2017年12月9日土曜日

日経ビジネス池松由香記者の理解不能な「トヨタ人事」解説

自分の読解力に絶対の自信があるわけではない。だが、日経ビジネス12月11日号に池松由香記者が書いた「時事深層 COMPANY~批判は『想定内』、章男社長の決意 トヨタ、前倒し役員人事の波紋」という記事を理解できないのは、記事の方に問題がある気がする。
田主丸大塚古墳(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係

デンソー副会長の小林耕士氏のトヨタ自動車副社長就任」は「自動ブレーキや自動駐車などの周辺技術を持つアイシン精機の主導権をまず握り、間接的にデンソーに影響力を持とうとしている」トヨタの豊田章男社長の「決意」が込められたものだと池松記者は分析している。この説明には多くの疑問符が付く。

記事の全文は以下の通り。

【日経ビジネスの記事】

トヨタ自動車が11月28日に発表した役員級人事が業界に波紋を投げかけている。例年4月1日付で新体制が発足するが、今回は3カ月前倒し。外部人材や女性の登用も進める。「お友達人事」(業界関係者)と批判の声もある今回の人事。豊田章男社長は一つの決意を込めていた

発表した2018年1月1日付人事は異例尽くしだ。三井住友銀行から人材を招いたり、常務役員に初めて生え抜きの女性を登用したり。中でも多くの関係者が驚いたのがデンソー副会長の小林耕士氏のトヨタ自動車副社長就任だ。小林氏といえば、豊田章男社長が若い頃に仕えた元上司。03年にデンソーに出向し、15年6月からは同社副会長を務めている。今年4月からはトヨタの相談役も兼ねるようになった。

そもそもトヨタの役員経験者でない小林氏が相談役に就いたのも異例なら、その小林氏が副社長になるのも異例だ。業界から「お友達人事」と批判の声が出るが、章男社長にとってはそんな批判も「想定内」に違いない。小林氏の登用にある決意を込めているからだ。

あるグループ会社の有力OBがこう読み解く。「自動ブレーキや自動駐車などの周辺技術を持つアイシン精機の主導権をまず握り、間接的にデンソーに影響力を持とうとしている

どういうことか。前提にあるのは「自動車業界は100年に1度の大変革の時代に入った」という章男社長の強い危機感だ。電動化や自動運転技術が進展し、競争環境が大きく変わる中で、こうした技術に強みを持つデンソーと密な連携を進めたいのが章男社長の本音。独ボッシュや独コンチネンタルなどメガサプライヤーと伍していく上でもグループ内での連携は欠かせないはずだ。

だが、デンソーにとってトヨタは取引先の一社にすぎない。これまでもトヨタから経営トップを受け入れない方針を貫いてきた。章男社長の危機感をデンソー経営陣が深いレベルで共有することはなかなか難しかった。

そこで白羽の矢が立ったのがアイシン精機だった。アイシンの現社長はトヨタで調達本部長や副社長などを歴任した伊原保守氏。章男社長の危機感を察し、社内改革にも着手していた。

そのアイシンでは来年1月1日付で、トヨタの先進技術開発カンパニーを束ねる伊勢清貴氏をひとまずアイシンの走行安全VC(バーチャルカンパニー)のトップに据え、6月から社長に就任させる予定だ。事務系から技術系トップへの切り替えは、トヨタがそれだけグループの技術力強化を目指している決意の表れといえる。

さらにアイシン傘下のブレーキ大手、アドヴィックス(愛知県刈谷市)にも社長を送り込む。同社は昨年10月、103億円の増資を実施。デンソーはこの時、同社への出資比率を18%から34%に高めているが、これは「トヨタからの要請があったから」(関係者)といわれる。

オールトヨタで世界に挑むために章男社長が下した異例の人事。吉と出るか凶と出るか。判断するには、まだ時期尚早だろう。

◇   ◇   ◇

疑問点を列挙してみる。

(1)副社長にすると何が変わる?

西日本短期大学附属高校(福岡県八女市)
         ※写真と本文は無関係です
デンソーへの影響力を強め「密な連携」関係を作るのが、小林氏をトヨタの副社長に就任させた目的だとしよう。小林氏はこれまでもトヨタの相談役だった。副社長になると、デンソーへの影響力に何か変化が生じるだろうか。

小林氏のデンソーでの役職は「副会長」で変わっていない。豊田社長と小林氏の関係は元から良いようなので、「副会長」としてデンソーに影響力を行使してもらいたいのならば、今まででもできたはずだ。デンソーでの役職が変わらないのだから、トヨタで副社長になったからと言って、デンソー内での力が強くなるわけでもないだろう。

何か特殊な事情があって、「トヨタで副社長になるとデンソーでの影響力が増す」と言うのならば、その事情を解説すべきだ。


(2)アイシン支配でデンソーへの影響力が増す?

自動ブレーキや自動駐車などの周辺技術を持つアイシン精機の主導権をまず握り、間接的にデンソーに影響力を持とうとしている」という流れも理解しにくい。デンソーに対するアイシンの出資比率は2%未満なので、アイシンを支配してもデンソーへの影響力に大きな変化が生じるとは考えにくい。仮に特殊な事情があるのならば、やはり記事中で説明すべきだ。


(3)前からアイシンは支配済みでは?

アイシン精機の主導権をまず握り」と言うが、前から「主導権」は握っているのではないか。「アイシンの現社長はトヨタで調達本部長や副社長などを歴任した伊原保守氏」だ。「トヨタの先進技術開発カンパニーを束ねる伊勢清貴氏」が来年「6月から社長に就任」するとしても、トヨタ出身者が社長を務めるのは同じだ。なのに「主導権」に変化が生じるのか。


(4)アイシンと小林氏人事の関係は?

豊田社長が「アイシン精機の主導権をまず握り、間接的にデンソーに影響力を持とうとしている」として、それが小林氏の人事とどう関係するのかも謎だ。小林氏に関しては「03年にデンソーに出向し、15年6月からは同社副会長を務めている」とは書いてあるが、アイシンに影響力があると判断できる記述はない。アイシン経由で「デンソーに影響力を持とうとしている」場合、小林氏は何の役に立つのだろう。


(5)アドヴィックスの話は何の関係が?

アイシン傘下のブレーキ大手、アドヴィックス(愛知県刈谷市)にも社長を送り込む」という話も、どう理解すべきか迷う。まず、小林氏の人事との関連がなさそうに見える。アイシンへの影響力という点では、既にアイシン本体に社長を送り込んでいるのだから、「アドヴィックス(愛知県刈谷市)にも社長を送り込む」ことに大した意味はなさそうだ。
大牟田市役所(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です

デンソーがアドヴィックスへの出資比率を高めているとすれば、デンソーからアドヴィックス(あるいはアイシン)への影響力は増すかもしれないが「アイシン精機の主導権をまず握り、間接的にデンソーに影響力を持とうとしている」という動きにプラスに働くとは思えない。

ついでに言うと「デンソーはこの時、同社への出資比率を18%から34%に高めている」というくだりでは「同社アドヴィックス」のつもりだろうが、形式的には「同社デンソー」になってしまう。


(6)トヨタは単なる取引先?

デンソーにとってトヨタは取引先の一社にすぎない。これまでもトヨタから経営トップを受け入れない方針を貫いてきた」と書いてあると、「デンソーはトヨタグループの一員ではない」と理解したくなる。しかし、記事の最後では「オールトヨタで世界に挑むために章男社長が下した異例の人事」とも述べており、これだと「デンソーはトヨタグループの一員」と考えるほかない。整合性に問題ありだ。

トヨタのホームページでもデンソーは明確にグループ企業として位置付けられている。「デンソーにとってトヨタは取引先の一社にすぎない」との説明に問題があると言うべきだ。

なぜ今回のような不可解な記事が出たのかは、何となく想像がつく。「お友達人事」との批判が予想以上に大きかったために、トヨタ関係者が池松記者に働きかけて「お友達人事」ではないという記事を書かせようとしたのだろう。

「お友達人事ではない」という筋立てにかなり無理があるのに、なぜか池松記者は受け入れて記事にしてしまった--。あくまで推測だが、そう考えると今回の記事に無理筋が目立つのもかなり腑に落ちる。


※今回取り上げた記事「時事深層 COMPANY~批判は『想定内』、章男社長の決意 トヨタ、前倒し役員人事の波紋
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/120400844/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。池松由香記者への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。

0 件のコメント:

コメントを投稿