2017年8月14日月曜日

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説

日本経済新聞の大林尚上級論説委員については、経済記事の書き手としての基礎的な資質が欠けていると評価している。14日の朝刊オピニオン面に載った「核心~アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法」という記事でも、「これはまずいだろう」と思える記述があった。日経に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

「核心~アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の説明です。

「電力会社が電気料金を単位あたり5円上げたとき、電力の平均使用量が5単位減ったとする。このとき導かれがちな『電力切迫時に値上げは需要を減らすのに有効だ』という推論は、一見もっともだ。これを『ビフォー―アフター方式』と呼ぶことにする。ここで推論への反論が生まれる。主なものは2つ。第一は、使用量が減ったから料金を上げたのではないか。第二は、天候不順などほかの要因が使用量と料金に影響を及ぼしたのではないか。値上げで使用量が減ったという因果関係は、2つの反論の可能性を取り除かねば成り立たない」

この場合、「使用量が減ったから料金を上げたのではないか」との「反論が生まれる」でしょうか。「ビフォー―アフター方式」と呼ぶくらいですから、値上げの後で「使用量が減った」はずです。筆者の大林尚上級論説委員が言うような「反論」が成り立つならば、電力使用量を動かすことで過去の出来事を変えられるはずです。しかし、当然ですが不可能です。

付け加えると「値上げで使用量が減ったという因果関係は、2つの反論の可能性を取り除かねば成り立たない」とも言えません。「使用量を減らすと電気料金が上がる」という因果関係は「電気料金を上げると使用量が減る」という因果関係と両立します。

例えば「勉強時間を増やすと成績が伸びる」という因果関係は「成績が伸びると勉強時間が増える」という因果関係と両立します。電気料金の話も同様です。「値上げで使用量が減る→使用量が減るので値上げになる→値上げになるのでさらに使用量が減る」となっていく可能性は考えられます。

「電力料金と電力使用量に負の相関関係があるとしても、料金を上げれば使用量が減るという因果関係が成り立つとは限らない」とは言えます。ただ、大林氏の説明はあくまで「ビフォー―アフター方式」に関するものです。

「使用量が減ったから料金を上げたのではないか」との「反論が生まれる」という説明は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

ついでにもう1つ指摘しておこう。

【日経の記事】

EBPMを働かせるのに大切なのは、ひとえにエビデンスの質だ。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの家子直幸氏らによると、質が最も高いのは無作為の社会実験、それも複数の実験を系統立てて組み合わせるやり方だ。

最低は、なんと専門家や実務家の意見。霞が関が常用する審議会、有識者からの聞き取り、パブリックコメントである。現に日本の政策立案のほとんどがビフォー―アフター方式だ。もちろん安全保障のように無作為の社会実験がなじまない政策分野はある

今月3日、改造内閣を発足させた安倍晋三首相はこう力を込めた。「4年間のアベノミクスで雇用は200万人近く増え、正社員の有効求人倍率は1倍を超えた。やっとここまで来た」。そして「しかし、まだまだすべきことがある」とアベノミクス加速を訴えた。だが繰り出した政策と成果との関係は判然としない。

3本の矢、新3本の矢、一億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命――。どの策がいつ、何に、どう効いたのか。山本行革相は閣外へ去ったが、EBPMをいっときの流行語に終わらせるのは、まことにもったいない


◎どうやってエビデンスを見出す?

今回の記事には「アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法」という見出しが付いている。「エビデンスに基づいて政策を決定すべきだ」との考え方には賛同できる。ただ、「3本の矢、新3本の矢、一億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命――。どの策がいつ、何に、どう効いたのか」と言うならば、どうやって「繰り出した政策と成果との関係」を見出すのか説明してほしかった。
橋が流されたJR久大本線(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

質が最も高いのは無作為の社会実験」と大林論説委員は書いている。だとして、例えば「3本の矢」の1つである異次元緩和について「無作為の社会実験」ができるだろうか。やろうとすれば、異なる金融政策をランダム化した別々の集団に試して、雇用などへの影響を見る必要がある。これは、ほぼ不可能だと思える。「いやできる」と大林氏が考えるのならば、その道筋を示してほしかった。

金融政策なども「安全保障のように無作為の社会実験がなじまない政策分野」だとすれば、「アベノミクスに足りないのは科学の手法」と訴えても意味がない。

さらについでに言うと「山本行革相は閣外へ去ったが、EBPMをいっときの流行語に終わらせるのは、まことにもったいない」という結びも引っかかった。大林論説委員によると「エビデンスベースト・ポリシーメーキング(EBPM)」という言葉は「霞が関官僚の間でひそかな流行語になっている」らしく、「はやらせたのは山本幸三前行革相だった」そうだ。

だとしたら「山本幸三前行革相」の下で「EBPM」をどう実行したのかは触れてほしい。記事には英米の話は出てきても、日本の事例は見当たらない。言葉を流行らせただけで何もしなかったのなら、そう書いてほしい。その場合は「なぜ何もしなかったのか」の分析も要る。

こうやって見てみると、やはり大林論説委員に記事を任せるのは苦しい。出世させたいのならば専務にでも副社長にでもすればいい。そこに文句を付ける気はない。ただ、記事を書かせるのはやめてほしい。大林論説委員よりはるかにきちんと記事を書ける人は日経にも多数いる。このまま「上級論説委員」などと言う大げさな肩書を付けて執筆させるのは、日経にとっても読者にとってもマイナスだ。


※今回取り上げた記事「核心~アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170814&ng=DGKKZO19910930R10C17A8TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html


追記)結局、回答はなかった。

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