2018年11月5日月曜日

CEO選任は「会社法で義務付け」? 日経1面連載「生産性考」

日本経済新聞朝刊1面で「生産性考」の連載が始まった。過去にも「生産性考」のタイトルで何度か連載しており、ツッコミどころの多い内容が目立った。今回もこれまでの流れを引き継いでいるようだ。取材班は「CEO」の選任が「会社法で義務付けられている」と誤解している可能性が高い。
日本橋高島屋S.C.(東京都中央区)
       ※写真と本文は無関係です

日経に送った問い合わせの内容は以下の通り。

【日経への問い合わせ】

5日の日本経済新聞朝刊1面に載った「生産性考~その先に何が(上)新たな分業 AI浸透 変わるカイシャ」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

<記事の当該部分>

「新しいメンバーに何をやってもらおうか」。求人サイト運営のアトラエに11月1日、ウェブデザイナーが中途入社した。仕事内容は社長や役員ではなくデザイナーチームが決めた。最も業務に詳しい人が判断すべきだとの考えからだ。

同社は会社法で義務付けられている取締役など以外の役職は置いていない。上司からの指示でなく自分で考えて自分で動くために、会社のすべての情報を共有する。新居佳英最高経営責任者(CEO)は「創造性が求められる時代こそ、フラットに全員で考えることが合理的だ」と話す。

--ここからが質問です。

記事の説明を信じれば「アトラエ」に「会社法で義務付けられている取締役など以外の役職」はないはずです。しかし記事には「新居佳英最高経営責任者(CEO)」と出てきます。「CEO」は「会社法で義務付けられている取締役など以外の役職」に当たるのではありませんか。

アトラエ」のホームページを見てみると「CEO」以外にも「プロジェクトリーダー」となっている人物が出てきます。これも「会社法で義務付けられている取締役など以外の役職」の存在を示唆しています。

同社は会社法で義務付けられている取締役など以外の役職は置いていない」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他にも気になった点を指摘しておきます。

記事では「アトラエ」を「社内の階層をなくす組織運営=ホラクラシー」の具体例として紹介しています。仮に「階層」がないとしても、「アトラエ」のメンバーは55人しかいません。この規模ならば「フラットに全員で考えることが合理的だ」とは言えます。問題は会社が大きくなった時です。50人規模の会社の組織を「フラット」にしているとしても、それを革新的な組織運営であるかのように取り上げるのは無理があります。

しかも「仕事内容は社長や役員ではなくデザイナーチームが決めた」という話は「フラットに全員で考えることが合理的だ」とのコメントと整合しません。この方針に従うならば新たなメンバーの「仕事内容」も「全員で考えることが合理的」なはずです。なのに「社長や役員」はその輪から外れてしまっています。

そもそも50人規模の会社で「ウェブデザイナー」を採用してから「新しいメンバーに何をやってもらおうか」と考えるのも理解に苦しみます。やってほしいことが先にあって、それを実現するために「ウェブデザイナー」を中途採用する方が「合理的」です。

会社のすべての情報を共有する」という話も本当ならば問題です。例えば社内でセクハラ問題が起きた時に、その情報は全て社内で「共有」されてしまいます。これでは怖くて被害者も相談しにくいでしょう。「この相談内容は内密に」とお願いしても「会社のすべての情報を共有する」との方針があるので、セクハラの加害者にも相談内容が筒抜けになってしまいます。

最後に、記事全体に関して問題点を指摘しておきます。

今回の記事には「AI浸透 変わるカイシャ」という見出しが付いています。しかし、記事を最初から最後まで読んでも「AI浸透」の具体的な事例は出てきません。
別府大学(大分県別府市)※写真と本文は無関係です

冒頭に出てくる「ガラス加工メーカーの松浪硝子工業」はロボットを導入しただけです。「松浪硝子は2044年に創業200年を迎える。そのころには『ロボットに人工知能(AI)が埋め込まれ、一段と賢くなる』。そう考える松浪社長は『無から有を生むアイデアこそが利益の源泉になる』と、生産現場の社員を商品企画に移す案を練っている」とは書いていますが、「AI浸透」には至っていません。

記事には「AIの能力が急速に上がるなか『ヒトとAI』の分業の仕組みをつくれるかが生産性向上と成長の鍵になりつつある」との記述もあります。しかし「アトラエ」の事例になると「『ヒトとAI』の分業の仕組み」にもなっていません。50人規模の会社を「フラット」に運営しているだけです。

AI浸透 変わるカイシャ」という見出しを付けるのならば、AIが浸透している状況を描いた上で、それによって「カイシャ」が変わってきている姿を描くべきです。今回の記事では、どちらもできていません。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「生産性考~その先に何が(上)新たな分業 AI浸透 変わるカイシャ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181105&ng=DGKKZO37353660U8A101C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。過去の「生産性考」については以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_36.html

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html

本当にコンサル部門初の「育児中の女性」? 日経「生産性考」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_2.html

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