2018年11月29日木曜日

「官僚答弁 増やすべき」に説得力欠く日経「政と官 針路を探る(中)」

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 針路を探る(中)現状維持の誘惑、危機を認識せよ」という記事は説得力に欠ける内容だった。「官僚答弁を増やすべきだ」と訴えたいようだが、説明には色々と疑問を感じた。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

まず以下のくだりだ。

【日経の記事】

先月召集された臨時国会でも政と官の関係は相変わらずだ。

10月の内閣改造で厚生労働相に就いた根本匠氏の自宅には国会召集前、業務用の大型ファクスが搬入された。厚労省が国会答弁の当日朝に大量の想定問答などの資料を送るためだ。質問が1問あるだけで早朝に30枚近くの資料が届くという。

歴代厚労相は国会会期中、連日のように大量のファクスを受けてきた。根本氏は午前4~5時には起床し、届く資料に目を通す。午前6時に大臣室で官僚と答弁を練り直すことも珍しくない。



◎なぜ「ファクス」? なぜ「30枚」?

今の時代に「大量のファクス」を使う理由が謎だ。しかも、わざわざ「根本匠氏の自宅には国会召集前、業務用の大型ファクスが搬入された」という。メールでやり取りすれば済む話だ。「ファクス」が欠かせない理由があるのならば、記事中で説明すべきだ。

質問が1問あるだけで早朝に30枚近くの資料が届く」のも解せない。「老眼の影響で大きな字しか読めない。だから30枚近くになる」という話ならば、「30枚近くの資料」になるとしても「資料」を作るのに、そんなに手間はかからない。

細かい字で書いても「30枚近くの資料」になるという場合、なぜそんなに「資料」が必要なのか説明が欲しい。常識的に考えれば、1つの質問の「想定問答」に「30枚近くの資料」は必要ない。「こんなに負担なんだ」と訴えたいのだろうが「無駄な仕事が多いだけでは?」と疑いたくなる。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

大量に想定問答をつくる文化が広がったのは、01年の中央省庁再編に合わせて官僚が答弁する政府委員制度が原則、廃止されてからだ。国会ではあらゆる場面で閣僚が答弁するようになった。

正確な答弁をするため、綿密に準備をする。答弁前日までに官僚が与野党から質問を聞き取る。なかなか質問を教えてくれなければ、官僚も帰宅できない。前日夜から当日早朝まで膨大な作業だ。

「もう一度、官僚答弁を増やすべきだ」。01年より前の国会を知る議員は語る。特に厚労省は年金、医療、労働など幅広く重要政策を担う。政と官で役割を分担すれば、建設的な議論が増える可能性はある。国会改革を目指す超党派の会は野党各党に国会改革を打診しているが、閣僚を追及する場を確保したい野党側には慎重論もある。


◎「締め切り厳守」で済むような…

なかなか質問を教えてくれなければ、官僚も帰宅できない」のが問題ならば、きちんと締め切りを設定して厳守すれば済む話だ。「分かりません」「調べておきます」といった答弁では困るという質問者は締め切り前に「質問」を通告するという仕組みにして厳守させれば、問題はほぼ解決しそうだ。なのになぜか「もう一度、官僚答弁を増やすべきだ」となってしまう。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
       ※写真と本文は無関係です

政と官で役割を分担すれば、建設的な議論が増える可能性はある」と筆者は言うが、「官僚が答弁する政府委員制度が原則、廃止され」る以前は「建設的な議論」がそんなに多かったのか。個人的には、そういう記憶はない。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

とはいえ事態は急を要する。現場は危険水域に突入しているからだ。通常国会では厚労省が裁量労働の調査で千件近いデータ異常を見過ごし、重要政策が先送りに追い込まれた。弁解の余地がない失態だが官僚の疲弊を指摘する声もあった。



◎「現場は危険水域」?

現場は危険水域に突入している」と断定しているものの、それを裏付ける根拠は見当たらない。強いて言えば「裁量労働の調査で千件近いデータ異常を見過ごし」たことか。これは「官僚の疲弊」が原因だと筆者は言いたいのだろう。しかし、因果関係があるとは言い切れない。記事でも「官僚の疲弊を指摘する声もあった」と書いているだけだ。しかも誰の「」かも分からない。こうした情報だけでは「現場は危険水域に突入している」かどうか判断できない。

記事の終盤に関しても疑問点を挙げておきたい。

【日経の記事】

中央省庁で政策の企画立案を担う総合職(旧1種)は約1万7千人。現在も約35倍の狭き門をくぐった精鋭だ。近年は「給料に見合わずやりがいが乏しい」と見られ、人気の下落が続く。国家公務員採用試験の総合職の申込者は96年度に約4万5千人だったが、18年度は2万人を割った。

官僚が擦り切れるようなやり方は持続可能性が乏しい。放置すれば意欲ある人材の参入も細り、行政は劣化する一方だ。与野党は国会のあり方を含め問題を直視しなければならない。現状維持に甘んじる時間はない。



◎「現在も約35倍」の数字はどこから?

現在も約35倍の狭き門」という説明が引っかかった。これに関しては以下の内容で問い合わせを送っている。

【日経への問い合わせ】

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 針路を探る(中)現状維持の誘惑、危機を認識せよ」という記事についてお尋ねします。記事には「中央省庁で政策の企画立案を担う総合職(旧1種)は約1万7千人。現在も約35倍の狭き門をくぐった精鋭だ」との記述があります。「現在も約35倍」に関しては、やや解釈に迷う部分がありますが「直近の採用試験でも総合職の競争率は約35倍」との趣旨だとします。

この件については「女性キャリア、合格者27・2% 18年度、過去最高に」という6月29日の記事で御紙が以下のように報じています。

男女を合わせた合格者数は1797人で、前年度と比べ81人減った。各省庁の採用予定人数は計739人と前年度より17人多いが、全体の受験者数の減少などを踏まえ、合格者数も減った。女性の合格者数は488人と前年度から4人増えた。過去最多となった16年度の512人に次ぐ水準だった。競争率は全体で10.9倍だった

この記事によれば「キャリア官僚(幹部候補)となる国家公務員総合職」の「競争率は全体で10.9倍」です。「各省庁の採用予定人数は計739人」となっているので「合格者数」ではなく「採用予定人数」でも計算してみましたが、「競争率」は26倍にしかなりません。

現在も約35倍の狭き門をくぐった精鋭だ」との説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、「現在も約35倍」は何を基に計算した数値なのか教えてください。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

現在も約35倍」を上手く説明する余地はありそうな気もするが、色々考えても有力な候補を思い付かなかった。


※今回取り上げた記事「政と官 針路を探る(中)現状維持の誘惑、危機を認識せよ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181129&ng=DGKKZO38298150Y8A121C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載の担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

地曳航也:暫定D
飛田臨太郎:暫定D
学頭貴子:暫定D
竹内康雄:Dを維持


※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「鉄の三角形限界」が見えない日経「政と官 針路を探る(下)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_30.html

0 件のコメント:

コメントを投稿