2016年1月19日火曜日

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解

受刑者全体の出所後の再収監率は40%強だが、受刑者の中で希望して高等教育を受けた人の再収監率は2%だとしよう。この場合、受刑者全員に高等教育を受けさせると再収監率を劇的に下げられるだろうか。答えは「分からない」だ。多少は下がるかもしれないが、全体の再収監率を2%にできると期待するのは楽観的すぎる。

由布岳(大分県由布市) ※写真と本文は無関係です
しかし、週刊ダイヤモンド1月23日号「World Scope【from 米国】 受刑者に高等教育 収監者が急増する米刑務所の処方箋」という記事で産経新聞の松浦肇編集委員は「高等教育を受けさせれば、再収監率が40%ポイント低下する」と言い切っている。この説明に説得力はあるだろうか。「米バード大学が主催している受刑者向けの大学課程『バード・プリゾン・イニシアチブ(BPI)』」に関して、記事の中身を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

若年化と禁固刑の長期化が加速して受刑者が社会復帰力を失い、半分程度の確率で再犯者となる。このため、米国では受刑者が200万人を超え、年に800億ドル規模とされる犯罪取り締まり・収監費用が社会負担になっている。

一方で、BPIで学位を取得した350人の受刑者の再収監率は2%にすぎない。「学位を取得できると就職活動に有利になる上、精神面でも成熟する」(リーブマン部長)からだ。

ニューヨーク州だと、受刑者1人に掛かる予算は年4万ドル超。高等教育を受けさせれば、再収監率が40%ポイント低下するので、4万ドルに40%を掛けた1万6000ドルの財政削減(高等教育を受けた受刑者1人当たり)が期待できる。

BPIの場合、授業費用は年6000ドルなので、1万6000ドルからこのコストを差し引くと、ネットで1万ドルものプラス効果(同)を社会にもたらす。これは、立派な社会政策だ。

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学位を取得できると就職活動に有利になる上、精神面でも成熟する」という効果はもちろん期待できる。しかし、考慮すべきは「高等教育を受けようとする受刑者=再犯リスクの低い受刑者」という傾向がないかどうかだ。

常識的に考えれば、高等教育を受けようとする受刑者は社会復帰への意欲も知的能力も高いと推測できる。ならば、再収監率は高等教育なしでも低くなるはずだ。全体との差は「もともとの再犯リスクの低さ」と「高等教育の効果」の両方がもたらしたものだろう。ただ、どちらがどの程度の影響を与えているのかは何とも言えない。

ランダムに選んだ受刑者に高等教育を受けさせた結果、再収監率が2%だったのならば、全体に広げた時に劇的な効果が期待できる。しかし、どういう基準で受刑者を選んでいるのか記事では触れていない。なのでウォール・ストリート・ジャーナルの記事を参考にしたい。


【ウォール・ストリート・ジャーナルの記事】

2001年に始まったバード・プリズン・イニシアチブは能力とやる気のある受刑者に教養教育を行うことを目的としている。プログラムの担当者によると、プログラムに参加するには作文と面接の審査を受ける必要があり、競争率は約10倍だという。

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これが事実ならば、「高等教育を受けている受刑者は元から再犯リスクが低い」と見て間違いないだろう。「能力とやる気」を審査され、それに合格した受刑者しか高等教育は受けられないのだから。「BPIの場合、授業費用は年6000ドルなので、1万6000ドルからこのコストを差し引くと、ネットで1万ドルものプラス効果を社会にもたらす」と松浦編集委員は計算している。しかし、仮に再収監率の差の半分は「元々の資質」だとすると、一転して費用対効果では割が合いにくくなる。

記事はBPIのローラ・リーブマン部長への取材を基に書いているようだ。それは悪くないが、相手の言うことを鵜呑みにしすぎているのではないか。BPIの関係者であれば、当然に「BPIには大きな効果が期待できる」と訴えてくるはずだ。それを冷静に受け止めて分析できていれば「再収監率が40%ポイント低下する」とは書かないはずだが…。

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価もDを据え置く。書き手として今のままではダメだと肝に銘じてほしい。

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