2018年11月8日木曜日

「中小の新卒採用は10年に1人」と岩本隆 慶大教授は言うが…

求人倍率10倍」は「10年に1人採用できるかどうか」を意味するだろうか。日経ビジネス11月5日号の「気鋭の経済論点~今や10年に1人、対策急げ 中小企業の新卒採用」という記事では、見出しでも「今や10年に1人」と打ち出していた。他にも誤りと思える記述があったので、問い合わせをしてみた。
活水女子大学 東山手キャンパス(長崎市)
        ※写真と本文は無関係です

その内容と回答は以下の通り。


【日経BP社への問い合わせ】

慶応義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授 岩本隆様  日経ビジネス編集部 担当者様

11月5日号の「気鋭の経済論点~今や10年に1人、対策急げ 中小企業の新卒採用」という記事についてお尋ねします。見出しにもなっている「10年に1人」に関して、記事には以下の記述があります。

リクルートワークス研究所の調査では、大企業の求人倍率はたった0.37倍。一方で中小企業は16年卒採用から急激に上がり始め、19年卒採用では約10倍となった。1人の学生を10社が奪い合う状況だ。言い換えれば中小企業1社は10年に1人採用できるかどうかというほど厳しい状況にさらされているのだ

求人倍率」が「約10倍」であれば「1人の学生を10社が奪い合う状況」だとは言えます。しかし「言い換えれば中小企業1社は10年に1人採用できるかどうかというほど厳しい状況にさらされているのだ」との説明は納得できませんでした。

全ての「中小企業」は新卒採用で1年に1人の求人しかしないのならば「10年に1人採用できるかどうか」かもしれません。しかし、実際には10人、20人の求人をする「中小企業」もあるはずです。1社平均で年10人を求人するのならば「1年に1人採用できるかどうか」ですし、求人が平均で年5人ならば「2年に1人採用できるかどうか」です。

言い換えれば中小企業1社は10年に1人採用できるかどうかというほど厳しい状況にさらされているのだ」との説明は誤りではありませんか。それとも、新卒に対する中小企業の求人は例外なく年間1人なのでしょうか。

もう1つ質問があります。記事では中小企業の「求人倍率」について「16年卒採用から急激に上がり始め、19年卒採用では約10倍となった」と説明しています。しかし、記事に付けたグラフを見ると、「中小企業(従業員300人未満)」の「16年3月卒」では「求人倍率」が「15年3月卒」を下回っています。「17年3月卒」では少し上向きますが、それでも「15年3月卒」の水準を超えていません。「急激に上がり始め」るのは「18年3月卒」からです。

中小企業は16年卒採用から急激に上がり始め」という説明はグラフと矛盾します。どちらかが間違っていませんか。問題なしとの判断であれば、グラフと記事の食い違いをどう理解すればよいのか教えてください。グラフも「出所:リクルートワークス研究所」となっているので、使用しているデータは同一のはずです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社の回答】

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。このたび、お寄せいただいたご意見に回答いたします。

質問1)「10年に1人」の表現について

求人倍率の「10年に1人」の件ですが、ご指摘の通り、中小企業の募集人数が1年あたり1人とは限りません。そのため、誤解を招きかねない表現でした。もともと著者は、「単純な計算ではあるが、仮に従業員300人未満の中小企業の新卒募集人数が年間1人だとすると、企業にとっては毎年 0.1 人が採用できる。極端に言い換えれば10 年に 1 人しか採用できない」と表現されていたところ、紙面編集の過程で大幅に端折ってしまったため、紙面ではこのような表現になりました。仮定が抜け落ちてしまい、全体として著者のおっしゃりたかったことを伝えきれない表現になってしまいました。

質問2)求人倍率のグラフについて

「求人倍率のグラフ」に関しては、トレンドとして16年卒採用から求人倍率が底を打ち、
19年卒にかけて上昇し続けていること、および19年卒が約10倍と高い数値になったことの2つの意味を読者に伝えるために、筆者との相談の上、「急激に」と表現いたしました。とはいえ、16年卒と17年卒の求人倍率を取り出して比較した場合に急激と言えるかどうかにつきましては、ご指摘の通り判断の分かれるところで、言葉足らずで誤解を招きかねない表現になっていました。「16年卒採用から急激に上がり始め…」より、「16年卒採用から毎年上がっており…」などとした方がより適切な表現だと考えます。

分かりにくい表現があったことを反省し、今後の記事編集に生かしてまいります。貴重なご指摘をありがとうございました。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
     ※写真と本文は無関係です

よろしくお願い申し上げます。

◇   ◇   ◇

あえて無視しているのか、質問の意図が伝わらなかったのか分からないが、上記の回答では「中小企業」の「16年3月卒」の求人倍率が「15年3月卒」比でマイナスだった問題に触れていない。以下のような状況に関して「16年卒採用から毎年上がっており」とすると「適切な表現」になるだろうか。

16年3月卒=小幅なマイナス
17年3月卒=小幅なプラス
18年3月卒=大幅なプラス
19年3月卒=大幅なプラス

上がって」いるのは「17年3月卒」からだ。「16年卒採用から」ではない。

筆者の岩本教授も最終的なチェックはしているはずだ。なのに「10年に1人採用できるかどうか」「16年卒採用から急激に上がり始め」といった記述に注文を付けなかったのか。だとしたら少し不安になる。


※今回取り上げた記事「気鋭の経済論点~今や10年に1人、対策急げ 中小企業の新卒採用
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/093000009/102600163/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。岩本隆慶大教授への評価も暫定でDとする。

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