2022年4月11日月曜日

「デフレだと経済成長はほぼ無理」と誤解した中野剛志氏「奇跡の経済教室~大論争編」

評論家の中野剛志氏が書いた「奇跡の経済教室~大論争編」という本の内容には大筋で合意できる。しかし「デフレ」に関する誤解が今回も目に付いた。そこを見ていきたい。

宮島

【「奇跡の経済教室~大論争編」の引用】

もっともインフレにも、2種類あります。

消費や投資が旺盛になり、「需要>供給」になるようなインフレは、「デマンドプル・インフレ」と呼ばれます。これは、経済成長を促すインフレです。

これに対して、石油危機によるエネルギー価格の上昇、凶作による食糧価格の上昇、自然災害や最近のコロナ禍のような疫病のせいで生産や流通が滞ることで起きる物価高など、供給側が制約されることによるインフレもあります。これは「コストプッシュ・インフレ」と呼ばれます。

ちなみに、財政赤字との関連で問題になるインフレとは、「デマンドプル・インフレ」の方になります。

ですから、この後の議論で「インフレ」と言った場合は、特段の断りがない限り、「デマンドプル・インフレ」のことだと考えてください。なお「コストプッシュ・インフレ」の問題については、第5章で改めて論じます。

次に、デフレとは何かについて考えてみましょう。

デフレは、インフレとは反対に「需要<供給」の状態ですから、モノを作っても売れない状態です。当然景気が悪い。


◎なぜデフレは1種類?

インフレ」には「2種類」あると中野氏は言う。しかし「デフレ」ではこうした分類をしていない。そこが解せない。

コストプッシュ・インフレ」があるのならば「コストダウン・デフレ」も考えられる。需給が均衡していて物価上昇率がほぼゼロの時に原油価格が大きく下がって「コストダウン・デフレ」が起きたとしよう。原油安は日本経済に明らかなプラスだ。そして「需要<供給」とはなっていないのに「コストダウン」を反映する形で物価が下がり「デフレ」となる。

これの何が問題なのか。「インフレ」を「2種類」に分けるのならば「デフレ」も同じように考えた方がいい。

続きを見ていこう。


【「奇跡の経済教室~大論争編」の引用】

したがって、デフレの状態では経済成長は、ほとんど望めなくなります。

ちなみに、1930年代に起きた「世界恐慌」は、極端なデフレでした。


◎デフレだと成長できない?

デフレの状態では経済成長は、ほとんど望めなく」なるのだろうか。2015年3月20日付の「デフレと経済成長率、関連性薄い=BIS」というロイターの記事では「国際決済銀行(BIS)は18日公表した調査報告書で、デフレと経済成長率の関連性は薄いとの見方を示した」と伝えている。中野氏の説明と完全に食い違う。

中身をもう少し見てみよう。


【ロイターの記事】

38の経済を1870年までさかのぼって調査した結果、デフレは全期間の約18%で発生したことが明らかになったが、経済成長率が大きく低下したのは1930年代初頭に米国で起こった大恐慌の時だけだったという。デフレが債務問題の悪化につながったという証拠はないとも指摘した。

多くの中銀は利下げを正当化するために、デフレが景気に深刻な打撃を与えるとの主張を展開しているが、こういった見解に疑問を投げかけた格好となった。

報告書は、デフレが続いた日本経済について、人口の伸び悩みと急速な高齢化が経済成長の重しになったと分析。デフレと経済成長の関係を分析する際には、人口要因を考慮する必要があるとしている

報告書によると、日本の実質国内総生産(GDP)は人口1人当たりのベースでは、2000─13年の累計で10%成長。労働人口1人当たりでは累計20%の成長を記録したという。米国はそれぞれ約12%、約11%だった。


◎例外を重く見てない?

経済成長率が大きく低下したのは1930年代初頭に米国で起こった大恐慌の時だけだった」とロイターの記事は伝えている。「1930年代に起きた『世界恐慌』は、極端なデフレ」との中野氏の説明と矛盾はない。ただ、中野氏は例外を重く見て「デフレの状態では経済成長は、ほとんど望めなくな」ると誤解したのではないのか。

奇跡の経済教室~大論争編」に戻ろう。


【「奇跡の経済教室~大論争編」の引用】

デフレについては、こういう言い方もできます。

デフレとは、物価が継続的に下落することです。これは、裏を返すと、貨幣の価値が継続的に上昇するということになります。

貨幣の価値が上がっていくならば、人々は、モノよりカネを欲しがるようになるでしょう。消費者は、モノを買わないで、カネを貯め込むでしょう。企業は、投資をしないで、貯蓄(内部留保)を増やすでしょう。カネの価値が上がっている時には、カネを使うよりも貯める方が、経済合理的だからです。


◎本当に「モノよりカネを欲しがる」?

貨幣の価値が上がっていくならば、人々は、モノよりカネを欲しがるようになる」とは限らない。これは経験的にも分かるはずだ。例えばブランド物のバッグが大好きな女性がいるとしよう。物価上昇率が1%の時には熱心にバッグを買い漁っていたのに、1%の物価下落に転じただけで「モノよりカネを欲しがるようになる」だろうか。デフレでバッグの価格が下がれば、さらに購買意欲が増す可能性もある。

人々には欲しいモノもあるし、買わなければ生活できないモノもある。「貨幣の価値が上がっていく」からと言って「モノを買わないでカネを貯め込む」とは限らない。良い例がスマホだ。「日本だけが、1998年からデフレになり、それから20年以上にわたって、デフレ脱却を果たせずにいます」と中野氏は言う。

であれば、この間にスマホが登場しても「モノよりカネを欲しがる」日本の消費者は見向きもしないはずだ。実際はどうだったか。説明するまでもない。

企業にとっても「デフレ」だからと言って「カネを使うよりも貯める方が、経済合理的」とは限らない。スマホが爆発的に普及すると見る日本人が21世紀の初めにいたら、どう考えるだろうか。「カネを使うよりも貯める方が、経済合理的」だから、スマホへの「投資」は無駄だと判断しただろうか。

企業が「投資」に踏み切るかどうかは期待リターンをどう見るかによる。物価下落率1%の「デフレ」で預金金利が1%であれば、実質ベースのリターンは2%。一方、スマホに「投資」すれば、期待リターンが10%と経営者が判断する。「投資」の方が不確実性が高いので、その分をどう見るかという問題はあるが、「デフレ」下でもスマホへの「投資」が「経済合理的」となる可能性は十分にある。


※今回取り上げた本「奇跡の経済教室~大論争編


※本の評価はD(問題あり)

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