人々の自由な選択の結果としての「人口減少」は放置でいい。個人的にはそう考えているが、日本経済新聞の大林尚編集委員は逆の立場のようだ。4日の朝刊オピニオン1面に載った「核心~今年は島根県を失うのか」という記事を見ながら、大林編集委員の主張にツッコミを入れていきたい。
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【日経の記事】
人口減少は成長を阻み、税収を衰えさせる。ぴかぴかの道路を維持しても走る車の数は先細りだ。過疎地では、すでにそれが現実になった。
2021年の人口動態統計速報によると、外国人を含む出生数は戦後最少の約84万2900人だった。死亡数は最多の145万2300人。1年間の減少数はおよそ61万人だ。これは、鳥取県の人口55万人をゆうに上回る。たとえれば今年は島根県(67万人)や高知県(69万人)が消失してしまうかもしれない。
日本中がコロナ禍という眼前の有事に目を奪われている間に、人口減少は勢いを増した。コロナが出生減に輪をかけた面もある。この静かなる有事への覚悟と備えを新たにするときだ。
国を挙げて出生数を反転増加に導く長期計画を定め、粘り強く対策を繰り出す必要がある。もとより出産適齢の女性が急減しており、道は平たんではない。だが出生動向基本調査(15年)は、夫婦の平均的な理想子供数と予定子供数がともに2人を上回っていることを示している。対策が的を射れば反転の可能性は残されているとみてよかろう。
◎成長が目的で人口増加が手段?
「人口減少は成長を阻み、税収を衰えさせる」「国を挙げて出生数を反転増加に導く長期計画を定め、粘り強く対策を繰り出す必要がある」と大林編集委員は訴える。「人口減少」を危機と捉える人にありがちな考え方だ。
経済は「成長」しなければならないし「税収」が減るのも困る。なので「人口減少」を食い止めようという発想だ。ここに同意できない。「人口減少」が当たり前の社会で「成長」はそれほど重要ではない。「税収」が減っても問題ない。
単純化するためにコメだけを生産している社会を考えよう。今は人口に合わせて1億人分のコメを作っている。人口が5000万人に減った時もコメの生産量は維持すべきなのか。1人当たりの消費量を2倍にする意味があるのか。コメの生産量も基本的に半分でいい。結果としてGDPも半分になる。だが大きな問題はない。
上記のくだりの前の部分で「ない袖を振り続ければ、いずれ財政破綻の憂き目に遭う」と大林編集委員は心配していた。円という不換通貨を採用しているのだから、自治体は別として政府が「財政破綻の憂き目に遭う」心配は要らない。労働力などの制約はあるので、いくらでも「ぴかぴかの道路を維持」できる訳ではない。ただ、人口が減るのだから「維持」する「道路」は減らしていい。
今回の記事では「今年は島根県を失うのか」という見出しを付けている。「そう考えると人口減少は大変な問題でしょ」と大林編集委員は言いたいのだろう。そこも同意しない。
日本の適正人口を1000万人程度と見ている。実現した時には関東と関西を除くとほとんど人が住んでいないといった状況になるだろう。それでいい。そうなれば「ぴかぴかの道路を維持」するのは主要幹線道路だけで良くなる。環境への負荷が減るなどのプラス面も多い。
では、「人口減少」を食い止めるべきと訴える大林編集委員に具体策はあるのだろうか。そこも見ていこう。
【日経の記事】
20年国勢調査では、50歳までに一度も結婚しない人の割合は男性26%、女性16%。上昇基調はともに不変だ。こうしてみると、結婚しやすい環境の再構築とともに、法律婚に至らない男女も気兼ねせず子供を産める新たな規範の醸成が大切になってこよう。
婚外子比率が高いスウェーデン、フランス、英国の3カ国は子育て環境がそれぞれに整っており、出生率が日本より高い。子供は法律婚の夫婦がもつものだという意識を薄め、新たな規範を醸成するには、将来をじっくり構想する長期思考が不可欠だ。
すぐに成果を出すよう求められることが多い現代にあって私たちは短期思考に陥りがちだ。だが人口戦略は50年、100年の計である。
英国の総人口は日本の半分程度だが、出生督励と移民政策の奏功で今世紀後半に8千万人を超え、日本を逆転する可能性が濃厚だ。そのとき日本の道路はぼろぼろかもしれない。英国に限らず多くの国が長期思考の人口戦略を有する。静かなる有事にどう立ち向かうのか。与野党の指導者には、ぜひ考えてほしい。
◎具体策はなし?
「結婚しやすい環境の再構築とともに、法律婚に至らない男女も気兼ねせず子供を産める新たな規範の醸成が大切になってこよう」と書いているだけで具体策はない。だったら「人口減少」を避けられないものと認めて対策を考えた方が良いのではないか。
「婚外子比率が高いスウェーデン、フランス、英国の3カ国は子育て環境がそれぞれに整っており、出生率が日本より高い」という説明にも注文を付けておきたい。
記事を読むと「婚外子比率」を上げれば「出生率」を高められると感じてしまう。しかし、そうはならないだろう。まず相関関係があるのか疑問だ。
なぜ「スウェーデン、フランス、英国」を取り出したのか。世界全体で見て「婚外子比率」と「出生率」に正の相関関係があるのならば、そのデータを示せば済む。しかし3カ国だけを取り上げている。どうも怪しい。
ノルウェーも「婚外子比率」は高いようだが、大林編集委員は言及していない。「出生率」が低いからだろう。「子育て環境」で「スウェーデン」と大差があるとも思えない。OECD加盟国に限っても、「婚外子比率」が低いのに「出生率」は高いイスラエルやトルコのような国がある。
「婚外子比率」の向上によって「出生率」を本当に回復させられるだろうか。そこも大林編集委員には「ぜひ考えてほしい」。「与野党の指導者」に「人口戦略」を求める前に大林編集委員自身がやるべきことがあるはずだ。
※今回取り上げた記事「核心~今年は島根県を失うのか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220404&ng=DGKKZO59627880R00C22A4TCS000
※記事の評価はD(問題あり)。大林尚編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。
年金70歳支給開始を「コペルニクス的転換」と日経 大林尚上級論説委員は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/70.html
「オンライン診療、恒久化の議論迷走」を描けていない日経 大林尚編集委員「真相深層」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post_21.html
「財政破綻はある日突然」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」に見える根拠なき信仰https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_28.html
日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html
日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html
日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html
なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html
単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html
日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html
日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html
日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html
まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html
「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html
「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html
過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html
年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html
今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html
日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/100.html
株安でも「根拠なき楽観」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_20.html
日経 大林尚上級論説委員の「核心~桜を見る会と規制改革」に見える問題
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_25.html
2020年も苦しい日経 大林尚上級論説委員「核心~選挙巧者のボリスノミクス」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/2020.html
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