2022年2月14日月曜日

週刊東洋経済:台湾有事での「巻き込まれ論」排除を訴えた小原凡司氏に異議あり

笹川平和財団 上席研究員の小原凡司氏は「台湾有事の際に日本は米国と共に中国と戦うべき」との考えなのだろう。週刊東洋経済2月19日号に載った「中国動態~『世論工作』で日米の分断図る中国」という記事を読むと、そう判断できる。しかし明言はしていない。「台湾有事では対中戦争もあり」との立場ならば、それを正当化する論陣を張ればいい。しかし、記事ではそこから逃げた上で「中国の世論工作」の危険性を訴えて、対中戦争やむなしへと読者を引っ張り込もうとしているように見える。

夕暮れ時の筑後川

記事の後半を見ていこう。

【東洋経済の記事】

日米両国が東シナ海および南シナ海を含むインド太平洋地域における中国の行動を抑止するということは、台湾統一を含む中国の目標の達成が阻害される可能性が高くなるということでもある。

2+2が開催された当日の中国の「環球時報」は、「われわれは特に日本に言いたい。日本が台湾海峡での介入の前哨基地として米軍に国土を明け渡すことは、人民解放軍に標的を与えるに等しい。自衛隊が直接関与すれば、より深刻な事態になることは必至である。米国に追随していることがどれだけ危険なことか、本当にわかっているのか」と牽制した。

「環球時報」が日本を名指しして警告したのは今回が初めてではない。昨年4月、米ワシントンで菅義偉首相(当時)がバイデン大統領と首脳会談を行った際には、「日本は中国に何度危害を加えたか忘れてしまったのか?」と問うた後、「日米同盟は日独伊のように、アジア太平洋の平和に致命的なダメージを与える枢軸に発展する可能性が高い」とした。さらには「ほかの問題は外交手腕などで何とかなるが、台湾問題に関われば最後には自ら身を滅ぼすぞ。関与の程度が深いほど日本が払う対価は大きくなる」と威嚇したのだ。

これら日本に対する牽制の中に、中国の対日世論工作のツボがある。それは「日本が戦争に巻き込まれる」という考え方が日本社会に残っていることである。中国は、この「巻き込まれ論」を刺激することが、日米協力の阻止につながると考えているのだ。

一方で中国は、日米による安全保障の強化が進まなかった場合にどう行動するかを語ることはない。中国は急速な軍事増強を続けており、日米が協力しなければ中国を抑止することは難しくなる。


◎「巻き込まれ論」は妥当では?

これら日本に対する牽制の中に、中国の対日世論工作のツボがある。それは『日本が戦争に巻き込まれる』という考え方が日本社会に残っていることである」と書いてあると「巻き込まれ論」は本来ならば消えるべき誤った考えのように見える。

しかし間違っているとは感じない。台湾有事で日本が対中戦争に足を踏み入れる場合「巻き込まれ」る以外の事態が想定しにくい。(1)腰が引けた米国を日本が急かして対中戦争へ(2)米国が介入を断念したので日本が単独で対中戦争へーーといった事態を小原氏は現実的にあると見ているのか。

普通に考えれば、親分の米国が対中戦争に乗り出したので子分として逆らう訳にもいかず渋々ながらも参戦というのが、ありがちなパターンだろう。これを「日本が戦争に巻き込まれる」と見るのは誤りなのか。

小原氏には以下のことを考えてほしい。


(1)台湾有事への介入は「防衛」?

中国が日本に全く攻撃を仕掛けてこない段階で、台湾を守るために米国と共に中国と戦うのは日本にとって「防衛」なのか。日本は台湾を中国の一部と認めているので、中国が台湾に侵攻しても、基本的には内戦だ。そこに日本が軍事介入するのは集団的自衛権の行使になるのか。


(2)そもそも勝てるのか?

台湾有事で親分に逆らえずに中国と戦う場合、そもそも勝てるのか。負ければ尖閣諸島を失うだけでは済まないだろう。負ける可能性も十分ありだとすれば、そんな危険な賭けに出る必要があるのか。


記事の終盤も見ておこう。


【東洋経済の記事】

中国を抑止できないと、中国は台湾統一や尖閣諸島奪取を含む目標達成のために必要と判断すれば軍事力を用いるだろう。また中国の標準、ルール、規範を国際社会に実装するために、軍事的威嚇や軍事力行使といった手法を用いるかもしれない。仮に中国のルールが国際社会に適用されれば、軍事力を含む実力による現状変更が常態化するかもしれない。実際、中国は南シナ海において、実力を用い岩礁を奪取して人工島を建設し、軍事拠点化している

日本は、中国の世論工作が日本国内の意見の対立を標的にすることを理解し、この影響を排除して議論の深化を図らねばならない


◎仮定に仮定を重ねているが…

台湾有事に際して、中国が日本を攻撃していない段階で米国と共に軍事介入することを正当化するのは、かなり難しい。そこは小原氏も気付いているのだろう。かなり頑張って「中国を抑止」すべき理由を挙げている。だが、これが苦しい。順に見ていこう。

その1。「中国は台湾統一や尖閣諸島奪取を含む目標達成のために必要と判断すれば軍事力を用いるだろう

必要と判断すれば」それは「必要」な措置を取るだろう。当たり前の話だ。

その2。「中国の標準、ルール、規範を国際社会に実装するために、軍事的威嚇や軍事力行使といった手法を用いるかもしれない

かもしれない」で良ければ、国際情勢の予測に関しては大抵のことが当てはまる。

その3。「仮に中国のルールが国際社会に適用されれば、軍事力を含む実力による現状変更が常態化するかもしれない

今度は「仮に」「適用されれば」との組み合わせで「かもしれない」を用いている。そうなる「かもしれない」が、そうならない「かもしれない」。この予測に関して議論する意味は乏しい。

実際、中国は南シナ海において、実力を用い岩礁を奪取して人工島を建設し、軍事拠点化している」との説明は少し気になる。これを「軍事力を含む実力による現状変更」と見るならば、既に「日米両国が東シナ海および南シナ海を含むインド太平洋地域における中国の行動を抑止するということ」ができていない根拠と言える。

日米同盟」には「中国を抑止」する力はないと見るべきなのか。だとすれば、日本はどういう選択をすべきか。小原氏には考えてほしい。

小原氏は「巻き込まれ論=中国の世論工作」とのイメージを醸成して「巻き込まれ論」を排除したいのだろう。だが「巻き込まれ論」には、かなりの説得力がある。

台湾有事をきっかけに対中戦争に足を踏み入れる場合、国民的な議論がないままに米国の要請に応じてなし崩し的に戦争に「巻き込まれ」ていくだろう。

国民の多くがそれを望むならば、戦争で多くの犠牲を払う選択肢もありだ。しかし、自分は台湾を守るために多くの自衛隊員が犠牲になる事態は容認できない。戦争が拡大すれば一般市民にも多数の死傷者が出る。そして中国に勝てる保証はない。

米国の属国として対中戦争に「巻き込まれ」てもいいのか。「巻き込まれ論=中国の世論工作」とレッテルを張って特定の主張を排除したりせずに「議論の深化を図らねばならない」。


※今回取り上げた記事「中国動態~『世論工作』で日米の分断図る中国


※記事の評価はD(問題あり)

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