2018年11月27日火曜日

がん「早期発見→手術」がベスト? 週刊エコノミスト藤枝克治編集長の誤解

週刊エコノミストの藤枝克治編集長が12月4日号の「編集部から From Editors」でがんに関して「早期発見→手術に勝る治療法はない」と言い切っていた。「それより良い治療法がある」とは言わないが、「早期発見→手術」には問題も多い。それを分かってほしくて、以下の内容で問い合わせを送ってみた。
東京・渋谷のスクランブル交差点
       ※写真と本文は無関係です

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集長 藤枝克治様

12月4日号の編集後記についてお尋ねします。気になったのは以下の記述です。

医療に詳しい同期入社の同僚は、毎年、胃カメラで検査しているのはもちろんのこと、最近、大腸の内視鏡検査を受けて、がんが見つかり、手術した。早期発見だったので事なきを得て、いまでは好きな物を食べ、お酒もがぶがぶ飲んでいる。歳は私より若いが、『あなたも気をつけなさい』と諭すように体験談を話してくれた。 11月13日号で『がんに勝つ薬』を特集した。分かったのは、治療や薬の進化は著しいが、まだ、早期発見→手術に勝る治療法はないということだ。心を入れ替えよう

まず気になったのが「早期発見だったので事なきを得て、いまでは好きな物を食べ、お酒もがぶがぶ飲んでいる」との説明です。「手術した」のが最近なのに「事なきを得て」と言い切ってよいのでしょうか。

がんの場合、問題は転移の有無です。「病院のやめどき」という本の中で医師の和田秀樹氏は以下のように記しています。

<本の引用>

検診が無意味だと私が考える理由は、がんが発見される仕組みにあります。「早期発見せよ」といいますが、目にも見えない極小のがんを発見できるわけではありません。PET-CTを利用した精密ながん検診なら5㎜程度で発見できることはありますが、検診費用はおよそ10万円以上と高く、受ける人は多くありません。一般的な検診では1cmぐらいまでがんが大きくならないと、見つけることはできません。これでも早期発見の部類なのです。

それでは1cm程度のがんというのは、どれくらいの時間をかけて育ったのでしょうか。例えば、乳がんの場合、専門機関では7~8年ほどの時間がかかるとしています。これをどう考えればいいでしょうか。私なら7年間転移せずに大きくなってきたがんが、8年目に転移する確率はかなり低いだろうと捉えます。転移していないのならば、それから数年間放置していても、悪さはしないでしょう。治療は、なにか症状が起きてからでも問題ありません。

反対に、1cmで発見されるまでの7~8年の間で、すでに見えない転移がどこかにあって、体を蝕んでいる可能性もあります。超早期でがんを発見できたにもかかわらず、何年後かに転移が見つかるというのは、主にこのケースです。この場合は進行の速い悪質ながんです。

--引用は以上です。

藤枝様は「同期入社の同僚」について、「がんが見つかり、手術した」ことで転移する前にがんを除去して「事なきを得た」と思い込んでいませんか。実際には既に見えない転移が起きていて、無駄な手術をしただけという可能性も十分にあります。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)※写真と本文は無関係です

早期発見→手術に勝る治療法はないということだ。心を入れ替えよう」というくだりも引っかかります。藤枝様が「心を入れ替え」るのを止めるつもりはありませんが、読者に誤解を与えるのではないかと心配になります。この書き方から判断すると「早期発見→手術」が万人にとって最善の選択だと藤枝様は確信しているのでしょう。本当にそうですか。

既に述べたように「見えない転移」の問題があります。この場合、がんの存在を知らずに過ごせる時間が長くなるという意味でも「早期発見」をしない方が好ましいでしょう。

さらに言えば「早期発見→手術」では過剰診療のリスクを避けられません。国立がん研究センターのサイトでは以下のように解説しています。

<サイトの引用>

(がん検診の)もう1つの重大な不利益に、「過剰診断」があります。がん検診で発見されるがんの中には、本来そのがんが進展して死亡に至るという経路をとらない、生命予後に関係のないものが発見される場合があります。こうした「がん」は消えてしまったり、そのままの状況にとどまったりするため、生命を脅かすことはありません。また、精度が高いとされる検査で発見される前がん病変も、すべてががんに進展するわけではなく、むしろがんになるのはほんの数%にすぎません。しかし、実際にがん検診を受けて「がん」として見つかったものについては、多くの場合は通常のがんと同様の診断検査や治療が行われます。診断検査や治療には、経済的だけでなく、身体的・心理的にも大きな負担を伴います。場合によっては、治療による合併症のために、その後の生活に支障をきたすこともあります。早期発見されたがんの中には、一定の過剰診断例が含まれていますが、がんの種類や検査法によりその割合は異なります。現在の医療では、どのようながんが進展し、生命予後に影響を及ぼすかはわかっていません。

--引用は以上です。

上記の説明が正しければ、「同期入社の同僚」の方は「生命予後に関係のないものが発見され」ただけなのに、余計なリスクを取って手術を受けた可能性があります。

それでも全体として見れば「早期発見→手術」はメリットが大きいと言えるでしょうか。週刊ポスト2017年3月17日号の記事では以下のように説明しています。

<週刊ポストの引用>

昨年1月、世界的に権威のある『BMJ(英国医師会雑誌)』という医学雑誌に、「なぜ、がん検診は『命を救う』ことを証明できなかったのか」という論文が掲載された。その中で、「命が延びることを証明できたがん検診は一つもない」という事実が指摘されたのだ。

たとえば、最も効果が確実とされている大腸がん検診(便潜血検査)では、4つの臨床試験を統合した研究で、大腸がんの死亡率が16%低下することが示されている。その一方で、がんだけでなく、あらゆる要因による死亡を含めた「総死亡率」が低下することは証明できていない。

--引用は以上です。

大腸がん検診」を受けると「総死亡率」が低下するという明確なエビデンス(ランダム化比較実験に基づくエビデンス)はないと思えます。だとすれば、大腸がんに関して「早期発見→手術に勝る治療法はないということだ。心を入れ替えよう」と言い切るのは危険です。読者には正確な情報を届けてほしいのです。がんに関する特集を組む雑誌の編集長ならば、なおさらです。


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※今回取り上げた記事「編集部から From Editors
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20181204se1000000017000


※記事の評価はD(問題あり)。記事中の明らかな誤りに訂正を出さなかったり、間違い指摘を無視したりといった対応が目立つのを重く見て、藤枝克治編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。

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