てて売ってしまう」

これを読んで「現状維持バイアスが働いているのであれば、株式保有という現状を維持するはずではないか」との疑問が湧きました。「行動経済学入門」という本の中で、著者のリチャード・セイラー氏は「現状維持バイアス」について、こう書いています。「人は現状のままでいたいという強い願望を持っている。それは現状を変えることの不利益のほうが利益よりも大きいと思えるからである。サミュエルソン=ゼックハウザーは、損失回避の一例として、彼らが『現状維持バイアス』と名付けたこのような効果を実証した」。

株価が下がったA社の株主について言えば、明らかに将来性がなくなっていると思えるような状況でも、なぜかA社株を手放そうとしないのが「現状維持バイアス」に相当するはずです。市場環境の変化に応じて「慌てて売る」という行動に出た場合、「現状維持」ではなく「現状変更」になってしまいます。

この記事を担当した大江英樹オフィス・リベルタス代表は「現在の状況が将来も続くと見通すこと」を「現状維持バイアス」と捉えているのでしょう。しかし、行動経済学で言う「現状維持バイアス」とは、「合理性を欠いていても、とにかく今の状態を維持したい」という傾向を指していると思えます。

記事の記述は「現状維持バイアス」を正しく説明できていないと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


【エコノミストからの回答】

お問い合わせくださり、ありがとうございます。

大江氏からの以下の回答にあるように、独自の解釈としての「現状維持バイアス」であり、記事の記述に問題はないと判断します。

ただ、疑問が生じたことについては、より言葉を尽くした方がよかったかと受け止めております。今後の編集に生かさせていただきます。

***

現状維持バイアスの一般的な解釈はおっしゃる通りです。

変えた方がいいか、それとも変えない方がいいかという意思決定にあたって、変えることによって不利益が生じることを恐れるあまり厳密に考えることなく現状維持を望みがちになるというバイアスが本来の「現状維持バイアス」です。

この理由はカーネマン氏のプロスペクト理論の基本である「損失回避」傾向がもたらすバイアスだと考えられます。

私はそれに加えて市場変化における現象面から独自の解釈を持っています。

つまり自分がどうするかという意思決定ではなくて、市場や環境がどうなるかという予測においても現状維持バイアスが存在しているのではないかということです。

過去40年以上に亘って市場を見ていると、上がり始めるとそのスピードが速ければ速いほど、上昇しているという現状の状態がこのままずっと続くと思いがちになる。これもバイアスの一つだと思いますし、そればバブルを生み出す原因にもなっていると考えています。

同じように何らかのショックで株価が大きく下落すると、ずっと下がり続けるのではないかという恐怖心がもたらす心理的なバイアスによって本源的な株式価値とは関係なく焦って売却してしまうという行動も起こりやすくなります。

いわゆる市場における「セリング・クライマックス」と呼ばれる現象ですね。

こういう心理的バイアスについては特に株式市場においては頻繁に起こることであり、かつそれが必ずしも合理的な判断をもたらさないことが多いことから私なりの解釈でこれもまた別な意味での「現状維持バイアス」と考えている次第です。

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大江氏の説明に説得力があるかどうかは、読んでもらえればすぐに分かるので、ここで論評はしない。ただ、説明責任を果たしている点は評価したい。問い合わせを送ったのは、週刊エコノミストや大江氏を責めるためではない。より良い雑誌を作ってもらうためだ。「疑問が生じたことについては、より言葉を尽くした方がよかったかと受け止めております。今後の編集に生かさせていただきます」との言葉に希望を見出したい。

※記事の評価はD(問題あり)。大江英樹氏への評価も暫定でDとする。

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