2017年12月20日水曜日

「ヒット商品はインド発」に偽りあり 日経「ニッポンの革新力」

取材班のメンバーにも自覚はあると思うが、20日の日本経済新聞朝刊1面に載った「ニッポンの革新力~世界から考える(2)ヒット商品はインド発 持たぬ強みで先頭に」という記事は苦しい内容になっている。「ヒット商品はインド発」と見出しで打ち出しているものの「インド発」の「ヒット商品」は出てこない。「新興国から世界的なサービスを生み出す『リバース・イノベーション』の手法が、デジタル革命の進展によってさらに盛り上がる」とも書いているのに、そうした事例も見当たらない。
ビューホテル平成(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例を見てみよう。

【日経の記事】

インドで普及が進むライドシェア(相乗り)サービス「OLA(オラ)」。車の後部座席では、乗客が専用端末で映画や音楽を楽しみながら渋滞をやり過ごす。こんな風景にIT(情報技術)の巨人、米マイクロソフトが目を付けた。

「我々はオラと一緒に知的で生産性の高い体験を提供する」。マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)がインドのベンチャーと提携したのは、新技術やサービスが「新興国発」で広がる傾向が顕著だからだ。

ライドシェアはスマートフォン(スマホ)のアプリで一般の人の車を呼ぶサービス。市場を開いたのは米ウーバーテクノロジーズだが、インドでは渋滞やタクシーの不明朗会計といった問題にも有効なため、急速に普及が進む。

国内の中小零細事業者の保護のために外資規制がなお残るインドは、小売業などでサービスの質が見劣りする。だが既存の法制度が存在しない新分野は話が別だ。不満を抱える消費者がライドシェアやインターネット通販に飛びつき、一足飛びに広がる。

インドでサービスを磨き世界への展開を探るマイクロソフト。新技術やサービスがまず先進国で実用化され、遅れて新興国に広がるのが常道だったが、この原則は崩れてきた

スマホのようなIT機器からライドシェアといった新サービスまで、ときには先進国と新興国の順番が逆転するのが今の状況だ。新興国から世界的なサービスを生み出す「リバース・イノベーション」の手法が、デジタル革命の進展によってさらに盛り上がる



◎ライドシェアは「インド発」?

ライドシェアが「インド発」のサービスならば「ヒット商品はインド発」でいいだろう(厳密に言えば「サービス」だが…)。だが「市場を開いたのは米ウーバーテクノロジーズ」だと記事で認めてしまっている。

だとすると、ライドシェアは「新技術やサービスがまず先進国で実用化され、遅れて新興国に広がる」という従来の「原則」に従っている。なのに、なぜか「まず先進国で実用化され、遅れて新興国に広がるのが常道だったが、この原則は崩れてきた」との結論になってしまう。

新興国から世界的なサービスを生み出す『リバース・イノベーション』」が広がっているとの仮説に基づいて取材を進めてみたものの、適切な事例が見つからなかった--。事情としては、そんなところか。その場合は記事のコンセプトを練り直す必要がある。なのに軌道修正せずに走ってしまって、失敗作が出来上がったのではないか。

ついでに2番目の事例も見ておこう。

【日経の記事】

「親指を置くだけで支払いができます」。ムンバイ市内のある婦人服店は6月、こんな決済システムを導入した。店員のジャヤンティラルさんは「現金もクレジットカードも要らない。便利だよ」と笑う。すでに全体の4割の来店客が利用しているという。

「アーダールペイ」と呼ぶシステムを主導するのはインド政府だ。活用するのは独自の生体認証。国民の指紋情報などを登録して12ケタのID番号も付与する。これを活用すれば、店頭では専用端末に指をあてるだけで支払いが済む。

戸籍の整備が不十分で銀行口座を開けない国民も多いインド。インフラ不足を解消するために国が音頭をとれば、過去の遺産やしがらみがない分、新しいサービスが一気に広がる。英アーンスト・アンド・ヤングによると、金融とITを融合するフィンテックの普及率はインドで52%に達し、日本の14%を大きく引き離す。


◎これが「リバース・イノベーション」?

これも「ヒット商品はインド発」の事例になっていない。出てくるのは「商品」でも「サービス」でもなく、政府が主導する「システム」だ。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

百歩譲ってこれを「インド発」の「商品」だとしよう。だが「新興国から世界的なサービスを生み出す『リバース・イノベーション』」の例とは言えない。インド以外への広がりが見られないからだ。「『リバース・イノベーション』の手法が、デジタル革命の進展によってさらに盛り上がる」と記事は訴えるが、「リバース・イノベーション」の事例は非常に乏しいのだろう。でないと、この記事の苦しさをうまく説明できない。

ついでに言うと「アーダールペイ」の説明にも疑問が残った。記事の書き方だと「銀行口座を開けない国民」も「アーダールペイ」を使えば「店頭では専用端末に指をあてるだけで支払いが済む」と理解したくなる。しかし、銀行口座を持たない人から、どうやって事後に代金を徴収するのかとは思った。仮に「指をあてるだけで支払いが済む」のが口座を持つ人限定だとすれば、記事の説明では誤解を招く。

付け加えると「フィンテックの普及率はインドで52%に達し、日本の14%を大きく引き離す」との説明も不十分だ。この説明で何が分母か分かるだろうか。「全国民のうちフィンテックを利用できる環境にいる人の比率」かもしれないし、「数あるフィンテック関連サービスの中で、国内で利用できるサービスの比率」の可能性もある。もう少しきちんと説明してほしい。

ここまで来たら、最後まで見ていこう。

【日経の記事】

日本をマザーマーケットとして研究開発を進め、部品メーカー群が大企業に従って世界に出て行く。そんなかつてのビジネスモデルは限界が来ている。

後発であるがゆえにイノベーションが急速に育つ沃地は豊富にある。新天地に飛び込んで新たな知見を獲得し、それを日本に呼び込んで革新力に生かす知恵が問われる。



◎やはり説得力が…

日本をマザーマーケットとして研究開発を進め、部品メーカー群が大企業に従って世界に出て行く。そんなかつてのビジネスモデルは限界が来ている」という説明がまず引っかかった。「かつてのビジネスモデル」ならば、既に過去のものなので「限界が来ている」も何もないはずだ。「武士が特権階級として権力を独占するかつての統治システムは(現代日本では)限界が来ている」と言うのに似ている。

また、「日本をマザーマーケットとして研究開発を進め、部品メーカー群が大企業に従って世界に出て行く」やり方に「限界が来ている」とも考えにくい。仮に「限界が来ている」のならば、日本の自動車産業の命脈は尽きたと言える。その割には、そこそこ元気だ。この記事にはやはり説得力がない。


※今回取り上げた記事「ニッポンの革新力世界から考える(2)ヒット商品はインド発 持たぬ強みで先頭に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171220&ng=DGKKZO24820390Z11C17A2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

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