2016年3月12日土曜日

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)

「言いたいこともないのに、無理に捻り出した記事だから…」といった事情はあるのかもしれない。それを差し引いても、12日の日本経済新聞朝刊1面に載った「『災後』の向こう拓くとき 東日本大震災5年」という芹川洋一論説委員長の記事は苦しい内容だった。まずは「矛盾」とも言える記述を見ていこう。
唐津湾に浮かぶ高島(右)、鳥島(中)、大島(左、半島)
                  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

「『戦後』が終わり、『災後』が始まる」――。復興構想会議の議長代理をつとめた御厨貴・東大名誉教授がいみじくも言い切ったように、大震災は戦後を終わらせ、災後の新たな国づくりをしていくきっかけになるはずだった。

中央集権で、官主導で、もたれ合いの戦後国家。それをあらため新しい日本を創ろうという方向が共有された。経済のグローバル化やIT(情報技術)化の波に乗りおくれ「失われた20年」におちいった日本。閉塞状況から抜けだすチャンスでもあった。

しかし残念ながら戦後という枠組みはびくともしなかった。なぜ「災後国家」をつくり上げることができなかったのか。まずその点を問わなければならない。

第1に指摘できるのは危機意識の欠如だ。1923年の関東大震災は帝都直撃で危機は目の前にあった。東日本大震災は東北が中心だ。それも極めて広い範囲にわたった。ほどなく東京からは遠い地方の話になった。「風化被害」である。

第2は政官業とも、どん底の状態だったことがあげられる。政治は民主党政権で統治能力が、からきしなかった。しかも掲げていたのは脱官僚の旗。官も縮こまっていた。産業界にしてもリーマン・ショック後の不況にあえいでいる最中だった。

第3は東京電力・福島第1原子力発電所の事故だ。安全神話がもろくもくずれ、事故の収束は今なお遠い。科学への不信は近代文明そのものへの疑問に発展した。先が見えない社会の不安は、希望の芽さえもつんでしまった。

----------------------------------------

東日本大震災の後に「中央集権で、官主導で、もたれ合いの戦後国家。それをあらため新しい日本を創ろうという方向が共有された」記憶はないが、取りあえず受け入れてみよう。それでも、当時の民主党政権に関する「しかも掲げていたのは脱官僚の旗」という説明は引っかかる。官主導を改める必要があって、震災でその必要性が国民の間で共有されたのならば、その時の政権が「脱官僚の旗」を掲げているのは願ったり叶ったりではないか。しかし記事からは「民主党が誤った旗を掲げていた」との印象を受けてしまう。

危機意識」に関して東日本大震災と関東大震災を比較しているのも気になった。「関東大震災の後に国民が危機意識を共有して日本を良い方向へと転換させた」という歴史があるならば、芹川論説委員長の主張もまだ分かる。しかし、普通に考えれば、関東大震災の後に日本は良い方向へと向かってはいないはずだ。

関東大震災は帝都直撃で危機は目の前にあった」が東日本大震災は違うという見方にも同意できない。福島での原発事故を受けて、首都圏に住む人の多くが西日本への避難を考えたはずだ。11日の日経の記事では、当時の首相だった菅直人氏の「日本が崩壊するかもしれない瞬間だった」とのコメントを紹介している。つまり政府首脳も首都圏の住民も強い危機意識を持っていたのだ。芹川論説委員長が当時何を見ていたのか分からないが、メディアからそこそこの情報を得ていれば、東京に居ても「危機は目の前にある」と実感できたはずだ。

国民的な危機意識の共有という点では、メディアが発達した段階で起きた東日本大震災の方が関東大震災の時よりもはるかに大きいだろう。芹川論説委員長は「日本を変えるのは東京の人間なんだ」という意識があるようなので、「国民的な危機意識の共有」に重きを置いていないとは思うが…。

原発事故を「『災後国家』をつくり上げることができなかった」理由の1つとしているのも奇妙だ。原発事故によって「科学への不信は近代文明そのものへの疑問に発展した」のならば、それは強い危機意識につながるはずだ。実際に原発に対する強い反発が震災後に生まれた。しかし芹川論説委員長はこれを「危機意識」と結び付けて考えず、「先が見えない社会の不安は、希望の芽さえもつんでしまった」と続けている。

芹川論説委員長の解説を信じるならば、希望の芽まで失う状況に陥っても、日本人は危機意識を欠如させたまま時を過ごしてきたことになる。本当にそうだろうか。個人的には「原発事故で希望の芽が摘まれてしまった」とは感じなかったが、希望の芽まで摘まれる状況になれば強い危機意識を持たずにはいられない。


※記事の後半部分に関しては(2)で述べる。

0 件のコメント:

コメントを投稿