2018年11月19日月曜日

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」

19日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「核心~大戦100年、欧州の復元力は 反EUの波、東西南北に」という記事は苦しい内容だった。筆者が大林尚上級論説委員なので当然なのかもしれないが、説明下手が目立つ。記事を見ながら問題点を指摘したい。
勘定場の坂(大分県杵築市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】  

同義反復は承知のうえだ。地球規模のグローバル国家への成長痛に、英国がうめく。

 2016年6月の国民投票で、英有権者は欧州連合(EU)から出て行く道を選択した。離脱51.9%、残留48.1%。離脱派は移民問題、残留派は経済問題を重くみた。

だが離脱キャンペーンを先導した保守党強硬派の究極の目標は、主権の回復にあった。国が進む方向を決める過程をブリュッセル(EU本部)の高級官僚から奪還する。反エリート主義の訴えに共感したふつうの市民が、ブレグジットを現実のものにした。

欧州大陸と米国を両にらみしてきた英国は、もともとEUに半身の姿勢だった。共通通貨ユーロではなくポンドを使い、国境を行き交う人が旅券審査を受けないシェンゲン圏にも入っていない。

EU側との離脱交渉で、しこりにしこったのがアイルランド問題だ。国境線をアイルランド島内と海峡のどちらに引くか。メイ首相にしてみれば、かつて苛烈な北アイルランド紛争で犠牲になった3200人の亡霊に、行く手を阻まれた思いだったろう。

結局、当面はどちらにも厳格な国境を設けないことで暫定合意がなった。地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある。


◎「地球規模のグローバル国家」とは?

まず「地球規模のグローバル国家」がどういうものなのか謎だ。「同義反復は承知のうえ」で、わざわざ「地球規模のグローバル国家」と表現したのだから「グローバル国家」とは異なるものなのだろう。だが、具体的にどう違うのかは教えてくれない。
震動の滝(大分県九重町)
    ※写真と本文は無関係です

現在の英国は「地球規模のグローバル国家」ではないのだろう。そして「地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある」らしい。その根拠を大林上級論説委員は「当面はどちらにも厳格な国境を設けないことで暫定合意がなった」点に求めている。「暫定合意」ができると「地球規模のグローバル路線を突き進む環境」に近づくようだが、「地球規模のグローバル国家」が何か分からないので何とも言えない。

ついでに言うと「厳格な国境を設けないことで暫定合意がなった」という説明には問題がある。「厳格な国境管理をしないことで暫定合意がなった」のではないか。「国境」は「アイルランド島内」に厳然とあるはずだ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

ロンドン・ヒースロー空港の乗降客は年間7800万。国際線ターミナルの入国審査はEU域外の人に長蛇の列を強いることで悪名高い。7月6日には2時間38分待たされた人がいた。ヴァージン・アトランティック航空のクリーガー最高経営責任者は「世界に開かれた英国の姿を示さねばならぬ今、来訪者に最高の第一印象を抱いてもらおう」と、政府に行動を促した。

10月の予算演説でハモンド財務相は米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国に加えて日本の旅券を持つ18歳以上の人は、来夏までに自動ゲートを通って入国できるようにすると明らかにした。ガトウィックなどほかの主要空港や大陸と結ぶ高速鉄道ユーロスターの国境審査もしかり。顔認証技術で本人確認している英国人やEU市民らと同じ扱いにする。

英語を公用語とする米国と英連邦の3カ国は、英国と情報機関の相互協定を結ぶ特別な間柄。4カ国に交じって英政権が日本を入れた理由の一つは、経済面のつながりの強さだ。英国に進出した日本企業は銀行・証券・保険、製造業の欧州統括拠点、商社、海運など1千社強。16万の雇用を生み出している。もう一つは、日英を準同盟関係に押し上げた安倍外交の成果だ。

英外務省筋は「日本企業に迷惑をかけない。首相はそれを反すうしているはずだ」と語る。万が一の交渉破綻リスクには備えつつも、企業は世界を向く新しい英国への期待をもってよかろう。欧州統合は、西から崩れだした。



◎何のために入れた?

上記のくだりは何のために入れたのか、よく分からなかった。「地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある」ことを示す事例なのか。「入国審査」の時間を短くすると「地球規模のグローバル路線」が整うのか。

対象は「米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国に加えて日本の旅券を持つ18歳以上の人」だという。これでは「地球規模」になっていない。特定の国を優遇するのだから「地球規模のグローバル路線」に反すると捉える方が自然だ。

記事はこの後、ロシアの話になる。

【日経の記事】

統合を崩そうと、東から奇手妙手を繰り出すのは、ロシアのプーチン大統領だ。

欧州の真ん中に位置するオーストリア。難民の流入に歯止めをかけると訴えて下院選に勝利したクルツ国民党党首がナショナリスト政党の自由党と連立政権を発足させたのは、17年暮れだ。この夏、自由党の女性外相クナイスル氏は小さな村のワイナリーで開いた自らの結婚式にプーチン氏を招いた。大統領は伝統の民族ドレスをまとった外相とダンスに興じてみせた。

チェコのゼマン大統領、ハンガリーのオルバン首相らもプーチン氏と懇意だ。04年のEU加盟後、インフラの建設資金などをブリュッセル官僚が差配する財政支援に頼ってきたにもかかわらずだ。



◎どこが「奇手妙手」?

統合を崩そうと、東から奇手妙手を繰り出すのは、ロシアのプーチン大統領だ」と打ち出したものの「奇手妙手」は見当たらない。「伝統の民族ドレスをまとった外相とダンスに興じてみせた」ことが「奇手妙手」なのか。まともな説明になっていない。

記事は次にイタリアの話に移る。

【日経の記事】

南のイタリアがひどい。右翼ナショナリストの同盟と左翼ポピュリストの五つ星運動は6月、政治経験がない学者コンテ氏を首班に祭り上げ、連立を組んだ。早速、出てきたのは低所得層への所得保障や付加価値税率の引き上げ停止を盛り込んだ予算案だ。EUの共通財政ルールに抵触すると、欧州委員会は再編成を求めたが、突っぱねられた。

政治信条が相いれない左右両翼のかすがいは、反EUという一点に尽きる



◎「反EUという一点に尽きる」?

政治信条が相いれない左右両翼のかすがいは、反EUという一点に尽きる」という解説も怪しい。「低所得層への所得保障や付加価値税率の引き上げ停止を盛り込んだ予算案」が出てきたのであれば、積極財政主義という点でも一致していると取れる。
長崎水辺の森公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

ここからは記事の最後まで一気に見ていこう。

【日経の記事】

第2次大戦後、統合一辺倒でやってきたEUに潮目の変化をもたらしたのは、15年夏の難民危機だった。シリア、イラクなどからバルカンやイタリアの半島づたいにドイツに押し寄せた難民は、100万を超えた。さらに北をめざした16万がスウェーデンにたどり着いた。人口比でドイツをしのぐ流入は、グローバリズムと外国人に寛容なスウェーデン人を心変わりさせた。

それから3年。独首相の座に就いて13年になるメルケル氏は、10月の州議会選で与党が次々に議席を減らした責任をとり、連立与党を構成するキリスト教民主同盟の党首を退く。9月の議会選で躍進したナショナリスト政党のスウェーデン民主党は、同国の二大政党をゆさぶり続ける。

自由な往来を保証してきた崇高さが裏目に出た。最後のとりでを守ろうとするのはフランスのマクロン大統領だ。11月11日、第1次大戦終結100年の式典に臨み、訴えた。「ナショナリズムは愛国心への裏切りだ」。小雨のパリに集った72人の指導者らに難解なレトリックは通じたか。

英なきEU27カ国に復元力を期待するのは難しかろう。かといって七転八倒する英国をみるにつけ、どの反EU政権も離脱カードは切れまい

大戦終結100年。欧州大陸を金輪際、戦禍にさらさない。その一点においてEUの心は健在だと思いたい。


◎「金輪際、戦禍にさらさない」?

記事の説明だと、EUは「シリア、イラクなど」とも「自由な往来を保証してきた」ような印象を受けるが、そうではないはずだ。

結論部分の「大戦終結100年。欧州大陸を金輪際、戦禍にさらさない」という書き方も誤解を与える。これだと「第1次大戦終結」後に「欧州大陸」は「戦禍」にさらされずに済んだように感じる。

七転八倒する英国をみるにつけ」という説明も整合性の問題がある。大林上級論説委員は「地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある」「企業は世界を向く新しい英国への期待をもってよかろう」と解説していた。なのに英国は「七転八倒」しているのか。矛盾しているとは言わないが、理解には苦しむ。


※今回取り上げた記事「核心~大戦100年、欧州の復元力は 反EUの波、東西南北に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181119&ng=DGKKZO37858140W8A111C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

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