2016年1月24日日曜日

日経ビジネスでJフロント奥田務氏が語る「自画自賛」への疑問

大丸やJフロントリテイリングで長くトップの座にあった奥田務氏は、経営者として過大評価されている印象がある。高い競争力を持つ百貨店を育て上げたわけでもないのに、なぜか「成功した経営者」として取り上げられることが多い。日経ビジネス1月25日号の「有訓無訓」というコラムでもJフロントリテイリング相談役の肩書で登場し、大丸と松坂屋の経営統合に関して自画自賛している。しかし、中身はツッコミどころが多い。具体的に指摘してみよう。

高良大社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
◎経営統合のスピードが凄い?

【日経ビジネスの記事】

そこからが速かった。10か月後に持ち株会社としてJ・フロントリテイリングを発足させ、さらに2年半で統合作業を終えました。当初は発足から3年を予定しましたが、リーマンショックが起きて半年繰り上げたのです。

なぜ、経営統合がこれほど早くできたのか。

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「経営統合に合意してから10か月後に持ち株会社を設立し、その2年半後に統合作業を完了」と聞いたら、「なぜ、経営統合がこれほど早くできたのか」と問いたくなるだろうか。遅いとは言わないが、驚くほどのスピードではない。

例えば、ファミリーマートがam/pmを子会社化したのは2009年12月で、2年以内にブランド統一作業を終えている。Jフロントの場合、「大丸」「松坂屋」のブランドはそのままなので、もっと早く統合できてもいいはずだ。もちろん大丸と松坂屋の方が時間を要する要素はあるだろう。しかし、自ら誇れるほどのスピードで統合したかと言えば、かなり怪しい。

奥田氏は経営統合が早く進んだ理由を4つ挙げているが、これも説明としておかしい。


◎「関係ない人も入ると無責任になる」?

【日経ビジネスの記事】

2つ目は、プロジェクトチームを作らなかったことです。関係ない人も入って無責任になるからです。総務は総務、経理は経理と、ライン組織ですべてを決めさせました。

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「関係ない人も入ると無責任になる」という説明が理解に苦しむ。責任者を決めておけばいい話だ。「総務や経理には無関係」という人が社内にいるのか疑問も残るが、仮に営業の人間は総務に無関係だとしよう。しかし、プロジェクトチーム内では自由に意見を言わせればいいではないか。そして最後は責任者が決断する。「総務の業務に関して営業の人間の案を採用したから上手くいきませんでした」と言い訳してきた時には「責任者はお前で、最終的には自分で決断したんだろ」と言えば済む。なぜJフロントでは、その程度のことができないのか。

さらに言えば、プロジェクトチームを作るよりライン組織で決めた方が責任が明確になるとしても、それが経営統合に要する時間の短縮につながるとは限らない。「関係ない人も入ると議論が長引いて物事を決めるのに時間がかかる」といった説明ならば納得できるが…。


◎それは「いいとこ取り」では?

【日経ビジネスの記事】

そして4つ目が、制度やシステムでは両者のいいとこ取りをしなかったことです。分野ごとに、大丸のやり方か、松坂屋か、優れている方に片寄せしました。

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「制度やシステムは全て大丸のやり方を通した」と言うのならば「両者のいいとこ取りをしなかった」と言えるだろう。しかし、分野ごとに選んだのならば基本的には「両者のいいとこ取り」だ。

この記事には、奥田氏の経営者としての限界を感じさせるような話も出ていたので、それも紹介しておこう。

◎「統合か相手を食うしかない」?

【日経ビジネスの記事】

百貨店業界も同じです。日本は豊かになり、ライフスタイルはガラリと変わりました。ファッションではなく住まいや余暇にカネを使うようになった。それは世界中の傾向で、ファッション中心の総合型百貨店は1980年代には成長の芽がなくなりました。日本的な高級店として生き残っているのは、ロンドンのハロッズやパリのギャラリーラファイエットなど数えるほど。もはや文化遺産です。

そのうえ日本は市場が縮小しているのに、店舗数が多すぎる。だからもう、統合か、相手を食うか、それしか選択肢はない。

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ファッション中心の総合型百貨店は1980年代には成長の芽がなくなりました」と奥田氏は言う、だったら店の中身を変えればいいではないか。「(消費者が)ファッションではなく住まいや余暇にカネを使うようになった」のならば、それに合わせて取扱商品を大胆に変えるのも手だ。なのに奥田氏は漫然と「ファッション中心の総合型百貨店」を続けてきた。それが不思議でならない。松坂屋とくっついて体を大きくする前に、なぜ時代の変化に合わせて大丸を脱皮させなかったのか。経営者として時間は十分にあったはずだ。

日本は市場が縮小しているのに、店舗数が多すぎる」と奥田氏は嘆くが、経営統合を進めてもそれだけでは店舗数は減らない。統合すれば店舗の魅力が増すわけでもない。結局、奥田氏は長く大丸とJフロントで経営の舵を握ってきたものの、強い競争力を有する事業(例えばセブン&アイホールディングスにとってのコンビニ事業)を育成できなかった。奥田氏を経営者として評価するときに、そのことを忘れるべきではない。


※記事の評価はC(平均的)。

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